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第二話


 その日。エライアスは昼食を終えた後、自室のそばの廊下で、壁にもたれながら本を読んでいた。

 いつもなら、昼食後しばらくすれば飛行訓練が始まるのだが、今日は二時間以上予定時刻を過ぎてもまだ始まらない。というのも、今日の朝早くからラークと父上が空の遠乗りに出かけたのだが、それが未だに帰らないのだ。

 まあ、いつ帰る、とも言っていなかったから、遅くなるのも不思議ではない。しかし、あのラークが訓練を無断ですっぽかすとは思えないのだが…そう、エライアスは自問自答していた。

 と、

 「兄上、ただいま帰りました。」

 元気な声が聞こえた。そちらを見やると、そこには訓練飛行を終えて帰ってきたらしい弟と妹の姿があった。

 「おかえり。楽しかったか?」

 「はい、それはもう!」

 明るく答えながら、自室へと入っていく二人。その楽しい訓練も、そのうち地獄になるぞ…とその後姿を見ながら心の中でつぶやく。

 そして、目を本へと戻した、まさにそのときだった。


 突然、けたたましい警報が鳴り響いた。


 「な!」

 驚いて、思わず身構える。直後、

 「何なのですか、これは?!」

 「兄上、これはいったい?!」

 廊下に並んだ扉が次々と開き、赤ん坊を抱いたリンム王妃、アイリーン王女、そして今部屋に入ったばかりの次男と次女が飛び出してくる。

 「城の全員に告ぐ!リグジェリア王国方面より、無数の機影が接近中!こちらの呼びかけに応答しないため侵略行為だと思われる、騎士団は総員直ちに戦闘用意!繰り返す、騎士団は総員直ちに戦闘用意!」

 緊迫したアナウンスが、警報に混じって鳴り響く。

 リグジェリアが、侵略…まさか、戦争?!

 「ばかな!リグジェリアからの宣戦布告など聞いていません!」

 リンム王妃が叫んだ。と、

 「王家の方々、急いでこちらへ!」

 息を切らして走ってきたのは、ウォルター。

 「ウォルター殿!これはいったい?!」

 アイリーンが問いかける。

 「たった今、リグジェリアが宣戦布告の無線通信を入れてきました。そして、それと同時に王都の間近に敵の大軍が…」

 「嘘だろ?いつの間にそんな近くまで…」

 問い返すエライアス。

 「山岳の地形を利用し、こちらのレーダー網をすべて縫う形で接近したものかと。しかし、こちらのレーダー設備を熟知しているものでもない限り、それは至難の業です。」

 確かに、ここからリグジェリアとの国境までは山岳地帯であり、電波が山に邪魔されて届きにくいためレーダー索敵は難しい。しかし、レバイアもそれは分かっているから、多くのレーダーを山のいたるところに設置して死角が最小限になるようにしている。

 「とにかく、ここにいると危険です。早く城の中央部へ…」

 ウォルターがそこまで言った途端、

 ドゴオッ!

 轟音とともに、城が揺れた。天井から、石のかけらがかすかに落ちる。

 「きゃあっ!」

 エライアスの妹が、悲鳴を上げて彼に飛びついた。

 「もう爆撃を…皆様、急いでこちらへ!」

 クーアフルストの誘導で、王家の人々は急ぎ階段を降りていく。

 その時、エライアスは重大なことに気がついた。

 「待ってくれウォルター、父上とラークは?!」

 叫んだ。同時に、家族の皆の動きが止まる。

 「それが…」

 ウォルターの表情がかげった。

 「先ほどから、部下がずっと連絡を取ろうとしているのですが、二人とも全く応答しないのです。」

 「そんな…」

 王家の皆が、同時につぶやいた。

 「せめて、現在の飛行位置は分からないのですか?」

 「それは、今は分かりません。レーダー室に行かなければ。しかし、お気持ちは分かりますが今はそれどころではありません、一刻も早く対爆施設へ!」

 再び、一向は走り出す。エライアスは、ちらりと窓の外を見た。そこではすでに、多くの戦闘機が入り乱れ、激しい戦いを繰り広げていた。


 何時間、たっただろうか。

 この超強化コンクリートと合金で囲まれた、核爆弾の直撃にも一回なら耐えうるこの部屋に隠れてから、一分が一時間にも感じられる。

 時折、部屋を揺るがす振動。それは、この城に爆弾が命中している証だ。

 そしてこれほど多くの爆撃を受けるということは、戦況はこちらが不利であるということである。 

 王家の人々がそっと身を寄せ合っている中、ウォルターは数個の無線機に囲まれながら、上空で戦う部下たちに次々と指示を飛ばしている。本当は彼も空に上がって戦うべきなのだが、これほどにまで王家に危機が迫っている今は、彼らのそばについていなければならない。

