柴田先生の特別講義『現代日本のシンデレラを考察してみよう』
やあ皆、おはよう。さて、今日は軽いお話から始めようか。
……うん? 何だい風見君。大丈夫、安心して? 君の目がおかしくなったんじゃなくて、これは紛れもなく紙芝居用の紙の束だよ。
はい皆、教壇に注目。いつも様々な記録や物語を通じて、昔の人々の世俗通俗文化を学んでいるから、今日は現代日本の子ども向けに編纂された童話から、物語の裏側の意図を読み解いてみよう。
ははは、無粋な真似って今更何を言ってるんだい、城ヶ崎さん。僕の講義は、概ね純粋に物語を楽しみ世界観に浸りたい人の、夢気分に水を差す内容ばかりじゃないか。
今日は、原典の童話や類似話は一切考慮せず、日本国内で子ども向けのおとぎ話として流布している『シンデレラ』だけで、掘り下げて探っていってみよう。
さて、それじゃあ読み聞かせを始めま~す。
『昔々、あるところにシンデレラというとても美しく心優しい娘がおりました。
しかし、彼女の義母は自分の娘達よりも美しい継子のシンデレラの事が大変気に食わず、シンデレラは毎日毎日、義理の母や義理の姉達からいじめられていたのです。
与えられている衣服はボロボロで、暖炉を寝床にいつも灰を被っている可哀想なシンデレラは、今日もいじめられておりました。
義母「何をやってるんだいシンデレラ、まだ掃除が終わらないのかい! 本当にお前はグズだね!」』
……うん? まだ読み聞かせの途中だよ石動君。え? その裏声は何かって?
だってほら、全部同じ声で読んでたら区別がつかないだろう? キャラ分けだよキャラ分け。
さあ、続けるよ。
『義理の母にいじめられ、シンデレラが泣きながら床を雑巾がけしておりますと、廊下を義理の姉達が通りかかりました。
義姉2「今夜はお城の舞踏会、楽しみねお姉様!」
義姉1「そうね……あら嫌だ、こんなところにバケツがあるから躓いてしまったわ」』
おや、永沢君はどうしてそんなに必死で笑いを堪えているのかな? ふむふむ、つまりは僕の女性口調が面白い、と? 楽しんでくれているのなら何よりだよ。
ははは、有り難う御園さん。
『とことん意地悪な上の義姉に水が入ったバケツを蹴り飛ばされ、頭から水を被ったシンデレラの眼前で、ひっくり返したバケツにガンッと片足を乗せた上の義姉は、ずぶ濡れでうずくまっているシンデレラを見下ろして、にんまりと笑いました。
義姉1「ねえシンデレラ、お前も今夜の舞踏会、行きたいのならば来ても良いのよ?」
そう言って、手の中で弄んでいたグラスの中身をシンデレラの頭にひっくり返します。
義姉1「ただし、お前に着ていく服があればね!」
義姉2「おほほほほ!」
義理の姉達は、シンデレラに高笑いを浴びせかけながら立ち去って行きます。上の義姉が去り際に投げ捨てていった、空のグラスがシンデレラの傍ら廊下に落ち、パリーンと物悲しい音を立てて砕け散りました』
え、何だい風見君。一連の場面は本当に紙芝居の裏側に書いてあるのかって? もちろん僕の創作だけど?
……クライマックスまで時間が掛かって仕方がないから、要約してくれ? 仕方がないなあ。せっかく先生も一生懸命考えてきたのに。
『その夜、義母や義姉達が舞踏会に出掛けたのを見送り、自分も行きたかったとシンデレラが部屋で沈んでおりますと、魔法使いのお婆さんが現れカボチャを馬車に、馬や御者を出し、シンデレラを綺麗なドレス姿に変えて舞踏会へ行けるようにしてくれました。
魔法使い「ただし、この魔法は真夜中の十二時になったら解けてしまう。それまでに帰ってくるんだよ」
そう言って、魔法使いのお婆さんはシンデレラにガラスの靴を手渡してくれました。
お城の舞踏会に参加したシンデレラは、その美しさで注目され王子様と楽しくダンスを踊り時間を忘れてしまいます。鐘の音で約束を思い出し、慌てて帰ろうとしたところ、階段でガラスの靴を片方落としてきてしまいました。
帰り道の途中で魔法が解け、王宮で解けなくて良かったと安堵しながらシンデレラは帰宅します。
翌日、シンデレラの美しさが忘れられない王子様は、お触れを出します。
王子様「このガラスの靴がぴったり合う女性と結婚する!」
こうして、王宮の使者が家々を回り、我こそがガラスの靴の持ち主だという女性に履かせて回りますが、誰にも合いません。そしてとうとう、シンデレラの住む屋敷に使者が訪れます。
義母はもちろん自分の娘達に履かせますが、やはりサイズが合いません。
そこでシンデレラがガラスの靴を履くとぴったりと合い、シンデレラはエプロンのポケットから、もう片方のガラスの靴を取り出してみせたのです。使者は彼女こそがガラスの靴の持ち主と確信し、シンデレラをお城に連れて行きました。
王子様はシンデレラとの再会に大喜び。
こうして二人は結ばれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし』
おや、今度はどうしたのかな石動君。え? 冒頭いじめのシーンとその後の要約の落差が激しい?
