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第一話

 山の稜線から、日が昇る。非常に高い所にあるこの部屋…海面高度三千フィートはあるこの部屋からは、天気さえ良ければいつも、美しい朝焼けを拝むことができる。

 その朝日の光を浴びながら、豪奢なベッドの上で一人の少年が目を覚ました。

 真黒なつややかな髪、そしてわずかとはいえ威厳を秘めた目のその少年は、ベッドから出ると静かに着替え始める。その服は、きらびやかな飾りが施されている。そして彼がいるその部屋も、多くの装飾品に壁が埋め尽くされている。

 と、着替え終わったところで、その美しい彫刻が施された扉の向こうから、一人の男の声が聞こえた。

 「王子、起床時間です。」

 その声を聞くと同時に、少年は着替え終わった。そして、

 「ああ、今着替えたよ、じい。今日もよろしく頼む。」

 そう言って、ドアの方へと足を進めた。

 

 ここは、レバイア王国王都リーブ。かつて世界で最も早く飛行機を発明し、その時以来空の大国として名をはせた国だ。しかし、四十年前の戦争でエミトリア王国に敗れて以来、国の規模は大幅に縮小、現在の領土はエミトリアやリグジェリアなど大国の数分の一だ。しかし、いまだにその騎士団の航空戦力は小規模ながら高い能力を持つ操縦士ばかりであり、その名は多くの国に知られている。

 そして、その王都は、二つの山の間から流れ出る大河ライーク川の流域に発展した都市。そして、その王城はその二つの山にまたがる形で築かれた、疑いようもなく世界一大きな城だ。

 その城の廊下の一つを歩く、一人の少年。

 「王子、今日の学習はまず経済学、そののちに帝王学を学んでいただきます。昼食を召しあがったあたりで飛行訓練に入り、訓練終了はその三時間後の予定です。」

 少年の先を歩く一人の壮年の男が、淡々と述べる。決して若者ではなく顔にいくつかのしわがあるが、老人というにはまだ若い。

 「わかった。いつも通りだな。」

 上の空でそう返事をする少年。

 「真剣に受けてくださいよ。これらはすべて王子のためです。」

 そう。この少年の名はエライアス・プリンス・ド・レバイア。この王国の、王位第一継承者である。

 歳は十六。もう近いうちに、王を助けて政治を行う年頃だ。そのために、日々多くの学問をおさめている。

 そして、

 「わかっているよ。ところで、今日の飛行訓練は、何をするんだ?」

 「まず低空飛行訓練、そののちにいつも通り模擬空戦です。」

 「わかった、じい。楽しみだな。」

 「飛行訓練だけはいつも他にまして真剣ですね。」

 そうやや困った顔で答える男の名は、ウォルター・クロステルマン。このレバイア王国騎士団戦闘機軍の総指揮官を務める、世界屈指の撃墜王。彼は同時に、王子の教育係も兼任している。

 「そんなことないさ。他のこともまじめにやっているよ。」

 そう答えつつ、エライアスは扉の一つをくぐった。その奥の部屋は、大きなテーブルが真ん中に据えられた広い部屋。本来は会議室だが、講義室としても使っている。その壁の窓の向こうには、地平線まで広がる王都の街並みが見える。

 その席の一つには、すでに一人の女性がついていた。腰まで届く長い黒髪が特徴的な、美しい女性。

 「姉上、おはようございます。」

 エライアスは深く頭を下げ、恭しく礼をする。この女性は彼の姉、アイリーン王女だ。

 「おはよう、エライアス。今日も互いに、講義をしっかり受けましょうね。」

 優しい声とともに、微笑むアイリーン。

 そして、ほどなく講師が部屋に入ってきて、経済学の講義が始まった。

 

