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魔法の世界へ  作者: 直斗
1/4

出会い

 1


 桜咲き、舞い落ちる。そんな春の吹雪を、月影が照らし出す。溢れかえるは人の群れ。赤信号での停止命令、人の水たまりが出来上がる。

 散る桜。

 春風が渦巻き、地に着く前の花びらを一人の少女にまとわりつかせた。彼女は頭に付いたそれを手に、残った手の先に握られた手の主に話しかける。

「おかあさんみてぇ、さくらぁ」

 膝にまで達していない、桜の模様が入った着物。木製のサンダルを踏み鳴らし、もっとも付き合いの長い大人へと、自慢げに見せつける。

 青い月光。

 真っ白な花弁は、青く、透き通っている。母親は何も答えない。只々わが子の手を握り、雑踏へ。

「あ……」

 信号が変わった。せき止められた人の流れは進みだす。他人への関心が示されないこの場所が、少女にとっては不思議な空間でしかなかった。

 春の突風が、彼女の手から桜の花びらを取り上げる。追いかける少女、離される手。

 都会ならではの騒々しさの中、一人の女性の声が響いた。

「誰か! その人を捕まえてください!」

 少女は空へと手を伸ばす。だが掴めない。代わりに、誰かとぶつかった。決して強くぶつかったわけではない。それこそ、卵ですら割れないほどに優しく。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見えたのは、赤色の目の男の人、だった。