まったく、君達は我が儘なんだから。めでたしめでたしでちゃんと拍手をしてくれている、素直な御園さんを見習って欲しいな。
さて、改めて日本国内でだいたい共通して認識されている、童話『シンデレラ』のお話を確認した訳だけれど。「おとぎ話だから」「そういうものだから」という観念を一旦取り払って、この童話の裏事情を考えてみよう。
まず、この『シンデレラ』の中で、皆がおかしいと違和感を覚える疑問点として何か挙げられるかな? はい、まだ笑いの発作が治まらない永沢君。
ふむふむ、『何で魔法使いはシンデレラの下に現れ、力を貸したのか?』なかなか良い着眼点だ。
他には何かあるかな? それじゃあ御園さん。
『他の魔法は真夜中の十二時を過ぎたら消えてしまったのに、どうしてガラスの靴は消えないのか?』そうだね、ガラスの靴だけ妙に特別扱いされているね。
城ヶ崎さんはどう? そうか、咄嗟には思い付かないか。
それじゃあ次は石動君に聞いてみようか。何かおかしいと感じた点はある?
『ガラスの靴がぴったり履ける、足のサイズが合う女性が、何故シンデレラ以外に居なかったのか?』そうだね、シンデレラはよほど変わった足の持ち主、という事になってしまうものね。
あれ、何か言いたそうなうずうず顔でどうしたの、風見君?
『ぴったり合う靴が、階段を駆け下りただけで偶然脱げる訳が無いし、そもそも顔だけで選ばれた女性で何の後ろ盾も教育も受けていない王子妃を、周囲が簡単に認める訳が無い。よって末永く幸せにだなんて暮らせていないはず』だって?
はははは、風見君は本当にどんなおとぎ話でも徹底的にドライな見方をするよね。はいはい、現実的な考え方、だったね。
他には何か無いかな? ふむふむ、それじゃあこれまで皆で挙げていった疑問、そして童話として語られている物語、それら全てが矛盾無く同居してそれでいて筋が通る、そんな解釈を考えてみようか。
まず、この『シンデレラ』の動かしがたい原点は何だろうか。
『薄幸の美少女が健気に生きていれば、必ず報われる』という部分? いやいや、この物語の舞台となった国で、心優しい薄幸の美少女がシンデレラだけだっただなんて、そう断言出来る根拠は希薄だろう。
むしろ、シンデレラが幸せになった要因……『王子様のお妃選び』こそが、この物語の主軸と言える。
明らかに日本国内ではなく、数百年前の西洋的な国が舞台になっている『シンデレラ』だけれど、昔のそちらの王族の結婚というと、他国の主要な人物と縁付いて外交のカードとするか、国内から選び出して安定化を図るようだね。『シンデレラ』の舞台となった国では、誰のどういった思惑が絡まったものかはさておき、後者で定まったようだ。
とはいえ、シンデレラはお城の舞踏会に参加出来る身分でこそあるようだけれど、彼女の実家が国内有数の大貴族であったとは考えにくい。もし有力貴族であるならば、美しいシンデレラを政治的手段の手駒として磨いておかずに宝の持ち腐れにしておくだなんて、そんな無能さを露呈している当主の家はあっという間に没落してしまう。
さて、ここで考えてみよう。王子様は魔法でドレスアップしたシンデレラの美しさにノックアウトされ、お妃選びの舞踏会で彼女とばかり踊って、あまつさえ残された片方のガラスの靴だけを手掛かりに、彼女を妃にするから探して来い、と命じた。
自分の家の娘を王子妃に、と考えていた大貴族は面白くはないだろうし、今現在は権力を握っている家であっても、王子様が王位を継いだら彼の妃、即ち次世代王妃の実家が台頭してくるのは目に見えている。
はははは、城ヶ崎さんそんなに嫌そうな顔をしないで。綺麗なおとぎ話の裏側を推測すると、権力闘争に利権や人間の欲望が渦巻いているものだよ。
さて、そもそもこの王子様のお妃選びの舞踏会で、いくら美しかろうがシンデレラが王子様と延々と踊り続けていられたのは何故なのだろう?
