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本編⑬

 

「美鈴っち、今日のお昼はどっかの喫茶店にでも入る?」


 普段の学校では下ろしっぱなしにしている髪の毛を、今日は両サイドで太めのゆる三つ編みにしているアイは、軽く三つ編みを背中側に手で払い、私の腕にスルリと腕を絡めてきた。

 ……珍しい。アイは人目が無い所であろうが、さほどベタベタ引っ付いてこないタイプなのに。ましてやこんな、休日昼下がりの駅付近、大きなビルや店舗も連なり大勢の人々が行き交う広い道路を並んで歩いている今、かようにして腕を組み合って歩くなど……私がふざけて仕掛けない限り、これまでに無かった出来事だ。


「急に腕なんか組んできて、どうしたの、アイ?」

「んー? いやなに、久々のデートだからね。最近の美鈴っちは、妙につれなくて週末にあたしと遊んでくれなかったじゃないか」


 訝しみつつ私が問うと、アイは片方の眉をわざとらしく上げ、ふふんと鼻で笑った。……確かに五月中は、椿にーちゃん対策やら時枝先輩との……と言うか美術部のお出掛けなどで、週末にアイと遊んでいない。


「それで寂しくなってたの? 愛い奴よ」

「いや、毎日学校で会ってたからさほど」


 取られていない方の手で、アイの頭をうりうりと撫でてやると、彼女は実にしれっとした表情でバッサリと否定する。……相変わらず、上昇テンションの維持時間が短い我が友である。


 と、ガードレールを挟んだ車道側、丁度私達が歩く進行方向からやけに大きなエンジンの駆動音が耳に飛び込んできて、何気なくそちらを振り返ってみると、物凄い勢いで自動車が駆け抜けて行く所であった。チラリと確認した、我々が進んでいた先の交差点……まだ50メートルぐらいは距離があるだろうか。上部の自動車用信号機は、この地点からもはっきり見て取れるほど赤い光を放っている。完全な信号無視だ。


「あの車……」

「何だかやけに猛スピードだったね。高速道路じゃないっての」


 あの、いつの間にか映画館の中で見ていた夢だか白昼夢だかに出てきた、私を轢いた自動車とやたらと似てる気がするんだが。とは言っても、夢の中では車体をよく確認しなかったし、今も一瞬で駆け抜けていった上に、私自身は自動車に全く明るくない。

 立ち止まって、走り抜けていった自動車の姿を目線で追い掛け、私はふと考える。時枝先輩に振られて落ち込んで、椿にーちゃんに励まされて浮上して、とにかく前向きにアタックだ! みたいな気持ちになっていたけれども。

 実際の所私は、無事に時枝先輩と対面を果たしたとして、それでいったい具体的に何を話すつもりでいたのか? 時枝先輩から「どうした?」なんて問われでもしたら頭の中が真っ白になって、進退窮まり一目散に逃走してしまうような気がする。

 夢の中の出来事とはいえ、考え無しな自分から全く進歩していない。


「流石にお腹が空いたよ美鈴っち。どこで何食べるか、早く決めよう」


 ギューッと、絡めている腕に体重を掛けられ斜めに傾ぎつつ、私は物思いから我に返った。

 真っ先に目に入った、大通りの道沿いに開いているオープンテラス付きのカフェをひとまず指差す。例え住宅街のど真ん中だろうが、街中を三分も歩けば喫茶店を始めとした飲食店がすぐ目に入る、それが愛知県という地である。ひょっとしたらコンビニよりも、喫茶店の方が多いかもしれない。


「んーと、じゃあそこのお店に入ってみる?」

「行った事あるの?」

「無いっ。新規お気に入り店開拓チャレンジ」

「よしきた」


 味の保証はせず、アイと腕を組んだままカフェのドアを開き、入店。うむ、ざっと見回した分には清掃の行き届いたお店だ。木目調の家具や床、レースやリース、お花で飾られた店内はそこはかとなく女性向けである。

 なかなか感じの良い店員さんに出迎えられ、外から見えたテラス席を希望してメニューを開く。……お値段は微妙に高め設定。駅の近くでターゲット層は学生では無さそうだから、これは仕方がないか。


「お、モーニングセット午後三時までだ」

「へえ、アフタヌーンティーに良いかもね。あたしはダージリンとミックスサンドイッチモーニングにする」

「ランチも美味しそうだけど、ちょっとお財布に厳しい……」


 ドリンク類が平均して五百円前後、モーニングセットを付けるとプラス二百円。野菜カレーやオムライス、ローストビーフサンドイッチなどなど、サラダやスープにデザート、ドリンクも付く豪華なランチは千三百円もする。

 私は朝に引き続きお昼ご飯までモーニングセットになるが、気にせずお花のフレーバーの紅茶とホットサンドモーニングを注文する。


「それで、美鈴っち?

