第四話
「王都を陥落させたリグジェリア軍は、すさまじい速度でレバイア各地の城を接収、部隊の配備を完了させた。ここから王都までの間に城は数十。これを一つ一つ手に入れていくしか、王都への道は無い。」
朝。ラファエルはクリスとともに、城の作戦室でブリーフィングを聞いていた。
部隊編成もまとまり、今日からいよいよ「レバイア王国復興作戦」が始まる。ラファエルら第四十九天空騎士団は、その中核をなす存在である。
当分―エライアスが自ら旗を揚げる機が訪れるその日までは、エミトリア軍の一部として、レバイアの者たちも戦う。
「一つの城をとるのに、約一週間は掛かるだろう。とすれば、王都へたどり着くには約一年。長い道のりだが、千里の道も一歩から、だ。今日はここから一番近い、この城を攻めに掛かる。」
クーアフルストとアデル参謀が、スクリーンに映った地図を指しながら説明した。
今日からは、クーアフルストは作戦の総指揮官として地上で指揮を取る。飛行隊の空中指揮をとるのはウォルター。レバイア騎士団長としての指揮能力は、ラファエルも目の当たりにするのを楽しみにしている。
「皆、激しい戦いが予想されるが、必ず我々に勝利の女神は微笑む。では、解散!」
おおお、と騎士たちから声があがる。彼らの中には、レバイアからの亡命騎士もいるという。その者たちの気持ちは、きっと僕には想像できないほどだろう、とラファエルはふと思った。
「よし、行くぞクリス。レバイア奪還作戦第一だ!」
「張り切っているわね。私もだけど!」
そうハイタッチしながら言って、彼らも愛機を目指した。
今日からは、ラファエルたちの任務は非常に重い。
それは、エライアスの直援だ。
第四十九天空騎士団の第一飛行隊に所属することが決まったエライアス。全体を率いるウォルターはその飛行隊長として、エライアスはその二番機として当面は戦う。
そして、その左翼を守るのがラファエルとクリス。右翼を守るのがマーティンと、もう初陣を迎えたリーナだ。
その決定を聞いたときは本当に驚いたが、どうやらウォルターはあえて、王子と歳の近いラファエルたちを直援隊に選んだらしい。昨日の夜は、六人全員で顔を合わせて挨拶代わりの打合せをした。そこでウォルターが言ったことを、ラファエルたちはよく覚えている。
「もっと腕のいい騎士なら、きっといくらでもいるだろう。しかし、王子の本当の支えになってやれる者は、きっと君たちを置いてほかに無い。だから私は君たちを選んだ。よろしく頼んだぞ。」
と。
なおその時、エライアスに対しても皆で自己紹介をしたが、彼は一応、皆の名前を覚えてはくれたみたいだ。そして、よろしく頼む、そして今後は同じ隊の仲間なのだから、台頭に話してくれ、とだけラファエルたちに言った。しかし、それ以外のことは一切言わずに、ふさぎこんでいた。
そう昨日のことを思い出しながら歩いていると、ラファエルはドン、と誰かにぶつかった。
「あっ、ごめ…んなさい。」
顔を上げながら謝ると、それはエライアスだった。
「気にするな。ラファエル・マノック…だったか。」
こちらを向くと、彼は感情の伴わない声でそう言った。
「ああ、ラファエルだよ。エライアス。」
「今日は、よろしく頼む。」
それだけ言うと、彼は自分に割り当てられた機体へと歩いていった。その後姿からは、やはり何の感情も感じられなかった。
なお、王者専用機シームルグは、王子の生存を明かしていない以上当然使うわけには行かない。エライアスは当分は普通の戦闘機で戦いに出て、シームルグは格納庫に隠しておくことにしている。
約一時間後。
ラファエルとクリスはぴたりと編隊を組み、空を駆けていた。
前方やや右に、ウォルターとエライアスの機体。ウォルターの機体は、両翼に描かれた槍がそのエムブレムだ。
そして、そのさらに右には、マーティンとリーナ。
「ラファエル、急に俺たち、肩の荷が重くなったな。」
いつも陽気なマーティンも、今日ばかりは真剣な顔でそう言っていた。
と、
「前方低空に敵機発見!数およそ五十!」