 「終わった!いよいよ飛行訓練だ!」

 数時間ののち。講義を受け終わり、昼食を食べ終えたエライアスは、食堂にまですでに持ってきていた飛行装備を手にその扉から飛び出した。

 「全く、本当に飛ぶことしか頭にないのですから…」

 その後ろ姿を見送りながら、席に着いたまま苦笑するアイリーン。普段はすでに大人びているエライアスだが、空を飛ぶことになると途端に子供に戻る。

 「全くです…しかし、王子は座学の成績も優秀、と聞きますが。」

 そう問いかけるのは、食器を片づけるウォルター。

 「はい。あんなずぼらに受けていて、どうしてこんなにもよい成績なのか疑うくらいですわ。」

 右手を口に当てて、そっと笑うアイリーン。その姿は、全身で高貴な生まれなのだということを示している。

 「さあ、あなたも行ってください。またエライアスに遅いと言われますよ。」

 「わかっています、王女殿下。」

 そう言いながら深々と騎士の礼をし、ウォルターは食堂を退出した。


 美しい絵が描かれた天井ではシャンデリアが煌々と輝き、壁面にもいっぱいに壁画が描かれている、広大な空間。ワルツの音楽でもかかっていたなら、さぞ似合うことだろう。だが、

「後ろ、離れ!」

誰かの大きな声とともに響いたのは、空気を震わせる轟音。航空エンジンの駆動音だ。

その床はアスファルトが敷き詰められ、多くの航空機が並べられている。大広間のようなその部屋は、この城の飛行場なのだ。

 そのあまりの大きさゆえ、屋内に飛行場を設置することができるレバイア王城。その屋内飛行場は、レバイア王家の誇りの一つだ。

 離陸態勢に入った飛行機のコクピットから上を見上げれば天井画とシャンデリア、横を見れば壁画とステンドグラス、という場所は、ここ以外では世界中を探してもないだろう。

 その飛行場の中を、一人駆けるエライアス。彼とすれ違う整備士やパイロットたちが全て深く礼をする。それに軽く答えつつ、自分の愛機の場所へとたどり着いた。

 その戦闘機は、周りにあるどの飛行機とも違うものだった。

 その名は王者専用戦闘機「シームルグ」。


 レバイア王国は、現在は小国だ。そのため、兵器の大半を諸外国から輸入している。現在の主力戦闘機も、エミトリア王国から輸入した戦闘機パッションフレイムだ。

 しかし、このシームルグは違う。

この国では伝統的に、王家の人間は皆、飛行技術を持つことを義務付けられている。特に男と王妃は、空中戦の技術をも身に着けなければならない。それが空の大国レバイアを治める王家の定めだ。

 そしてその中でも、国王と王妃、そして王位第一継承者のみが乗ることを許される機体がある。それが戦闘機シームルグだ。

王の扱うものは、スプーン一本まですべて自国産とするという建国者の意向に従い、伝統的にこの「王者専用戦闘機」は、すべて自国の部品で作られている。その何よりの特徴は、予備機を含めても十機もいらないことから、量産をまったく考えなくてよいことだ。

 そのため、まだ大量生産にまでこぎつけられていない最新技術の多くを、惜しげもなく投入できる。また整備が難しい部品であっても、この機体の整備士は国中から集められたトップレベルの整備士のみだから、問題は無い。

 これらのことから、代々のレバイア王者専用戦闘機は、その時代時代で世界最強の名をほしいままにしている。その燃料は不死鳥の血から精製され、主翼はその羽根を編んで作られた。世界の飛行機乗りたちの間で、まことしやかにそう囁かれるほどに、シームルグは何よりも速く、鋭く、優雅に飛ぶ。

 「シームルグ」とは、創世神話において英雄を導く鳥の名。まさに、王者の翼にふさわしい名といえよう。この名は、代々の王者専用戦闘機に受け継がれている。


 エライアスは、自分の愛機に乗り込む前に、そっとその機体を撫でた。

 「今日も頼むぞ、私の相棒。」

 縁に沿って、金色で美しい文様が施されている主翼。レバイア王家の紋章が描かれた垂直尾翼。そして、機体上面には翼を広げた巨大な鳥「シームルグ」の絵。

 およそ戦闘機とは思えない、美しい機体だ。

 しかし、その主翼付け根に開いた機銃の発射口、そして機体後部の大きなエンジン噴射口―世界でまだこの機体しか搭載していない、最新式のエンジン―は、これが戦うための翼なのだということを示している。