何かあたしに相談したい事でもあるんじゃないの」


 注文を取った店員さんを見送り、私の向かい側に座っているアイは頬杖をつきながら、おもむろにそう言った。私は柑橘系の香りが付けられているお冷やを一口含み、友人からしばし目線を泳がせた。

 蔦系の植物を這わせた緑のカーテンで店内と、路地からは一段高くなった床にラティスの柵で大通りから遮られ、柔らかい日差しが降り注ぐ二人きりのテラス席は、不思議と行き交う人々の話し声さえ遠い。


「んー、まあ、そうだね」


 正直なところ最近起こった出来事について、一人で抱え込むには私の手に余る。アイに相談出来たならそれはそれで良いのだが、果たしてどこからどこまで話しても良いものやら。


「それで? 時枝先輩関連? それとも例の、顔と名前不明な探し人の話?」


 アイはにんまりと口元に笑みを浮かべ、楽しげに問うてくる。我が友よ、何故だ。何故、私が最近考え込む悩み事がお見通しなのだ!

 そう言えば椿にーちゃんの事に関しては、アイには『目下捜索中』という話はしたが、無事に遭遇して知己を得たという現状を報告していない。


「五月の半ばぐらいに、アイにも話したっけ。探し人さん」

「うむ。さて、手掛かりぐらいは見つけ出せれたのかね?」

「それなんだけど、無事に知己を得て、今、私の家庭教師をやってもらってる」

「なるほど、無事に家庭教師……って、美鈴っち。いささか展開が速過ぎないかい?」


 鷹揚に頷いて先を促す友人へ端的に現状を報告すると、アイは頬杖をついていた手のひらから、ずるりと顔面を滑らせた。


「そもそもその人って確か、危険人物なんじゃなかったっけ?」

「いやだから、犯罪に踏み切る状況さえ調わなければ、ごく普通のそこらにいる大学生のあんちゃんな訳よ。危険人物にならないように未然に防ぐのが、私の究極目的なんだから」

「んー?」


 前世云々の怪しい情報源を省いて説明すると、我ながら主張する自説は根拠や論拠が薄い。『何故、そのような疑いを抱き結論付けるに到ったか』の、問題提起から道筋まで全てをすっ飛ばして、最終結論だけ話しているのだから、アイが困惑するのも当然だ。

 首を捻るアイにどう説明しようかと焦る私の背後、店内の方から店員さんが前菜を運んで来て、私とアイの前にサラダが盛られた小皿が置かれた。提供スピードは花丸、と。


「わ、美味しそう。頂きま~す」


 店員さんの登場で会話が途切れたのを良いことに、早速サラダに手を着ける。ドレッシングは青ジソ、具材はレタスとキャベツとニンジンとタマネギに白菜、鮮度は普通。うん、サラダそのものは取り立てて目新しいものはないけど、不味くもないしマイナス点もなく無難な感じ。

 サラダを片付ける頃にはお茶とメインが運ばれて来て手早くサラダ皿が下げられ、注文したサンドのお皿と薫り高い湯気を注ぎ口からくゆらせるやや大振りのポットと、温められたティーカップがそれぞれの前に置かれた。


「うん、このサンドイッチはなかなか」

「こっちのホットサンドの具材は、ほうれん草にチーズと玉子と……シーチキンだ」

「美鈴っちのも具だくさんだな。あたしは普通に食べてるだけで、中身がポタポタ落ちるんだが」

「挟んである具がなるべく零れないよう、慎重にサンドイッチの向きや角度を調整しながら食べるアイ。これはなかなか見られないレアショットだね!」

「楽しそうな美鈴っちに、そこはかとなく苛立ちが募るよ。これ、本当に難しいんだが?」


 ひとまず食事を優先したアイが、綺麗な耳無し三角形にカットされたサンドイッチを両手で支え、四苦八苦している。私の方は、ホットサンドメーカーか何かで閉じて焼く際に四辺は押し固まれているのでパンの端から具がむにゅっと溢れ出ていかないが、アイの方はお皿に玉子やらソースやらが滴ってゆく。盛りだくさんに挟んだら、食べる時の上下からの圧迫で中身が滑っていくよね、うん。

 いかなアイとて、それをお上品に召し上がる技術までは体得していないらしい。単に零して駄目にする事だけが嫌なようで、本人はさほどお行儀など気にせず、指先に付いたマヨネーズソースをペロリと舐め、サンドイッチを綺麗に平らげた。


 ややお高いお値段設定も納得の容量で、ティーポットごと卓に運ばれたお茶をカップに注ぎ、香りを楽しみつつ食後の一杯を味わう。お茶葉はお手軽ティーパックではなく、缶や瓶で売ってる方だ。総合的な評価としては、お値段と比較してかなり良心的なお店だわ、ここ。経済的な余裕がある人向けだけど。