ここで盛大に王子様へアピールするように、娘達は親から言い含められているだろうし、有力貴族の諸侯が自分の娘と是非踊ってくれと、王子様へ直接声を掛ける事だって可能だったはず。何故ならこの王子様、国内からお妃を選ぶ必要がある、つまりは国内の有力者の意向を、全て無視出来るような絶対的な権力を持っていなかったのだから。
にも関わらず、シンデレラは王子様と一晩踊り明かし、王子様はガラスの靴の持ち主を妃にすると宣言し、靴の持ち主を探して使者があちこちの家を出向いて回った。
ここでも不可思議な点が発生しているね。石動君が指摘した、どうしてシンデレラより前に試した娘達の足には合わなかったのか?
これらの点を踏まえて解釈すると、大きく二つの可能性が浮かび上がる。
①王子様には嫁ぎたくないと誰しもが考えるほどの大きな問題点があり、娘達はわざと「靴が合わない」と偽証して、最終的にシンデレラに押し付けられた。
②シンデレラはかなり初期から権力者に王子妃として認められていて、ガラスの靴での持ち主探しは出来レースだった。
僕としては①の展開が断然面白いと……おや、城ヶ崎さんに引き続いて、御園さんまで王子様への夢を打ち壊されて涙目になってしまっているね。それじゃあ可能性②の方向で探っていこうか。
さて、『シンデレラは王子妃として、国内全てとはいかずとも、有力な大貴族から認められていた』とするならば、様々な点に合点がいく。ではその有力者とは何者なのか?
次世代王妃の実家として、他家に台頭して欲しくはない、現在権勢を奮っている家ではないかな。現王妃の実家や、現王の外祖父辺りが怪しいね。彼らがシンデレラの後見人として名乗りを挙げていたのなら、他の貴族には覆しにくかった事だろう。
生まれは貴族であっても実家には台頭していく力も無く、義理の母や姉達からのいじめにも耐えるシンデレラは、実家への義理立てする動機も意欲もほぼ無さそうで、教育次第で後見してくれる家に貢献してくれる。
シンデレラの後ろ盾となる後見人が国内を見渡した時、見出した妃候補者の中でも、シンデレラが最も利害が一致する娘だったんだろう。
シンデレラの下に魔法使いが現れたのも、彼女が既に王子妃として認定されていたから、後見人が魔法使いと称したシンデレラを飾り立てる人物を遣わし、お妃選びというお題目の出来レース舞踏会に送り出す為だろうし、踊り明かしても邪魔入りが無かったのは、シンデレラを王子妃最有力候補として周知させる為の舞踏会だったからだ。これで永沢君の疑問にも説明はつく。
ガラスの靴の持ち主探しに関しても、使者がわざと家々の令嬢に合わないサイズの靴を差し出して試させたのでは? そもそもシンデレラのドレスや諸々の品を用意した後見人側が、この『演出』を事前に描いていたのならば、予め様々なサイズのガラスの靴を用意しておけば良い。『ガラスの靴は一足しか存在しない』だなんて、誰も言ってはいない。
そう、真の持ち主の屋敷訪問を後回しにしたのも、出来レースではないと誤魔化す為の演出だ。
夜の十二時を過ぎたら消える魔法とは、つまり後ろ盾となる有力者のもとにドレスや馬車などの諸々を十二時までに返却する約束だったからで、魔法でも何でもないただのレンタル品ならば、当然階段で脱げてしまったガラスの靴は霧のように消え失せたりはしない。御園さんの夢を壊してごめんね?