 そして、エライアスがコクピットへと入ろうとした時、

 「こんにちは、王子。今日は調子はいかがですか?」

 後ろから、声が掛かった。

 振り返ると、そこにいた騎士は、流麗なしぐさで騎士の礼をする。

 「ラークか。上々だぞ、今日の私は。」

 ラーク・ローウェル。二十七歳。リグジェリア王国から武者修行に来ている、ウォルターの弟子。つまりは、エライアスの兄弟子だ。

 そのすらりとした体型、腰まで伸びた白銀の髪。そしてその優雅極まりないしぐさは、一見女性かと見まがう。しかし、そのとがったあごと切れ長の目は、男性であることを示している。

 そしてその麗しい外見だけでなく、彼の飛行技術も、超絶の一言に尽きる。

 純粋に操縦士としての腕でみれば、現在、現役の騎士の中では、彼にかなうものは世界中探してもいないのではないか。そう、皆が言っているほどの腕である。師匠のウォルターでさえも、編隊指揮の技術こそラークに教える立場だが、一対一の空戦では互角に戦うのがやっとだ。

 そして、彼は毎日のようにエライアスとともに訓練飛行で飛んでいる。エライアスとしては、いつか何としても越えたい存在だ。

 「今日も、しっかり飛びましょう、王子。」

 「分かっているさ。今日こそお前に勝つからな。」

 「望むところです。」

 そう話しているうちに、ウォルターがやってきた。

 「天候には問題ないな?」

 「はい、飛行可能です」

 弟子二人は、さっと背筋を伸ばし答えた。ウォルターは頷き、

 「よし、二人とも離陸準備だ。」

 きびきびと、ふたりに命令する。弟子のうちの一人は王子なのだが、訓練の際はあくまで師匠と弟子だ。

 「はい、師匠!」

 すばやく敬礼し、エライアスとラークは愛機へと乗り込んだ。程なく三機のエンジンが眠りから覚め、

機種ごとにそれぞれわずかずつ異なる響きを奏で始める。

 「ウォルターより各機、報告せよ」

 各人の飛行準備が整ったのを見計らい、ウォルターは告げる。

 「エライアス、準備よし! 感明良好!」

 「ラーク、問題ありません」

 師匠の言葉に返される二人の弟子の声。エライアスの無邪気さもある声と、ラークの落ち着き払った声は対照的だ。

 「こちらも異常なし……地上管制、こちらウォルター及び訓練隊、滑走路へのタキシング許可を求む。気象通報はBを確認済み」

 「ウォルター隊、滑走路25への移動を許可する。誘導路Aを経由せよ」

 「ウォルター隊了解、滑走路25、Aを経由……行くぞ」

 師匠の機体が動き出す。その後に続き、エライアスはスロットルを少し開いた。

 愛機シームルグが軽く身震いし、前へと進み出る。

 ブレーキを踏み、効きをチェック。よし。

 「さあ、行こう。空へ」

 エライアスはつぶやき、高鳴る心を押さえながら誘導路を進む。飛行は騎士としてのたしなみ、そして生きる術。だがそれを超えて、エライアスは空が好きだ。多くの騎士たちも、きっとそう言うだろう。

 誘導路の端に到達。エンジンをふかし、全力試運転。シームルグがその身を震わせ、大きく咆哮。その雄たけびは、まさに今から羽ばたかんとする力強き鳥のもの。

 エライアスと同じく、その愛機も空を待ちわびているかのよう。飛行機にとっては、空こそが我が家なのかもしれない。空気を切り裂く旋回も、翻るような横転も、こうして地に足を付けていてはできない。地上では頼りなさげに揺れている両の翼も、空ではどっしりと空をつかんで機体を支えるのだ。

 「管制塔、こちらウォルター隊、現在地、滑走路25。離陸許可を求む」

 「了解、滑走路25より離陸よし。不死鳥の加護を!」

 伝統的な王国の騎士たちの合言葉に、エライアスはにこりとする。

 「了解、ウォルター隊、離陸する。不死鳥の加護を!」

 師匠の声とともに、彼の機体が滑走路に進み出、そして轟然と走り出す。

 ――さあ、行こう。

 ウォルターに続き滑走路へ、そしてエンジン全開。

 跳ねるように加速する愛機。右手を少し引いたなら、ふっと車輪が転がる振動が消える。

 機体は滑走路の端、屋内飛行場の「門」をくぐった。その先に見えるは、透き通る青の世界。

 騎士たちの生きる場所、空だ。

 ――私たちの世界へ!