 悪辣なお店だと、香りも味も無い、うっすい色だけ付けられたお茶をティーカップに三分の一だけ注ぎ、客に出す。それで平然と四百円ぐらいの価格をボる喫茶店もあるんだよね。そういうお店は口コミですぐ噂が広まって、閉店に追い込まれる。愛知県の喫茶店は、大阪のたこ焼き屋さん並みに風評で大きく左右されるのだ。


「さて、美鈴っち。

名誉毀損になりかねない疑いを寄せている問題の探し人さんとは、どんな塩梅かね?」

「えーっと……」


 真っ向から友人に容赦なくズバッと言われて、私は気まずさを覚え、微妙に視線を逸らした。相談に乗って貰う立場である。ここは下手に隠し立てや嘘を吐いて、後々矛盾点を突かれてボロを出してアイからの信用を失う方が嫌だ。

 だがしかし、名前やら性格やら、これまでの交流や次回のお出掛けの約束についてなど、椿にーちゃんに関して私の主観的な印象を正直に話しているというのに、アイはわなわなと慄き音を立てて手にしていたカップをソーサに戻した。


「どうしたの、アイ?」

「そんな、美鈴っちが……まさかそんな」

「はあ?」


 驚愕のあまり、まともに言葉にもならないらしきアイが落ち着くのを待つべく、私はカップを口元へ運び、お花の香りがするお茶の香気を堪能する。あー、良い匂い。

 そんな私に、アイはテーブルに軽く身を乗り出してくる。


「美鈴っち……これは由々しき事態だよ」

「何が?」

「チミは全力でそのロリコン大学生を落とすべきだ!」

「……」


 あ、やっぱりアイも椿にーちゃんの事、ロリコン臭いとか思ったんだ。だけど、本人がそうだと認めてないのに、そういう認識を広めるのはやっぱりマズい気がする。


「美鈴っちが身を挺して注意を引き付け、そのお兄さんがロリ……こほん。犯罪に手を染めるのを防ぎ、美鈴っちは格好いい金持ちで年上の彼氏を手に入れる。

まさにWIN―WINの関係!」


 そう聞くと、まるで我が身が生贄であるかのように聞こえてくる不思議。しかし我が友よ、私が防ぐべく頑張っている犯罪は、幼児・児童・未成年者虐待や性犯罪の類いではないよ……


「彼氏になって、なんてお願いする気は無いよ?」

「何故! 話を聞くだに優良物件じゃないか」

「私も椿にーちゃんも、お互いに恋愛感情なんて抱いてないし。将来的には、年齢の離れた友人とかになりたいねえ」


 歴然とした根源的な理由と未来展望を掲げると、アイは「なんてもったいない」と舌打ちをした。


「しかし、甘いぞ美鈴っち。

男女間の友情というものは、長く付き合いがあればあるほど恋愛感情に変わりやすい。

いわゆる、『遠くの親戚より近くの他人』だ。……喩えが何か違う気もするが」

「うーん。要は、アイは私の恋バナが楽しそうな展開になって欲しいだけだよね?」

「無論だ」


 何故か、どんな人物であるのか実物を確認した訳でもないのに、椿にーちゃんとくっつけようと画策してくる友人にツッコミを入れると、アイはカップの中身を飲み干し胸を張った。

 ……やっぱダメだ。椿にーちゃんを私の恋人候補に、なんてノリのアイに、椿にーちゃんが巻き起こしかねない殺人事件や、柴田先生が画策してるかもしれない殺人事件について、上手く前世云々をボカして相談に乗ってもらえそうにない。


「椿にーちゃんなら、現在女子大生に片思い中だよ。

で、私の方の恋バナですが」

「うんうん」


 やたらとリアルな、自分が死ぬ夢とか見ちゃうような私だ。自分でも、曖昧過ぎて妄想の類いではないかと、段々疑わしく思えてきた前世の記憶にあるゲーム云々を、どうしても友人へ話す気にはなれず、私は話題を転換する事にした。


「えーっと、時枝先輩に告白してフラれちゃったけど、長期戦で頑張ろうと思ってるとこ」

「……告白、した? で、フラれた?

いったいいつの間に……」


 私の恋バナ、という台詞に反応して一言一句聞き逃さぬと言わんばかりに身構えていたアイは、唖然とした表情を浮かべた。


「テスト終わった日に玉砕しちった」

「って言うか、そこはあたしに相談しようよ? 美鈴っちが時枝先輩の事を好きだって認めるのすら、初耳なんだけど」


 頭を抱え、「もー!」と唸るアイに、「うん、ごめん」と軽く返し、私はお茶を一口。


「しっかしあたしの目から見ても、時枝先輩って美鈴っちの事、かなり気に入ってたっぽいんだけど。その美鈴っちですら付き合わないって事は……実はもう彼女が居るとか、そもそも今は誰とも交際する気が無い、とか?