 エライアスは、そんなウォルターの様子を見ていた。その表情は、非常に険しい。

 同時に、その無線にも耳を傾ける。次々と聞こえてくる、味方の戦果報告、助けを求める声、時折断末魔の悲鳴。

 「こちらリック、敵の増援を確認!抑えきれない!」 

 「オーウェンだ。逃げ切れない、助けて、助けてくれ…うわあああっ!」

 くそ!エライアスは唇をかみ締めた。

 どうして、こんなにいきなり攻めてくるんだ、リグジェリアは。攻め込む理由もないだろうに。卑怯者め!

 と、

 「ヴァンパイア隊リーダーより各機へ。今こそ、王都リーブを我らの手に。」

 と、突然聞こえたのは、敵の無線。混信だろうか。

 その陰気な声は、深くエライアスの頭に残った。

 「レバイア騎士団、戦力の六割を喪失!持ちこたえられません!」

 「城の損傷も更に拡大!」

 味方の無線が次々と入る。爆撃を受ける間隔も、次第に短くなっている。

 その時、ウォルターは目をつぶった。そしてしばしの黙考の後、こう無線に叫んだ。

 「騎士団全員へ告ぐ。われわれはこれより、王都リーブを放棄する!」

 それを聞いた途端、エライアスは目を見開いた。

 「飛行中の全機はエミトリア方面に進路を取ってこの空域を離脱しろ!リグジェリアと戦争状態にあるエミトリアなら、きっと受け入れてくれるはずだ。全員、一時国を捨てて亡命し、再起の時を待て!」

 悲痛な叫びだった。

 「そんな…俺は残ります!」

 「俺もです!この町には家族が!」

 多くの反対意見が、ウォルターに飛び込む。だが、

 「愚か者!」

 ウォルターの一喝で、全てが止んだ。

 「今ここで死ぬことに、何の意味がある?!生き延びて戦い、再びこの王都を奪い返すのだ。それが、われわれの務めだ!

 これをもって、指揮系統を解散する。以降は各自の判断で、逃げ道を探せ。以上だ。」

 そう言うと、ウォルターは一方的に全ての無線機の電源を切った。そして、

 「さあ、王家の方々。我々も亡命します。」

 そう言いながら、立ち上がった。

 「そんな…この城を、捨てるというのですか。」

 リンム王妃が、震えながら言う。

 「はい。ここで死んでしまっては、それこそ無駄死にというもの。いったん退き、再起のときをうかがいましょう。」

 「しかしウォルター、この状態で脱出できるのか?空はすでに敵機でいっぱいだぞ。」

 エライアスが問いかける。

 「城の裏手に、脱出用の秘密の滑走路があるのです。存在を知っているのは私と国王のみ、飛び立てばそこは王都からは山を挟んだ反対側です。その滑走路へは機体が置いてある屋内飛行場からそのまま乗り入れられます。さあまずは飛行場へ!」

 こうしてウォルターに率いられ、王家は急ぎ飛行場へと向かった。

 

 飛行場へと向かう廊下は、すでに崩落寸前だった。

 爆弾の着弾音が鳴り響くたび、天井の一部が崩れる。それをどうにかよけながら、必死に走る一同。

 だが、

 「あっ!」

 リンム王妃が床の石片につまずいた。思わず、抱いていた赤ん坊の三男を放してしまう。

 彼は床を数メートル滑って止まった。幸い、散らばるガラスのかけらなどで怪我はしなかったらしい。

 「よかった、ジョージ…」

 その名を呼びながら、泣き喚くわが子に駆け寄る母。だが、次の瞬間、

 ドン!