さて、それじゃあ風見君の疑問に取り掛かってみようか。
後半の『幸せに暮らせたはずがない』は、強力な後ろ盾の存在である程度解決する。王子妃として、次期王妃としての教育も後見人の家が徹底して担うだろう。恵まれない暮らしから一転、王子様のお妃としての重圧を背負わされたシンデレラが、本当に幸せだったかどうかは当人にしか分からないけれど、少なくとも大きな波風も立たず王子妃として暮らしている姿を見れば、民衆は幸福そうだと判断する。
さあ、いよいよ最後の疑問だよ。『ぴったりとサイズの合うガラスの靴が、どうして階段を駆け下りたぐらいで脱げたのか?』
ここまで話した傾向から、皆にも薄々勘付いているんじゃないかな?
……そう、一番無理の無い解釈は、『シンデレラがわざと片方の靴を脱いで残していった』だ。
後見人を得て、王子妃になろうなんて野心を抱く娘さんだもの。効果的な演出の一つもしてみせたのだろう。王子様へのシンデレラの印象を深めるべく、二段仕立てのアピールになるよう、魔法使いを通じて後見人からそんな指示をされたのかもしれない。
こうして、恣意的に演出されたロマンチックかつ運命的な出来事を経て結ばれた王子様とシンデレラは、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
……おや、先生は綺麗に纏めてめでたしめでたしで締め括ったのに、皆、何だか苦い顔をしているね?
うんうん、『もう少し、夢がある解釈は無いのか』って? 意外とロマンチストだったんだね、石動君。いやあ驚いた。
う~ん、それじゃあこれまでの仮説に、少し違う方向性を加えてみようか。
これは、おとぎ話の中とは言え、『魔法が実在した』なんて前提が必要になってくるんだけど……無味乾燥なシンデレラよりはマシ? ははは、永沢君も言うね。
新説の根幹はさっきの仮説と大差無いのだけれど、一つ異なる点がある。
……そう、シンデレラが舞踏会に参加出来るよう、様々な魔法をかけた魔法使いのお婆さんは、お妃選び舞踏会を開いた王子様本人だったんだ。
ああ、皆の『ポカーン』とした顔が面白いなあ。
何でそうなるのかと言うと、魔法使いのお婆さんはシンデレラの玉の輿を支えた立役者であるにも関わらず、登場してシンデレラに魔法をかけたその後、さっぱり物語に出てこないのはおかしいと思わないかな?
ガラスの靴だって、片方だけだろうが借り物なのだからシンデレラは魔法使いに返却するべきだ。
シンデレラを幸せに導いた存在であるその人物は、ちゃんと中盤から終盤にかけて登場していたんだ。魔法使いとしてではなく、シンデレラと恋に落ちる王子様として。
国内の娘からお妃を選ぶ事が決まった王子様は、シンデレラに目を付けた。灰を被っていようが目を引いたその美しさか、国内諸々の諸事情か、後ろ盾となってくれる家との兼ね合いか。
ともあれ、王子様と結ばれるにはそれ相応の理由が必要だ。弱小貴族の娘が王子様に見初められ、晴れて王子妃に……そんな歴史に残る恋愛結婚であったと思わせたいのであれば、シンデレラとの出逢いから結ばれる経緯まで、劇的な演出をして民衆の支持や得心を得る必要がある。国内からお妃を選ぶ必要に駆られたのも、失策によって王室への民による支持率が低下していたのがその理由だったなら、語り草になるおとぎ話としては成功していると言える。
何故、階段を駆け下りる途中でガラスの靴が脱げたのか?
それは王子様が、慌てて帰ろうとしているシンデレラの履いているガラスの靴のサイズを、その瞬間わざと大きくして脱がしたから。
何故、真夜中の十二時を過ぎてもガラスの靴は消えなかったのか?
それは王子様や後見人が、ロマンチックな演出を目論み、小道具として利用したから。
何故、シンデレラよりも先に履いて試した娘達の足には、ガラスの靴のサイズが合わなかったのか?
それは王子様が、シンデレラ以外の女性には履けないよう魔法をかけたからだ。
舞踏会で夢のような出逢いをした王子様とシンデレラは、運命に導かれるようにして再会を果たした。
そんな演出を、自分のお妃になる人の為に頑張って考えプロデュースしたのだとしたら、シンデレラの王子様は、石動君並みにロマンチストだったのかもしれないね。