いったいどういう告白したのさ」

「ん? 普通に『付き合って下さい』って言ったら『え、無理』って即答だった」

「それってただ単に、驚いて反射的に……」


 あ、何か思い出したらまた胸が痛い。思わず胸元を抑える私の向かいで、ボソッと呟くアイの独り言に被さるように、バッグの中に入れていた私のスマホがメール着信を告げた。そう言えば、映画館出て時間確認ついでに電源入れ直したな。

 ちょっとごめん、と同席しているアイに断ってからメールを確認すると、椿にーちゃんからだった。何だろう?


『title:おっと、ミィちゃん発見!

本文:振り向けばそこに?』


「はい?」


 謎のメールの指示に従い、私が路上の方を振り返ると、「やあ」と片手を上げた椿にーちゃんの顔がラティスの柵の上からひょっこりと覗いていた。テラスとの高低差的にそうなるだけで、決してホラー的ドッキリではない。


「椿にーちゃん」

「なぬ?」


 私が思わず素っ頓狂な声を上げて呼び掛けると、アイは顔を上げて私の視線の先を追った。


「やあミィちゃん。こんなところで出くわすだなんて、偶然だね。運命的な何かかな」

「まあ、このご近所で遊び場って言ったら駅前繁華街だしね」


 ラティスの柵に乗せた手のひらへ顎を軽く預け、にっこり笑顔を浮かべるにーちゃんに、私は思わずツッコミを入れていた。


「おい椿! 急に人に荷物押し付けた挙げ句、置き去りにして走り出すとか何やって……って、またしても可愛い女の子をナンパかこの野郎!?」


 背中にデイパックを背負った眼鏡の男性が、ゼイゼイと息を切らしながらヨタヨタと通りを横切ってきて、椿にーちゃんの背中に張り手を食らわした。

 あー。同行者が『またか』って呆れるぐらい、やっぱり椿にーちゃんって日々呼吸するように女の子を口説いて回ってるんだ。


「……永沢、誤解を招くような発言は謹んでくれるかな? ん?」

「ぐぇぇぇ!?」


 しかし椿にーちゃん的にはあんまり嬉しい評価じゃないのか、ご友人の首に腕を回して締め上げている。

 そして呻き声を上げるご友人を抱えたまま、椿にーちゃんは私に笑顔を向けてきた。


「椿、ちょっ、締まってる!」

「ミィちゃん、コレ、俺のツレその2こと永沢ね。名前は覚えなくて良いけど、単体で近付くと危険だから顔だけは覚えて避けてね」

「うん、分かった」

「椿ぃぃっ!?」


 多分、椿にーちゃんなりの冗談だろうとは思うのだが、私もとくに口答えせず笑顔で聞き分けると、安心したように頷き返された。

 ツレその1が現れる前からその2の称号を冠して紹介された眼鏡のお兄さんは、ようやく腕から解放されて咳き込みつつ文句を言っている。


「椿にーちゃん、彼女は私の友達のアイだよ。クラスメートなの。

アイ、この人がさっき話した私の家庭教師の大学生、石動椿センセー」

「初めまして、渋木望愛です」

「石動椿です。初めまして、よろしくね」


 喫茶店のテラスと路上という、些か変則的な場での邂逅である為か握手はせず、代わりに椿にーちゃんはにっこり笑顔で非常に愛想が良い。いや、協調性が高いのはいつもの事か。


「ミィちゃん、この後お友達と何か決まった予定とかある?」

「ううん、ここでアイとお茶して、ぶらぶらウィンドウショッピングでも、って思ってたけど」


 ね? と、アイに振り返りつつ確認すると、彼女もコクコクと頷く。


「じゃあ、良かったら俺達も一緒にお茶しても良い?

ショッピングをされるのでしたら、この永沢が荷物持ちを致しますよ、お嬢様?」

「……って、俺が持つのか」

「こんな可愛い女の子達に、重たい荷物を持て、と。永沢鬼だな」

「それは確かにいかん。華奢で可愛い女の子が手首を痛めるかもしれん!」


 ハッ、と、ようやく重要な事実に思い至った! と言わんばかりに同調する眼鏡のお兄さん。正直、女性に過度な夢を見ちゃってる類いの微笑ましいお兄さん、にしか見えない。椿にーちゃんにいいように遊ばれて、毎日が大変そうだ。


 テラス席にやって来た椿にーちゃんとその2さんは、私達とテーブルを囲んで店員さんにお茶を追加注文。


「それで、お二方は大学生なんですよね? 大学ってどんな雰囲気なんですか?」


 年長者相手とあってある程度口調を改めたアイが、初対面の人物に珍しくも積極性を見せ、話し掛けている。その2さんも人好きのする質なのか、それとも純粋に子ども好きなのか、ニコニコしながらキャンパスライフを面白おかしく語って下さる。