誰かが叫んだ。みなぎる緊張。
ラファエルも敵影を確認。数はほぼ同じ、だが高度優位なのはこちら。いい出だしだ。
「よし、第一から第五飛行隊は上昇。第六から第十は右に緩旋回、敵を誘え。」
すかさずウォルターが指令を出す。
ラファエルは操縦桿を引き、上昇。二手に分かれたもう片方の味方に、敵が向かっていく。
そして、やがて彼らと敵部隊は激しい空戦に入った。全力回転するいくつものエンジンの音が、大気を激しく震わせる。機銃弾の光が空を裂き、翼の引く雲が絡み合う。
それを見て、
「よし、上昇した全機は反転!上からたたみかける!」
ウォルターが言うとともに、翼を翻す。エライアスが、そしてラファエルとクリスがつづく。
敵は隊形を崩したところに上空からの攻撃をくらい、早くも足並みが乱れた。
さすがはレバイア騎士団長のウォルター。全く間違いがない。
「これから敵を撃つ、クリス、援護を。」
「了解。距離四百で追従する。」
ラファエルとクリスも、素早く近場の敵を見定めて攻撃に入った。共にロッテを組んでから数カ月。すでに、連携は大分出来あがってきている。
ラファエルが急降下。照準器の中で大きくなっていく敵機。その翼が照準輪をはみ出した瞬間、彼の右手が機銃を放つ。赤い閃光が走り、敵の一機が翼を射抜かれ燃え上がった。ラファエルはすぐに高度をとるべく離脱、その後ろから追い打ちをかけようとした敵機を、クリスの二の矢が貫く。
「よし、やった!」
「こっちも一機!」
完璧な連携攻撃を決め、二人は上空へと退避する。
と、
「よし、エライアス。お前も行け!」
ウォルターの声が聞こえた。同時に、
「了解。行くぞ!」
エライアスの声が響く。初めて聞く、力強い声だ。
ラファエルは、その機体を目で追う。鋭い動きで急降下すると、一機の敵を真上から撃った。一瞬ののち、敵機が炎に包まれる。
さらに続いて機首を引き上げると、そこにいたもう一機に弾を叩き込むエライアス。数秒のうちに、二機を仕留めて上空へ舞い戻ってくる。
「すごい…」
クリスのつぶやく声が聞こえた。その思いは、ラファエルも同じ。エライアスはこの戦いが初陣というが、とても信じられない。
さすがは、空の大国レバイアの王子。幼いころから、僕達の何倍も厳しい訓練を積んできたのだろう。そう、ラファエルは思った。
エライアスは再び翼を翻すと、またも敵機に向け突進した。その動きからは、あふれんばかりの激情が感じられた。
「落ちろ!」
叫びながら、エライアスは引き金を引き絞った。
目の前の敵機に、機銃弾を叩き込む。敵の機体から破片が散り、一瞬ののちに炎が噴き出す。
「とっとと散れ、リグジェリアの卑怯者どもめ!」
ばらばらに砕け散った敵機の残骸にそう吐き捨てながら、さらに次の敵を追う。
今、自分は戦っている。リグジェリアの奴らを、倒している。
そのことが、ひどく快感だった。
家族を、国を奪われた怒り。そのたけを込めて引き金を引き、思いを乗せた機銃弾で敵を引き裂く。
復讐のみで頭を満たしながら、エライアスは戦場を狂い飛んだ。
――さすがに、幼いころから私と、そしてラークと飛んできただけのことはある。
エライアスの戦いぶりを見ながら、ウォルターは心の中でそうつぶやいた。
まだ危ないところも多いが、とても初陣の戦いぶりとは思えない。すでに五機を屠り、さらに次の獲物目指して突進するエライアス機。
しかし。ウォルターは、不安だった。
あの力の源は、怒りなのか。
しばし、エライアスから目を離し、自分の前の敵機を追いながら考える。
そうだとすれば、危ない。怒りは暴れるのには最適の力だが、戦うには向かない。
目の前の敵機が、逃げる。落ち着いて、その後に食らいつく。
なぜなら、戦いに要るのは冷静さだからだ。怒りでは、我を、そして周りを見失ってしまう。そうすれば、戦場では生き残れない。
そこで、ウォルターは引き金をそっと引いた。最低限の連射で、敵機の翼を切り落とす。
と、
「エライアス、高度を落としすぎだ!」
ラファエルの声が、響き渡った。
――しまった!