★☆★☆


「巻き込むな、って。あんたが逃げるからじゃん!」

 真っ暗な空間で、起きているのか、寝ているのか少女には分からなかった。唯一分かるのは、誰か女の人が話している、と言うこと。母親では無い。

 この声は、聞いたことがある。ついさっき、桜の花びらを追いかけた時。その時の声。

 身体に力を入れる。少女は、そっと目を開けた。

「あ、目が覚めたんだ」

 赤色の服で、銀髪の女の人。その人が、少女の寝ているベッドへと腰かけた。

「巻き込んでごめんね、大丈夫?」

 彼女の問いかけに、少女は小さく頷いた。

「お前、あれだけの人ごみの中で能力使うなよ」

 壁にもたれながら、話す男性。彼が、そっと目を開けた。赤色の瞳。

「あ……」

 少女は小さく口を開けかけた。それは、赤目の彼を責める為なんかではない。驚き。それが少女の心境として、もっともふさわしいだろう。

「ひ、人のせいにしないでよ。折角、人間の世界に連れてきてあげたのに、あんたが逃げ出すからじゃん!」

 睨み合う両者。壁に掛けられたアナログ時計が、一つ、針を進めた。

「俺は断ったにも関わらず、強引に連れだしたのはお前だろ? それに、その子先に帰してやれよ」

 どうでも良いというふうに、彼は首にかけていたヘッドホンを付ける。

「うさぎさん……」

 彼が付けたヘッドホン。そこから二つの白い耳が伸びている。それは、うさみみ以外の何物でもなかった。

「お、お前、兎は好きか?」

 少女の寝るベッドの隣まで来て、彼はひざまずく。赤色の目に黒色の髪、そして、垂れるうさみみ。

 彼の問いかけに、少女はそっと頷いた。

「よしよし、兎好きに悪い奴はいねぇ。全て、こいつが悪い」

嬉しそうに言いながら、彼は銀髪の女性の肩に手を置いた。何か言いたげな彼女。だが、少女の顔を見て、口を閉じた。

「お前、喉乾いてないか? 腹、減っていないか?」

 急に優しくなった彼に戸惑いながらも、小さな声で伝える。

「のど、かわいた」

 よしよし待ってろ、と彼は部屋を後にした。残されたのは銀髪の女性。彼女は呆れながらも、少女へと向き直る。

「本当に巻き込んでごめんね。あなた、お名前は?」

 優しく、彼女は少女へと接する。その優しさに少女は、母親のような温かさを感じていた。

「はぐろ、まい」

 少女はそっと頭を撫でられながら、そう答えた。

「まいちゃん、か」

 彼女は何かを思い出すように、そう呟いた。時計の針がまた、一つ進む。

「冷たい緑茶しかなかった」

 突然、強く開かれた扉。たった一つのコップを手にした、うさみみの彼がそこにいた。

「もうちょっと、静かに開けなさいよ。まいちゃん、びっくりしちゃうじゃない!」

 これまでの鬱憤でも晴らすかのように、言い放つ。だが、それは彼にとって気にするほどの事ではなかった。

「俺がいない間に、名前聞いたのかよ……。おい、起きれるか?」

 少し残念そうにしながらも、少女を片手で起き上がらせながらコップを近づける。ずれ落ちる掛布団そこから現れたは桜の模様。

「依頼の方はどうするんだ? 俺は勘弁だぞ?」

 両手で持ってお茶を飲む少女を見ながら、銀髪の女性へと問いかける。

「受けちゃった以上無視できないからねぇ……」

 チラリ、と少女を見る。大きなコップが、小さな口へと当てられている。

「ねぇ、まいちゃん。魔法の国へと行ってみる気はないかな?」

 驚きに開かれた眼。二つの方向から、見つめられる。

「お前、本気か? 難易度は俺に合わせたって、言ってたよな?」

 彼女は真っ直ぐに驚く彼へと見つめ返す。

「だって、あんたがやる気ないじゃん。本当に、やらないの?」

「や、やれるわけないだろ。どうしてお前なんかを讃えないといけないんだ?」

 ため息と共に、少女へと向き直る。コップの緑茶は、もう底を尽きていた。

「と言うことだから、お願いしてもいいかな?」

 魔法。それは万人の憧れ。人であり、その力を知っている者ならば、欲しがらない者はいないだろう。もちろん少女も、その一人だった。

 恥ずかしそうにしながらも、小さく、頷いた。

「ありがとう。じゃあ、決まりだね」

 彼女は、そっと少女の額へ手を伸ばす。

「私はね、祖の神様、って言ってね。全部の神様の中でも一番偉いの。でね、どんなことでもできちゃう、凄い力を持っているんだよ。たぶん急に言っても信じてもらえないだろうから、私がまいちゃんから聞いていない、まいちゃん自身の事当ててあげる」

 額へと手を当てて、そっと目を閉じる。病院で診察でもされているような感覚に、少女は動けないでいた。

 時計の針がまた動き、沈黙が部屋を支配する。決して長くは無い時間だったが、少女にとっては長すぎた。

「羽黒真愛ちゃん、9歳。お誕生日は7月15日。餅野小学校、三年三組。お母さんと一緒に、花火大会へ向かう途中で私たちと出会った。どう、あってる?」

 話してもいない事を言い当てた、そのことに驚きながらも肯定する。本当に神様なんだ、と少女の中で疑問は確信へと変わった。

「着物が多かったのは、花火大会があったからなのか」

 感心しながら、彼は呟た。そんな彼の呟きを、目の前の女性は完全に無視して話を続ける。

「では、今からあなたに魔法を貸し出します。とっても強い魔法だから、気を付けて使ってね」

 少女の頭に、何かが頭に流れ込んでくる感覚があった。それはまるで水が流れ込んでくるような感覚。溢れかえる大量の知識。魔法の使い方から世界観まで、全くの無知の状態から、まるでそこで生まれて暮らしてきたのかのような。

 それほどの情報量を、頭の中に宿した。

「魔法の国ではね。もう知っていると思うけど、ダンジョンって場所がいくつかあるの。そこのいっちばん奥にある化石を持って、いっちばん大きなお城に行って、いっちばん強い人をやっつけたらお終い。そうしたら、またここに戻ってくるからね。」

 うさみみ付のヘッドホンを外し、彼は少女の頭へとつけた。

「お守り、だ。戻ってきたら返すんだぞ」

 銀髪の女性はそっと立ち上がる。上半身だけ起き上がっていた少女へ、立ち上がるように手を伸ばす。

 真っ黒に輝く、下駄をはき。浴衣を身に着けた少女は、その手を握った。

「あ、そうだ。ちょっと待ってろ」

 慌ただしく部屋から出て行った彼に、疑問を感じながら二人はベッドの端に並んで座っていた。頭につけてもらったコードがないヘッドホン。それを、少女は首へとかけ直す。

「ほら、喉乾くだろうから、もってけ」

 差し出されたのは金属製の水筒。肩から斜めにかけると、中から氷の音が響いた。

「さぁ、改めて。準備はいいかな?」

 もう一度立ち上がる。

「だいじょうぶ」

 二人に見送られながら少女は、魔法の国へと旅立った。


 部屋に残された二人。彼女らは、会話を続ける。

「攻撃用の能力しか渡さなかったけど、治癒能力も必要だったかな?」

 うさみみを渡した彼は、いつの間にか持っていたコップの緑茶を口にした。

「一応、お前も行くんだろ? にしても、この依頼の目的はなんだ?」

 依頼。彼女らは何でも屋。大抵の依頼は処理してくれる。

「私もよくわからない。異世界作って、無双してほしい。ってさ。けどまぁ、どうにかなりそうかな……」

 言いながらも、大きく伸びをする。

「一応、一時間置き位には戻ってくるから。なんかあったらよろしくね」

 そう言うと彼女は、少女を追いかけるように旅立っていった。

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