 至近で、爆弾が炸裂した。ひときわ大きなゆれとともに、天井の一部が大きく崩れ落ちる。

 そこは…ジョージの真上。

 「ジョージ!」

 リンム王妃は叫びながら、その場へと駆け込む。

 「母上!逃げて!」

 「王妃様!」

 エライアスとウォルターが叫んだ。しかし、彼女は止まらなかった。頭上から迫り来る石の下に滑り込むと、ジョージを守るように抱きかかえた。直後、

 「ぎゃああっ!」

 すさまじい崩落音の中に、悲鳴が混じった。

 思わず、目をそらす一同。大きく広がった砂煙の中に、赤いものが混じっていた。

 エライアスの全身が、固まった。砂煙がもうもうと上がっているというのに、目が見開かれたまま、閉じられない。

 母上…時に厳しくも、常に暖かかったあの人が。

 ジョージ…まだ、生まれて数ヶ月だというのに。

 と、

 「皆様、お急ぎを!この廊下もじきに完全につぶれます!」

 ウォルターの声で、われに返った。見ると、落ち着いた声の彼もしかし、そのこぶしは震えていた。悲しみを振り払うように、彼らは飛行場めざして走った。


 飛行場にたどり着くと、直ちに皆は戦闘機に乗り込んだ。ウォルターとエライアスは愛機だったが、ほかの皆は適当にその場にあった機体に飛びのった。

 「皆様、第一誘導路前まで移動を。」

 「はい。」

 ウォルターの指示に従い、王家の人々は機体をタキシングさせる。そして、指定された誘導路の前まで来たとき、

 「しばしお待ちを、これより、秘密の門を開けます。」

 ウォルターはそういうと、愛機から降りて壁へと向かった。そこにある大きな鹿の剥製の前に立つ。

 そして、右の角をつかむと、左向きに大きくねじった、当然折れるはずのその角はしかし、ぐりっと回転する。その後、左の角を同じように回した後、右の角を元に戻した。

 その時、王家の人々は目の前の風景に目を見開いた。

 メインの滑走路へ続く誘導路の滑走路側の床が機械音とともに下がり、スロープのようになる。そして、その先の地下にはトンネルのような大きな空間が広がっているではないか!

 「何だこれは…こんなの、はじめてみたぞ。」

 「驚きましたか?これが、四十年前の戦争の終盤、王都が落とされたときのことを考えた当時の国王が作らせた、秘密の脱出口です。」

 再び愛機に乗り込みながら、ウォルターが言う。

 「さあ、この坂を下りればすぐに滑走路です。左を向いたら、すぐに離陸を開始してください。地面を離れた後も、しばらくはトンネルの中ですから、操縦桿は引きすぎず、そのまま真っ直ぐに飛んでください。」

早口で指示を出すウォルター。外からは、飛び交う敵機のエンジン音が重なり合い、怪獣のほえ声のような不気味な音となって聞こえている。もう、一刻の猶予も無い。

「トンネルを出れば、すぐに城の裏手です。出たらすぐに、高度を地表すれすれまで下げてください。さもなければ敵に見つかります。」

 決死の脱出作戦が始まった。

 スロープを降り、左に機首を向ける。その先は、夜間の誘導灯程度の明かりがついた滑走路だった。はるか先に、外に飛び出すための出口が開いている。

 ウォルターが、エンジンを全開にする。続いてエライアスが、更に続いて次男と次女が、最後にアイリーンが離陸を開始した。閉鎖空間内での後方乱気流を鑑み、滑走開始は大きく間隔をあける。

 ぐんぐん速度が上がっていく。やがて、ウォルターの機体が浮き上がり、車輪を格納する。しばしの後、エライアスも操縦桿をかすかに引いた。ここはトンネルの中なのだ、あまり強く引いては、天井に激突してしまう。

 やがて次男が、続いて次女が離陸する。その途端、

 ゴオン!!!

 エンジン音すらかき消すような轟音が響いた。爆弾が命中した、いや城の一部が大きく崩落したのだろうか。滑走路が、大地震のように大きく揺れる。

 すでに離陸していたエライアスたちには、何の影響も無かった。しかし、まだアイリーンは滑走の最中だった。

 激しい揺れが、彼女の機体を襲う。

 右の車輪が、それに耐えかねて折れた。

 「ああっ、こ、コントロールが…きゃあああ!」

 直後、アイリーンの悲鳴とともに右側に大きく傾いたその機体は、右翼の先端を地面にこすりつけ、激しく火花を散らしながら横転した。

 「あ、姉上っ!」

 エライアスたちは声をからさんばかりに叫ぶ。だがその呼びかけもむなしく、翼の折れたアイリーンの機体は地面を二、三度飛び跳ねた後、爆発炎上した。その炎は、瞬く間に後方へ遠ざかっていった。