 私は丸テーブルの斜め側の席に着いた椿にーちゃんの袖を軽く引っ張った。


「にーちゃん、今日ってその2さんと何か用事があったんじゃないの?」

「その2さん……」


 名前覚えなくてよろしい、と私に断じてきた当人だというのに、椿にーちゃんは私の呼称に軽く吹き出した。


「ツレその1に連れ出されたんだけど、当の本人が街中で唐突に『悪い、急用が出来た!』とか言って走り出しちゃってね。

俺とその2は予定が空いちゃってヒマしてた所に、タイミング良くミィちゃんを見掛けたから」

「ふーん」


 だから丁度良かった、と微笑んだ椿にーちゃんは、私の方に身を乗り出して耳元に唇を寄せてきた。片手を添えて、同席者に聞こえないように囁く。


「……今日のミィちゃん、すっごく可愛いね。その服似合うよ」


 わざわざ内緒話の体勢を取るから、何かと思えば。単に、いつもの椿にーちゃん流褒め殺しテクだった。私も椿にーちゃんの耳元に口を近付け、小声で返事をする。


「ありがと」


 何でわざわざコショコショと内緒話? と思わないでもなかったが、椿にーちゃんとしては、友達の前で私を『可愛い可愛い』するのは気恥ずかしいのかもしれない。


 とんでもなく社交性の高い椿にーちゃんのお誘いによって、はたと気が付けば私とアイは、椿にーちゃんとその2さんと一緒にテラス席でお茶を頂いた上に、彼らにお茶代をサラッと奢られていた。

 席を立つ際、「じゃ、出ようか」って椿にーちゃんが当然のように伝票持ってレジに向かい、さっさと二人分ずつで清算されてしまった。


「にーちゃん、有り難いけど、毎回毎回奢ってもらうのは……」

「いつもご飯作ってもらってるし、これぐらい良いの」


 店先で揉めるのもなんなので、歩き出しながら椿にーちゃんの腕を引きつつ自分の分を出す意志を表明すると、にーちゃんは私の頭をポンポンと軽く撫でた。


「第一、こっちがデートに誘っといて奢らないのはカッコ悪いでしょ?」

「……デートだったの、これ?」

「ミィちゃんさんや、これをダブルデートと言わずに何とする」


 椿にーちゃんはそう言って、傍らをクイッと顎で指し示す。


「アイちゃん、お買い物って何か欲しい物があるの?」


 ショッピングモールへと向かうその道すがら、その2さんは、にっこにこの笑顔で歩調を合わせてアイの隣を歩き、盛んに話し掛けている。

 その2さんの周囲に漂う『友達から愛ある弄られ系』の空気を嗅ぎ取り、お茶をご一緒したアイはすっかりその2さんを気に入ったらしい。しかして人はそれを、年長者への『侮り』とか『舐める』と言う。


「そうですね、特にこれと言って買おうと決めてる品は無いんですが。雑貨屋さんは見たいかな」

「雑貨屋さんって、俺あんまり行った事無いなー。どんな商品が並んでるのか、ちょっと楽しみ」


 ううむ。その2さんはアイとお喋りするの、超絶楽しそうだ。確かにこれは、はたから見るとダブルデートなのか……?

 私はアイの腕に自分の腕を絡め、彼女の耳元に内緒話よろしく話し掛けた。


「何か、成り行きで同行する事になっちゃったけど……アイは嫌じゃない?」


 私自身は、椿にーちゃんとデートだかなんだか形容されるお出掛けをしようが、毎回楽しめるので別段構いやしないのだが、今日はそもそもアイとのデートなのだ。彼女が本心では不快であるのならば、今からでも上手く断って……


「美鈴っち……この機会に、椿さんとの仲をぐぐっと進展させよう」


 親指を立て、瞳を輝かせて推してくる我が友。

 ……うん、ダブルデートの片割れが嫌な感じの男だったら、きっとこんな発言は引き出されなかったんだろうけど。その2さんみたいなタイプ、アイ、嫌いじゃないんだね……


「一口に雑貨屋って言っても色々お店あるみたいだけど、どこにする?」

「あー、こっから近いこのポプリのお店が俺はお勧めかな」


 買い物客が行き交うショッピングモールの出入り口にて、案内図パンフをヒョイと手に取ったその2さんの疑問に、パンフを覗き込んだ椿にーちゃんが出入り口から比較的ほど近い店舗を指し示した。


「椿、お前、何でそんな情報を……?」

「え? いや、ただ単にデートプラン練るのにネット眺めてて、ミィちゃんこういうお店好きかなーって思った事があるだけだけど?」

「椿にーちゃんって、本当にお出掛け好きだよね」


 きっと、地元から遠方まで色んなスポットを調べては、お出掛け計画を練るのが趣味なんじゃないだろうか。つい昨日も、紫陽花が綺麗な名所とかパパッと検索してたし。


 椿にーちゃんお勧めのポプリが置いてあるお店で色んな香りを試し、アクセサリーやらハンカチやらストラップやらをワイワイと眺める。


「あ、クリスタルみたいでこのストラップ可愛い」

「どれどれ」


 私が何気なく手に取ったストラップは、アルファベットが刻まれた小さな四角い色付きのガラスを連ねた物だ。こういった小物は特に真新しい訳じゃないけど、見たらちょっと欲しくなる。