 彼の気持ちを表すかのように、鋭く空へと昇っていくシームルグ。その後ろを、ラークの機体が穏やかなカーブを描いてついていく。


 「ええい、何で振り切れないんだ!」

 数時間後。エライアスは額に汗を浮かべながら、操縦桿を引いていた。

 「旋回が安定していません。そんな機動ではシームルグの高性能も宝の持ち腐れですよ。」

 無線から聞こえるのはラークの声。そして、シームルグの後ろにじりじりと迫ってくるのは、彼の機体―リグジェリアの戦闘機スカイチーターだ。特徴的な薄い機体と大きなV字尾翼が、少しずつ大きくなってくる。

 現在、訓練の最終科目、ラークとエライアスの模擬空中戦が行われている。

 エライアスは歯をかみ締め、更に強く操縦桿を引く。激しい遠心力が体に圧し掛かるが、必死に耐える。

 だが…そんな彼の努力をあざ笑うかのように、ラークの機体はまるでシームルグとロープでつながっているかのように後ろから離れない。

 なぜだ?エライアスは悔しかった。

 速度も機動性も、こちらの機体のほうがはるかに高いというのに…なぜ振り切れない?

 「チェックメイト、です。」

 静かなラークの声が聞こえた。直後、

 ガン!ガガン!

 大きな音。ラーク機の放った訓練弾が、まとまって機体に命中していた。

 勝負あり、だ。旋回を止め、水平飛行に戻る。

 「エライアス陛下は、戦死しました。」

 汗をぬぐうエライアスの横に、ラークが並んだ。なお彼の機体は、これほどの凄腕にしては珍しく、何のエムブレムも描かれていない。

 「これでレバイア王国は滅亡です。もっとしっかり頼みますよ。」

 「わかっている!」

 無線に、一言叫び返す。だが、いくら腹を立てたところで仕様が無い。自分が弱いのが、すべての原因なのだから…

 「よし、今日の訓練は終わりだ。」

 上空で戦いを見ていたウォルターが、そう宣言した。

 「エライアス、お前はまだシームルグの性能に頼りすぎだ。もっと、戦い方を考えろ。」

 「はい…」

 師匠の訓示に、小声で返す。なお、これでも彼はそこらの騎士相手なら余裕で勝てるほどの力を持っているのだが…ラーク相手では彼の力はまったく通用しない。

 「ラークは特に今の戦いは言うことなしだな…よし、編隊を組め。着陸態勢に入る。」

 「はっ!」

 「管制塔、こちらウォルター隊。気象通報Fを確認、着陸のため進入する」

 三機の戦闘機は、王城へ向けて降下旋回に入った。すでに、日は大きく傾いていた。


 彼らが屋内飛行場の滑走路に降り立ったとき、飛行場は騒然としていた。

 国王が、飛行場に現れたのだ。

 緊張の面持ちで、直立不動の姿勢をとる操縦士や整備士たち。しかし国王が手を振って「休め」の指示を出すと、みなそれぞれの持ち場に戻った。

 この男…現国王アストリアをはじめ、王妃リンム、長女アイリーン、長男エライアス、そして更にまだ飛行訓練を始めたばかりの歳の次男と次女、まだ赤ん坊の三男…それが、このレバイア王家の全員だ。

 「出迎えありがとうございます、父上。」

 「お目にかかれて光栄です、陛下。」

 エプロンに入り、エンジンを切ったウォルター、ラーク、そしてエライアスの三人は、すばやく機体から降りると深く礼をした。

 「エライアス、元気そうだな。どうだ、今日もラークにはしごかれたか。」

 そうエライアスの頭に手を置きながら言うアストリア王。その笑顔は優しい父のものだ。

 「はい。今日もしっかりと負けました。」

 「予もお前くらいのときは、散々熟練の騎士にしてやられたよ。だがその経験がお前を強くする。忘れるな。」

 「はい!」

 元気に答えるエライアス。

 と、

 「ラーク、お前は国に帰らずともよいのか?エミトリアとリグジェリアの戦争は、日に日に激しさを増していると聞く。」

 アストリア王は次に、ラークにそう話しかけた。現在のレバイアは永世中立国であり、大国同士が戦争をしている間にもこうして平和を保っている。ラークはすばやく膝をつき、

 「お心がけ感謝します。しかし、私はもう少し、ここで自分を磨いてから帰ります。」

 答えた。

 「そうか…それはよかった。お前は予の大事な友人だ、またいろいろと相談させてくれ。」

 ラークは、アストリア王にはとても信頼されている。彼の頭脳の明晰さは空中戦だけにとどまらず、多くの政治問題にも精通しており、また完全に無欲なその態度から、よく王の相談を聞いている。