 「くっ…」

 目に、熱いものがあふれる。姉上…いつもやさしかった、あの姉上が…エライアスはしかし、左手でそれを振り払った。目の前がにじんでいては、この暗いトンネルの中は飛べない。

 十数秒の後、ウォルター、エライアス、そして彼の弟と妹の四人はトンネルを飛び出した。

 直後に急降下。渓谷の地面すれすれを這うように飛ぶ。

 リグジェリア軍が王都まで気づかれずに近づいたその同じ方法で、今度は彼らのレーダーを欺くのだ。

 幸い、追っ手は一機もいなかった。十分に王都から遠ざかったのを確認してから、彼らは高度を上げて雲の上に出た。今の天候は雨。視程が非常に悪く、このまま低空飛行を続けるのは危険との、ウォルターの判断だった。

 四機の戦闘機は、静かに雲海の上を飛んでいく。彼らを照らす夕日の色は、今日は血の色のようにエライアスには思えた。

 どれほど飛んだだろうか。もうそろそろエミトリアとの国境というところまで来た。ここを超えれば、リグジェリアはおそらく追っては来るまい。

 と、その時だった。

 「ウォルターさん、レーダーに反応が。」

 エライアスの弟が叫んだ。

見ると確かに、レーダーに一つの反応が現れていた。リグジェリア軍機が、一機。

 「くっ…ここまできて待ち伏せか…」

 ウォルターがうめいた。そして、

 「全員、周りをよく見張ってください!見つけたらすぐに私に報告を!敵が攻めてきたら、私に従って動いてください!」

 「は、はい!」

 いつに無く真剣なウォルターの命令に、あわてて返事をする一同。

 エライアスは周りを、目を皿のようにして見張る。だが、どこにもいない。敵は普通、上空から攻めてくるのが王道だ。空の中のわずかな点も逃すまいと見張るが…いない。

 と、その時、ウォルターが叫んだ。

 「下です!逃げろ!」

 語尾は、命令口調だった。

 直後、四機の編隊の中を、真っ赤な閃光が切り裂いた。下から上に向かい打ちあがる、真っ赤な稲妻。

 その稲妻に、エライアスの横を飛ぶ、彼の妹の機体が打たれた。

 「っ!!!!!」

 悲鳴を上げるまもなく、コクピットごと彼女の体は粉砕された。真っ赤なしぶきが一瞬空中に広がり、主を失った機体はバランスを崩し、煙一筋引かずに雲の中へと消えていく。

 「メアリー!」

 ウォルターとともに回避行動をとりながら、エライアスは叫んだ。

 その途端、彼らの横を一機の戦闘機が矢のように駆け抜けた。リグジェリア軍戦闘機スカイチーター。その尾翼に何かのエムブレムが描かれているのを、エライアスは見た。

 上に抜けた敵機は豹のようにすばやく身を翻し、次の獲物をねらう。

 と、

 「ちくしょう、よくもメアリーを!」

 その後ろに食らい付いたのは、エライアスの弟、ヘンリー。

 「くらえええっ!」

 怒りに任せて機銃弾を撃ちまくる。だが敵機はダンスを踊るかのような軽やかな動きでその全てをかわす。

 「殿下、あなたのかなう敵ではありません、離脱を!」

 ウォルターが叫んだ。確かに、あんな下から急角度の射撃を、しかも雲の中から飛び出した直後に、一瞬の連射で決めるほどの腕前だ。この敵の騎士は、只者ではない。

 その直後、敵機は大きく機首を上げると、エアブレーキを開いて急減速した。

 ヘンリーはまだ、やっと一人で飛べるようになったばかりの駆け出し。その不意打ちに対応できず、前に飛び出してしまう。

 「え?!しまっ…」

 それが最後の言葉だった。

 一瞬の後に機首を下げた敵機から、またも稲光のごとく一瞬の機銃弾の洗礼。

 直後に、ヘンリーの機体はがくん、と機首を下げると、メアリー機と同様に雲の中へと落ちていった。そのコクピットは、やはり吹き飛ばされていた。

 敵は悠然と旋回すると、エライアスとウォルターに機首を向けた。あの機体を駆る騎士の腕は、もはや神がかっているといっていい。明らかに、狙ってコクピットを撃ち抜いている。高速で飛ぶ戦闘機の、更に一部分を「狙撃」するなど…