とっさに、エライアスをさがす。見ると彼は、急降下で逃げる敵機をどこまでも追い、地面すれすれまで舞い降りている!
「敵を放せ、エライアス!」
叫びながら、ウォルターはその後を追った。
「逃がすか、リグジェリアの犬め!」
煙を吐きながらも、急降下で逃げようとする敵機に、エライアスはあくまで食らいついた。
「絶対に、逃がさないぞ!」
機銃を撃つ。当たるが、敵機はしぶとく飛び続ける。
と、
「敵を放せ!エライアス!」
ウォルターの声が聞こえた気がした。
ここまで追い詰めてだと?
「あと少しだ!」
叫び、再び引き金を引く。弾が、エンジンに吸い込まれる。敵機は、今度こそ爆発した。
「私の怒りを、思い知ったか!」
その爆炎にそう叫ぶエライアス。だが、次の瞬間、
「エライアス、急旋回しろ!」
ラファエル、だったか…の声が聞こえた。
「何?!」
とっさに操縦桿を倒し、直後に引く。
雲を引きながら機体は急旋回。直後、その場を敵機が駆け抜けた。
そこで、エライアスは恐ろしいことに気がついた。いつの間にか、自分は地面すれすれの低空を飛んでいる。そして、上空では多くの敵機がこちらを狙っているではないか。
しまった…目の前の敵に、気を取られすぎた!
別の敵機が、突っ込んでくる。再び急旋回。何とかかわすが、弾がキャノピーをかすめる。
「誰か、誰か援護を!」
叫ぶが、こんな危険なところに援護に来てくれる味方など、まずいない。
くそっ…
その時、後ろから迫っていた敵機が爆発した。
「!」
直後、そこを突き抜けていったのは、真っ白な機体。ラファエルだ。
「ラファエルか?感謝するぞ。」
「話は後だ、早く離脱を!」
ラファエルはそのまま急旋回すると、今度はエライアスの真っ正面の敵機に弾を叩き込んだ。敵機はそれをよけるべく旋回。エライアスの逃げ道ができる。
「ラファエル、よくやった…今だエライアス、全力加速!」
ウォルターの声が聞こえた。エライアスは必死に、その抜け穴目指して飛ぶ。
そうはさせじと、エライアス機の後ろに敵機が一機食らいついた。だが、直後にそれを機銃弾が襲う。現れたのは、ウォルターの機体。
「エライアス、ここは私に任せろ。ラファエル、クリス、そのまま王子の道を開いてくれ。マーティンとリーナはラファエルたちに他の敵が近寄らないようにしろ!」
「了解!」
この状況にあっても、そして自ら戦いながらもウォルターの指示は完璧だ。
エライアスの右前方と左前方から、敵機が迫る。しかしエライアスを撃つ前に、両方とも逃げることを余儀なくされた。ラファエルがエライアスの右を、クリスが左を固め、彼に近づく敵機を追い払っていく。ウォルターはエライアスの後ろから迫る敵機を、全て相手にして戦っている。
と、上空から別の敵機が現れた。ラファエルを狙っている。
「ラファエル、私の方へ急旋回して!」
「了解!」
ラファエルはクリスを信じ、彼女の方へと旋回。敵機はそれを追って…クリスの目の前に飛びだした。
「行けっ!」
クリスは一瞬の射撃をしっかりと当てた。敵機の尾翼が、砕け散る。
「ナイスキル、ありがとうクリス。」
「よかった…あ、またエライアスが危ない!」
エライアスの方に、またも敵のロッテが一組、向かっていく。
「ラファエル、クリス、敵の片方を頼む。片方は私が落とす!」
エライアスがそう言う。だが、
「駄目だ、エライアス!君は早く逃げろ!」
ラファエルは叫んだ。
「何故だ?一機ぐらいなら、私は…」
「君が逃げきるまで、ウォルターは逃げられないんだ。」
それを聞いて、エライアスははっとした。
そうだ。私を守るために、ウォルターは何機もの敵を相手に、一人で戦っているのだ。
「わかった。では、頼んだぞ。」
そう言うと、エライアスはそのまま真っすぐ飛び続けた。敵二機が、その後ろに回り込む。
しかし、直後に二機とも離れた。ラファエルとクリスが、それぞれに攻撃を浴びせたのだ。
だが、
「ラファエル、クリス、お前たちを狙って敵が一組!」
彼は自分たちを守ってくれている二機に迫る敵を、またも見つけた。
「了解。報告感謝する!」
ラファエルが叫び、クリスとともに回避に入る。しかし、
ドオン!