「……よし、それならこの『T&M』を買おう」

「何で?」

「椿と美鈴でTとM」


 わざわざ色違いのストラップを探し出し、少女趣味な小物をお買い上げになる気満々の大学生男子。


「お揃いで付けようね、ミィちゃん」

「……椿にーちゃん、もしかして私のツッコミを切望してる?」

「ううん、お揃いを切望してる」


 ……駄目だ、今日の椿にーちゃんはいつにも増して分からん。


「このヘアピン、スッキリしてて良いなあ」

「どれどれ。うん、アイちゃんはこういうシンプルなピンも似合うね」


 椿にーちゃんの冗談なのか、単に私のレベルに合わせてるだけなのか分からぬまま、お揃いのストラップを受け取っている私の背後では、アクセサリーの棚を眺めていたアイが、飾り気の無い大きめで赤いヘアピンを手に取っていた。


「ありがとうございます。良かったら、あたし達もお揃いにします? 永沢さん」

「え?」


 ああ、その2さんの名前、ちゃんと覚えてたんだ。凄いなアイ。それはともかく、赤いピンをその2さんの濃い茶色の髪におもむろにあてがうアイ。


「やっぱり! 凄く似合いますよ、永沢さん」

「そ、そう?」

「あたし、早速買ってきます!」


 速攻で二人分のピンを購入し、笑顔でその2さんを屈ませ前髪を上げて二本のピンで纏めてやるアイと、まんざらでもなさそうに、えへへとはにかむその2さん。

 ……アイ、止めたげて! 確かにその2さんに赤いヘアピン似合ってるけど! 止めたげて! 眼鏡でなんとか保たれていた見た目真面目度がガクンと下がって、完璧に軽~い薄~いチャラ男にしか見えない!

 我が友は容赦が無いというか……いやうん、多分恐らく、その2さんの前髪が目に入らないか気になったんだ。それだけで他意は無いんだ、きっと。


「椿、見て見て!

アイちゃんからヘアピン貰っちゃった! 似合う?」

「あー、良かったな永沢。似合う似合う」


 とても素直に喜びを露わにしている純真なその2さん……椿にーちゃんに買ってもらったストラップをスマホに取り付けつつ、私も笑顔で良かったですね、という雰囲気を保つ。あ、向こうに置いてあった枕元に忍ばせて安眠出来るポプリ、こっそり買って後で椿にーちゃんにお礼代わりに渡そう。


 元々、そんな大きく重たい買い物をする予定でもなかったので、荷物持ちらしい荷物持ちをお願いする事も無く、私とアイは日が暮れる前に家まで送ってもらい、ポプリも無事に渡して今日のお出掛けは和やかなまま終了した。去り際、椿にーちゃんから何故か飴を頂いたので、夕食前に舐め。

 帰宅後、父にお土産を買って帰るのをすっかり忘れ果てていた為、拗ねられたけれども。

 宥めすかして夕食をとり、部屋に戻るとアイからメールが届いていた。


『title:いやあ、楽しかったねえ

本文:やあ美鈴っち、そろそろお夕飯も食べ終わった頃かな?

今日は思いがけずにーさん方にエスコートしてもらったけど、あの人達、凄く手慣れているというか……こっちの意識に簡単に合わせられる辺り、明らかに女の子慣れしてるね!

面白いから永沢さんとline繋げちゃったよ。

しっかし美鈴っち。チミの話してくれた椿さん情報と、今日あたしが見た椿さんの言動の著しい差異はいったい何なのだい?

今日の午後、観察していてよーく分かったよ。美鈴っちはもう、とうに手遅れなんじゃないか』


 ……? アイはたまに、回りくどい言い方をするが、『明言しないでいた方が面白い』と判断すると本当に私には通じにくい話し方をする。これは単純に、頭の中身の構造が違うせいかもしれないが、もっと分かり易くスパッと言ってくれ、とも思う。

 そういった意味合いの文句と、時枝先輩から好感を抱いてもらうにはどうしたら良いかという相談を返信に認めると、彼女からのお返事は簡潔だった。


『美鈴っち。あたしは断然、時枝先輩よりも椿さんを推すね!』


 左様でございますか。



 六月のある日の夕方、学校帰りに食材のお買い物に寄った私は、カートを押して野菜売り場で真剣に吟味する皐月さんと偶然出くわした。


「皐月さん、偶然ですね」

「美鈴ちゃんもお買い物?」

「はい」


 パッと表情を輝かせて、アスパラの束を一つお買い物カゴに入れる皐月さん。む? 値札と鮮度をじっくり観察すると……確かにお買い得じゃないか! うちも一つ買って行こう。


「ほーんと、こう毎日の事だと、献立に悩むよねー」


 皐月さんはやれやれと肩を竦める。うん、「この間も同じメニューだったよね」とか言われると、やっぱ腹立ちますよね。うちの中年はそこら辺デリカシーというか、配慮が足りない。

 そうだ、明日からは椿にーちゃんにお昼のお弁当を用意しなくちゃならないし、その献立も悩みどころだなあ。初日はサービスで鶏の唐揚げ入れてあげなくちゃ。


「特にこれからの時期は、お弁当のおかずにも気を遣わないといけませんしね」


 そこで私は、ふと思い付いて一計を案じた。


「良かったら、今日の特売品で作れるようなお勧めのお弁当のおかずレシピ、お互いに交換しあいませんか?