 「はい。いつでも伺います。」

 「ありがとう。ところで、最近エミトリアでは新しい天空騎士団が発足したとか。第四十九天空騎士団「シバリー・ウイングス」という名で、団長はあの伝説の騎士クーアフルストらしい。」

 「ほう、あの天空聖騎士が。」

「そのほかの騎士は若手ばかりだが、期待できる人材が揃っているとのことだ。将来、お前の前に立ちはだかるかもな。」

 「そうなのですか。空で彼らに会うのが楽しみですね。」

 そう仲良く話す二人。それを、エライアスとウォルターは口元をほころばせながら眺めていた。


 その夜…ラークは国王に、王の部屋に呼び出された。

 その理由は、いつもどおりの国に関する相談だった。

 「ラーク。ところで、今日も城下町で小規模な反乱が起きたらしい。」

 「そうですか…」

 二人は豪奢なテーブルを挟んで、向かい合う。窓の外からは、月が真っ白な光を投げかけている。

 「それで、どのように対処を?」

 「警備隊を出動させて制圧したよ。だが使った武器は麻酔銃だ。死者は一人も出ていない…はずだ。」

 アストリア王は、やや暗い顔でそう言う。

 「陛下…」

 ラークも少しくらい顔で、そっと進言した。

 「申し上げておりますとおり、最近の国税はあまりに国民の負担です。この一週間で、栄養失調で倒れた国民の数は数知れずとのこと。もちろん、この小国が対外的に守りを固めるためには多くの資金が要ることは承知の上なのですが…」

 「承知しているのだろう、お前も。」

 王はそう、ラークに言った。 

 「確かに、お前の言うとおり税が高いかもしれない。対外的に王家の権力を示すために城に多くの高級品をそろえすぎなのかもしれない。だが、今のレバイアはどの国とも同盟を結ばない中立国だ。ほかの国、特にリグジェリアはわが国に攻め込む好機を今か今かと狙っておる。そんな状況でも、予にはこの国を守る義務があるのだ。」

 険しい顔で、そうまくし立てる国王。ラークはただ、

 「理解…しています…。」

 そう、言うしかなかった。その目には、少しだけ迷いの色もあったが、欧はそれには気づかなかった。

 「ありがとう。国際情勢がもう少し平和になれば、すぐにでも国民の負担を下げる索を考えるつもりだ。そのときのためにも、予を支えてくれ。」

 そう言って、ラークの手をとるアストリア王。ラークは黙って、目を伏せるのみだった。


 そんなやり取りが、王城最上階で行われているとも知らず。

 エライアスはその頃、弟たちと無邪気に戯れていた。

 「兄上、今日の飛行はどうでしたか?」

 「兄上、今日はどんな訓練をしたのですか?」

 次々と話をせがんでくる弟と妹。彼らは飛行訓練を始めたばかりなだけに、飛行に関する興味は山々らしい。

 「ああ、今日は低空飛行訓練が主だったな。ライーク側に沿って、山の間を縫うように飛ぶのだ。すさまじい迫力だぞ。」

 「うわあ、兄上すごいや。僕もシームルグに乗ってみたいなあ。」

 「残念だが、あれに乗れるのは私と両親だけだ。知っているだろう。」

 「知っているけれど、ねえ。」

 「ねえ。」

 そんな楽しそうな兄弟の様子を、ソファーで編み物をしながら笑顔で見守るアイリーン王女とリンム王妃、そしてその横のゆりかごですやすやと眠るまだ赤ん坊の三男。

 その風景は、家族の団欒そのものだった。

  

 座学に飛行訓練に、大変な日々だけど。

 こうして、楽しい時間が常にある毎日。

 この、家族みんなの幸せな生活は、いつまでも続く。

 そう、エライアスは信じていた。


気象通報:無線にて自動で再生される気象情報。通常は1時間ごとに更新され、AからZの符合がバージョンごとに割り当てられる。

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