敵はその前に、二機とも砕け散っていた。
「俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ、エライアス!」
「私もね。」
駆け抜けていったのは、別の二機の戦闘機。マーティンと、リーナだ。
「ありがとう、マーティン。」
「感謝するわよ、リーナ。」
ラファエルとクリスが、そう礼を述べるのが聞こえた。エライアスはその様子を見て、何故か少しだけ、胸が暖かくなった。
「これで……よし!」
気がつけば、今のがエライアスたちを狙っていた最後の二機だったらしい。彼らは、すでに戦闘空域から離れた、安全な空を飛んでいた。
「どうにか、助かったな…」
その声とともに、一機の味方機が横に現れた。ウォルターだ。
多くの敵を相手に、今までずっと渡り合ってくれていた彼。その機体は、傷だらけだった。
それから間もなく、空戦は終わった。空戦というものは、意外に短い時間で終わるものだ。とりあえずの勝利を収めたエミトリア軍は、城へとその機首を向けた…
「ふう、どうにか守り切ったね。」
「ええ。全く、ひやひやさせる人なんだから、エライアスは。」
帰り道の途上、ラファエルはクリスとそう話していた。
「腕はいいんだろうけど…あそこまで敵を深追いしたんじゃ、命がいくつあっても足りないわね。そこは直してもらわないと、私たちまで危険よ。」
クリスの言うとおりだ。今日の敵は全体的に弱かったからよかったものの、次からもこううまく助け出せる保障はないのだ。
エライアスの機動は確かにすごかったが、戦場の飛び方としては、全然なっていない。
ラファエルはため息をつきながら、言った。
「それは、ウォルター隊長がしっかり矯正してくれるといいな。彼は指揮、見事だったから、人を育てるのも上手いんじゃないかな。」
「そうだといいわね。」
やがて、ラファエルたちの視界に、自分たちの城が入ってきた。
「なんですか、今日の飛び方は!」
デブリーフィングを終えた後の、エミトリアの城。
その一室で、ウォルターの声が響き渡った。
「乱戦での深追いは禁物、と何度も申しあげたでしょう!」
「…すまない、じい…いや、すみません、隊長。」
うつむきながら、エライアスはそう答える。その様子を、ラファエルとクリスは黙って見ていた。
「どちらの呼び方でもかまいませんが…王子、リグジェリアを憎む気持ちはわかります。しかし、戦場でその気持ちだけで飛ぶのは、命取り以外の何物でもありません。」
しかし、そこまでウォルターが言った直後、
「怒り以外に、今の私に何がある!」
エライアスは、突然叫んだ。
「私は何もかも失った。あるのは悲しみと、怒りだけだ。悲しみで飛べと言うのか。そんな気持ちでは、戦場に出ることもできない。ならば残るのは、怒りだけではないか!」
「しかし、だからと言って…」
「深追いをしなければいいんだろう。冷静に戦場を見極めればいいんだろう。ならばその力を身につけて見せるさ。だが今私が敵にぶつけたいのは、怒りだけだ!」
それだけ言うと、エライアスは振り返ると、ドアへと歩いて行った。
思わず、ラファエルは駆けよると、その手を取った。クリスも、後に続く。
「エライアス、落ち着いてよ。気持ちはわかるけど、怒りでは空戦は…」
「黙れ!」
振り向きざま、唾が届くほどの距離から怒鳴るエライアス。ラファエルは、思わず手を放してしまった。
エライアスも、しまったとは思ったらしい。しばし息を整えたのち、口を開いた。
「ラファエル、クリス。今日の戦いは、まことに感謝する…この恩は、私は決して忘れない。明日からは、今日みたいなことはないように気をつけるさ…」
そう言う彼の体はしかし、震えていた。
「だが…だが、私に同情はしてくれなくていい。お前たちに…お前たちに、私の気持ちがわかってたまるか!」
最後は、再び叫びだった。そしてドアを開けると、彼は廊下に飛び出して行った。
駆け足の足音が、遠ざかっていく。ラファエルとクリスは、ただ顔を見合わせるのみだった。