流石にいつも同じようなラインナップばっかりだと、飽きるというか」

「それ良いね!」


 皐月さんの得意料理を私が模倣し、椿にーちゃんに皐月さんの手作り弁当の気分をそこはかとなく味わって頂こう、作戦である。とにかく皐月さんからあらん限りのレシピを聞き出し、メニュー充実の大義名分の下に、特売品だけでなく様々な食材を使った得意料理を引き出してゆく。

 皐月さんは私の思惑をそれとなく察知した様子も無く、同じ食材を買い込みながら「明日のお弁当は豪華になりそう」などと大喜びだ。

 しめしめ。これで私と皐月さんがそれぞれ準備する明日のお弁当は、ほぼ似たようなおかずラインナップになる事は確定したようなもの。まあ、椿にーちゃんが明日どこでお弁当広げるかは知らないけど。

 しかし、示し合わせたようにおかずがほぼ同じだなんて知られたら、こっちの方が周囲としては運命的な偶然だよね。そして、椿にーちゃんと皐月さん本人には、『あくまでも偶然で、こうなりえる素地がある』と、あっさり納得がいくタネがある。ふっ……我ながら完璧な、細やかな幸福演出ではないか。

 本当のところ、応援ではなく足止めをしなくてはならない立場だ。本当に、こんな作戦に効果があるのかもの怪しいような、そんな小手先の策ぐらいしか実行に移せない。



 お買い物の翌朝、私は自宅のキッチンにて自分の計略にご機嫌でお料理をしてお弁当の支度を調え、汁物はマグに詰め、大きめのお弁当箱とお箸を巾着に入れた。お父さんが出張先に出掛ける際に使う、何か見た目高級感溢れる見栄張り用のお弁当箱だが、父はしばらく出張しないので不要だろう。



「おはよう、美鈴っち。

それで、椿さんとは最近どうかね?」

「どうも何も、特に無いよ……あ、今日はお昼休みの時間にお弁当持ってく予定だけど」


 学校へ登校すると、本人としてもなかなか気に入ってるらしい赤いヘアピンを髪に留めているアイから、椿にーちゃんとの進展具合を聞きたいとウズウズした顔で問われたので、これ以上は別段、進展したりしないんだけどなあ……と、困惑しながらも素直に答える。


「ほう、手作り弁当をお届けに。アドバンテージ全て持っていかれた状態だな」

「テニスの話は知らないけど。そういやアイ、うちの中学とお隣の大学の敷地は隣り合ってるけど、どっか出入り口があるってホント?」

「そりゃ、警備員さんや用務員さんが使う出入り口ぐらいあるさ。

ま、運動部でもないあたしらは用具入れなんて滅多に行かないし、今は焼却炉は使われてないから校舎裏には草むしりしに行くぐらいで全然用が無いしね。美鈴っちが知らなくても不思議じゃないけど」

「うちの学校、焼却炉とかまだ撤去されずに残されてたんだ」


 確か、昔は学校のゴミは全部焼却炉で燃やしてたんだっけ。

 話しながら自分の席に座り、私は椿にーちゃんに渡す為のお弁当が入った巾着を眺めた。取り敢えず校舎裏に行って、で、出入り口とか探してみれば良いのかなあ。


 お昼休み、早速教室を出た私は、二年生の教室が並ぶ階に続く階段をそろりと見上げ、様子を窺った。もしかしたら、時枝先輩が音楽室で私を待っていようかと、そちらに向かわれたかもしれない……なんていうのは、単なる私の願望に過ぎないけれど。

 階段を上り下りする生徒の波に紛れ、時枝先輩の姿を見掛けたような気がして、私は「ん?」と、上の階を覗き込んでみるも、見間違いだったのか見当たらない。そして行き交う先輩方から、通行の邪魔だと叱られた。


 お弁当が入った巾着片手に、昇降口で靴を履き替えて滅多に行かない校舎裏に回り込んでみた。呼び出しなどもされた事が無いので、私はこれまで、こんな僻地へ行ってみようと考えた事も無い。


「へー、フェンスの向こう側はそのままキャンパスの林になってるんだ」


 無機質な校舎の建物と、幅1メートル程度の剥き出しの均された地面、という圧迫感のある中等部の敷地側から見ると、日差しが適度に降り注ぐ人工的な林や茂みは開放感に満ちている。

 そして互いの敷地を遮るフェンスは、コンクリートの基礎を合わせても高さ2メートルにも満たない。確かに、フェンスの一部には蝶番と南京錠が掛けられた出入り口があるけども。金網は有刺鉄線ではない普通のメッシュ構造だし、上部に侵入防止の返しが付いている訳でも無い。


「……これって、結構簡単にお互いの敷地へ出入り出来るんじゃあ……?」


 この、金網の一部を一旦長方形に切り取って扉の仕様に付け替えました的な出入り口は、果たしてわざわざ南京錠なんか取り付ける意味はあるのだろうか?