 「くそっ…」

 ウォルターが毒づいた。その声には、悔しさと悲しさがにじみ出ている。

 その時、エライアスの中で何かが切れた。

 「うおおおおおっ!」

 雄たけびを上げ、操縦桿を引く。シームルグは急旋回すると、敵機に真っ向から突っ込んでいく。

 「うっ?!王子!」

 ウォルターの戸惑った声が聞こえるが、まったく気に解さなかった。その目に家族を奪った敵機だけを捉え、わき目も振らずに突進する。

 そして、敵機が射程内に入った瞬間、引き金を引き絞った。

 真正面から迫る敵機に、機銃弾が向かう。

 だが、敵機は左右にすべって、いとも簡単にそれをかわす。必死に修正するエライアスだが、まったく当たらない。直後、敵機の機銃がこちらを向いた。

 だが、次の瞬間…敵機は撃つことなく、機首をねじるようにロールを行うと、エライアスのすぐ横をすれ違った。

 その時、彼は再びその尾翼のエムブレムを見た。

 血で染まった剣。それが、敵機のエムブレムだった。

 直後、その敵機を横から機銃弾が襲った。はねるように旋回し、かわす敵機。それとすれ違うように、その機銃弾を放ったウォルターが現れた。

 「王子、気を確かに!あなたは、最後の王家の生き残りなのですよ!」

 その声で、エライアスははっとした。そうだ、ここは生き延びなければ。死んでいった家族の、敵を討つためにも!

 「雲に突っ込んで低空まで逃げてください!視界は悪いですが、四の五の言っていられません。敵機は私がひきつけます!」

 そう言うと、ウォルターは敵機の背後に向けて急旋回した。敵機も負けじと、ウォルターの背後を狙う。二機は壮絶な一騎打ちを始めた。

 その隙に、エライアスは急降下すると、雲の平原に突っ込んだ。二、三秒後、雲を抜ける。その下は、灰色一色だった。

 雨粒が、機体に当たっていく。

 低空まで降りたところで、彼は操縦桿を引いて機首を引き上げた。そして、そのまま水平飛行に移る。

 そして程なく、国境を越えた。

 もう安心だ…そう思った途端、視界が一気にかすんだ。

 雨のせい?いや、違う。外の景色だけでなく、計器もかすんで見える。

 同時に、頬を次々と何かがつたっていった。

 それとともに、目の前を家族の顔が去来する。

 母上。姉上。かわいい弟に妹たち。そして、おそらくは父上も…

 つい昨日までともにテーブルを囲み、笑っていた大切な人たち。その全ての笑顔は、もう二度と見ることはできない。こんなことがありえるのか。あっていいのか。

 気が付けば、彼は声を上げて泣いていた。灰色の世界の中、狭いコクピットに、悲痛な泣き声が反響した。


 よし、これでいい!

 王子が国境線を越えたのを確認して、敵と激しく急旋回を繰り返していたウォルターは一気に急降下すると、雲の中に飛び込んだ。

 敵機は手強かった。これほどに自分と互角に渡り合ったやつは、これまでに数人しかいない。

 しかし、あの飛び方…あの舞うような飛び方は、どこかで見たことがあるような気がする。何だ?

  自分の心に問いかけながら、ウォルターは雲の中を突っ切って行った。

 敵機は、追ってこなかった。


 夕日が輝く、雲海の上。

 スカイチーター戦闘機がたった一機、その果てしなく続く雲の平原の上を静かに旋回していた。

 尾翼には、刀身が血で染まった長刀のマーク。金属無地の銀色の機体が、夕日の光をはじいている。

 そのコクピットに座る騎士は、静かに無線に告げた。

 「ブロードソードよりヴァンパイアへ。王家の逃亡を発見、その全てを始末しました。」

 「ヴァンパイアよりブロードソード、よくやった。撃ち落した、のではなく、確実に殺したのだな。」

 答えるのは、陰気な声の男。

 「はい。」

 「よくやった。大手柄だぞ。では、英雄の帰還を待っている。」

 その無線を聞いた途端、騎士はかすかに表情を曇らせた。そして、

 「…了解しました。これより帰還します。」

 そう言うと同時に、彼は一瞬、エライアスたちが去って行った方角を見やった。そして、操縦桿を倒した。

 煌きとともに、白銀の翼が翻る。スカイチーターは翼から鋭く雲を引きながら、その空域を離脱していった。



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