「おーい、ミィちゃん!」


 私が金網を乗り越えるべきか考えていると、林の向こう側から椿にーちゃんが駆け寄ってきた。向こうも昼休みになり、お弁当をちゃんと受け取りに来たらしい。


「ごめんね、待った?」

「ううん、今来たとこ」


 カシャン、と、金網に軽く手を当て、私を……というかお弁当箱が入っている巾着袋をフェンス越しに輝く眼差しで見詰める椿にーちゃん。腹減ってるんですね、分かり易いです。


「良かったら一緒に食べようよ。こっちの敷地は景観も良いんだよ」

「今日はアイと一緒に食べようと思って、自分の分のお弁当、教室に置いてきちゃったから」

「そっか、それなら明日は俺と一緒に食べよう?」


 自らの背後を指し示して不法侵入を唆してくる椿にーちゃんに、私は首を左右に振って断ったのだが、にーちゃん的にはいつでも良いらしい。


「晴れてたらね。雨の日のフェンス越えって……制服汚れるか、滑って怪我しそう」

「確かに。危ない真似はさせられないしなあ」


 カシャンカシャンと、金網を器用によじ登りこちらへと手を差し出してくるので巾着袋を手渡すと、椿にーちゃんは危なげなく金網から飛び下り、大学側の敷地に着地。


「今日はツレと食べるかー。アイちゃんにもよろしくね」

「うん。あ、そう言えばアイ、週末にその2さんとお揃いで買った赤いヘアピン、最近毎日付けてるよ」


 私がその2さんに伝わるかしらと、軽い気持ちで何気なく話した話題に、椿にーちゃんはゲンナリした表情を浮かべた。


「こっちも、永沢は毎日そのヘアピン留めてるよ。同じ講義受けてる女子から、ヘアピンの可愛い留め方、とかいうのを教わっては、キャッキャ喜んでる」

「……まあ、実際似合ってたもんね。うん」


 お弁当を食べにツレさんの所へ戻る椿にーちゃんを見送り、私はふと視線を感じたような気がして周囲を見渡した。この辺りは校舎の中でも普通教室ではなく、音楽室やら図書室、化学準備室といった特殊教室の裏手に当たるので、昼休みの時間帯に生徒の姿なんてまず見ないのだけれど。


「……気のせいかな?」


 ちょっと、最近色々あったから、神経過敏になっているのかもしれない。私は気持ちを切り換えて、サッサと教室に戻った。


 その2さんもアイがプレゼントしたヘアピンを愛用しているらしい、という情報をアイに伝えると、「ふーん」という気のないお返事が返ってきた。

 我が友はその2さんを気に入っているのか違うのか、どっちなんだ。いや、実はlineとかで既に「毎日付けてるよ!」みたいなやり取りとか交わしていたのかもしれないけど。



 その日の放課後、お弁当箱を返却するついでに家庭教師を務めてくれたにーちゃんは「お弁当とっても美味しかった」と言いながらも、一つリクエストを加えてきた。


「ミィちゃん。全部のおかずに、刻んだブロッコリーとかペーストにしたブロッコリーとか、とにかくブロッコリーを潜ませる事って出来る?」

「椿にーちゃん、そんなにブロッコリー好きだったっけ?」


 これまで、ブロッコリーが材料に入っている料理を椿にーちゃんに作ったような気もするが、鶏の唐揚げを出した時ほど喜色満面だった覚えは無い。面食らって問い返すと、椿にーちゃんは真剣そのものな表情でテーブルに肘を突き、その両手を眼前で組んだ。


「虫除けに一番効果があるんだ。ブロッコリーが」

「……そうなの?」


 ブロッコリーって立派な野菜だし、むしろ昆虫は喜んで食べるような気もするけど。


「しばらくの間だけで良いんだ。ブロッコリー尽くしで美味しいお弁当、お願い出来ないかな?」

「うーん、善処してみるよ」


 椿にーちゃんが頼み事をしてくるとか、滅多に無いしな。……あれ、よく考えたら「今夜は鶏の唐揚げ作って」だとか、「お腹が空いた」だの「次は中華が食べたい」って言うのは……あれ。

 もしかして私、椿にーちゃんからめっちゃ専属料理人扱いされてる?

 カットしたチャーシュー入りのチャーハンを炒め、種を取り除いた梅干しを刻んで隠し味にした麻婆茄子を用意しつつ、私は首を傾げるのだった。



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