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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
2章 負けられない戦い
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2章-4

 女王就任式及び白百合の進水式の会場のど真ん中、白百合の客室にて日向はぼうっとテレビを眺めていた。与えられた部屋には簡素なベッドと机、艦内の通信設備を兼ねたテレビモニタが置かれているだけだった。

 現在、艦内には日向の他は誰もいない。それを良いことに日向は重いカバンを放り出し、息苦しいスーツを脱ぎ捨てる。窓一つ無い室内に外の喧噪は聞こえなかった。

 テレビでは就任式の様子が映し出されていた。試しに他のチャンネルに切り替えてみても、結局同じ会場が映し出されるだけだった。最終的にはアナウンサーが可愛い民放局に落ち着いた。

 四角い画面の中に映し出された宇宙港の広場では、特設の舞台を囲むように同盟国の王や首脳がずらりと並ぶ。更に下座には関連会社の社長や役員が座っている。その中に日向は勤めるFN重工業の社長の姿を見つけた。諸悪の根源、日向に残業地獄を課す大魔王の姿を日向は恨めしそうに睨み付けた。

 舞台中央は沢山の花で飾られた前女王の遺影が飾られている。

 周囲を囲む警備の数はいつもより多い。先の暗殺事件の後、一段と厳しくなっていた。警備の中にはこの後の進水式に出るはずの白百合の乗組員の姿も見て取れる。

 そして時間となり、けたたましいファンファーレとともに新女王の就任式が始まった。

「これより、新女王の就任式を執り行います」

 大臣が短く開会の言葉を述べた。

 新女王が壇上に上るとともに拍手が送られる。女王の身上を哀れみ泣きくずれるものもいた。

 年の頃はまだ十歳。背筋を伸ばし母親譲りの長い黒髪を揺らしながら歩む様は、僅かながら貫禄のようなものが伺える。しかし、それ以上に幼子にスーツを着せたような七五三でよく見かけるミスマッチさが際立っていた。

 本来であれば前女王から授かるはずだった王位の象徴たる冠と杖を大臣から受け取った後、女王は前女王の遺影に向かって宣言した。

「お母様、本日、私はお母様の後を継ぎ、女王となりました。お母様が背負ってきたものは、あまりにも大きく、小さな私の身には遠く及ばないかもしれません。それでも、お母様の意志を継ぎ、国民と平和のために政治を行い、葦牙国のために全力を尽くすことを誓います。遠く離れたそちらでどうか見守っていてください」

 一国の女王としてはあまりに拙く、しかし十歳としては聡い言葉が会場に響く。涙を流し、声はうわずり、それでも泣きくずれることなく全てを言い終えた。跪き黙祷を捧げる。会場中の誰もが、否、国中の誰もが自然と黙祷に続いた。

 黙祷を終え、涙を袖で乱暴に拭い取った女王が振り返る。

「私はまだ何の力も無く、何も知らないただの子供です。至らないところも多くあるでしょう。しかし、全力で国民のために働きますので、皆様、どうかお力をお貸してください」

 一国の主が深く頭を下げた。会場は拍手で答えた。


 引き続いて白百合の進水式が執り行われた。

 壇上ではゆかりを先頭に白百合の乗組員全員が並ぶ。数にして十七名。日向がまだ見たことのない人も多い。年齢も空や翠に比べ更に若い者達の方が多い。明らかに二十代を越えているとわかる人は艦長を除けば背の高い女性が一人。

 日向は艦の性能の他に経験の面でも不安を抱いた。

 一通りの儀式の後、艦長に続くように全員が船に乗り込む。

 お決まりの口上の後に続き、支綱が銀の斧で切断されると、解き放たれた白百合はゆっくりと浮上した。

 ふと日向は自分がその白百合の中にいることを思い出す。慣性制御によって浮遊感等は無く、今までそこにいることすら忘れていたほどだ。

 テレビのアナウンサーは、新しい時代の流れだの若い力だのと映える言葉ばかりを声高に叫んでいた。悲劇の中心で健気に立ち上がる新女王。それを支える若い女性ばかりの部隊。さらには技術の粋を尽くした新型艦と三拍子が揃い、否が応でも国民の気運は高まっていた。また、無理矢理にでも高めないといけないほどに世界は緊迫した情勢に突入していた。


 一息ついたころを見計らって日向がブリッジに戻ると、各々は背中を見るだけでわかるほどに真剣に作業を行っていた。自動ドアの作動音は非常に小さく、誰一人として日向に気付いた様子はない。

「お疲れ様」

 声を掛けると全ての背中が一斉に振り返った。何か場違いなものを見てしまったような困惑を顔に浮かべている。

 一瞬の目配らせの後、空が駆け寄りブリッジの端に引き寄せる。そこにはやってきた時に使ったっきり起きっぱなしになっていた木箱があった。翠も僅かに遅れて駆け寄り既に蓋を持ち上げている。

「しばらくこの中に隠れていてください」

 一切の拒否権はなく、地図を表示する時に使ったものと同じ携帯端末だけ渡されて日向は木箱の中に押し込められる。蓋を閉められた木箱の上には大量の本が積み重ねられた。両手で押し上げてみたが全く開く気配はない。是が非でも出したくない状況なのだと日向は理解した。

『すいません。男の人が乗っていることがマスコミにばれると不味いのでしばらく隠れていてください(瑠璃川 空)』

 日向は端末に表示された文字を見つめる。黒地に浮かび上がる白い文字に少し親近感を抱いた。せめてもう少しまともな隠し方があっただろうと日向は思ったが、端末はロックがかけられており反論する手段さえ残されていなかった。

「艦長! 通信入りました」

「繋いでください。報道機関への中継もお願いします」

 かすかに外の声が漏れ聞こえる。

「こちらはゴフェル国所属艦キャリバー」

 端末の画面には通信相手から送られてきているであろう映像が映し出されていた。長いブロンドの髪に青い瞳、典型的な西欧系の二十代女性だった。戦闘艦の乗組員という職業とは裏腹に柔らかな笑顔は優しさにあふれ、見る者を落ち着かせる暖かさがあった。

「まずは新女王のご就任、新型艦の完成おめでとうございます」

「ありがとうございます。ですがそれよりもキャリバーの艦長は男性だったと記憶しています。いつから艦長が変わられたのでしょうか。それともそちらの艦長が出てこないことには、何か深刻な理由がお有りなのですか」

 ゆかりが冷徹な声音で問いただす。

「いえ、同じ女性として、お話してみたかったので、今回に限定し、無理を言って代わって頂きました。それともこんな若い私では艦長の代理は勤まらないと言いたいのでしょうか?」

 その発言は白百合側へと投げかけられた問いでもあった。

「それは問題ありません。能力さえあれば年の差も性別も関係ありません」

「ではよろしいですね」

 静かに繰り広げられた女同士の舌戦は相手が一枚上手だった。

 ゆかりは渋々頷く。

「では本題に入ります。これから当艦は貴艦に戦闘を申し込みます。もちろん受けて頂けますよね」

「えぇもちろんです。ただこちらはまだ出航直後で準備が整っておりません。一時間ほどお待ちしてもらってもよろしいですか」

「はい、では一時間後、葦牙国標準時十三時を戦闘開始としましょう」

 通信が切断される。

 奇しくも女性対女性の構図になった。

 端末が遠隔操作操作され、テレビ画面が表示された。先ほどの会場は再び沸き上がっていた。新型艦の性能を早速見られる。まして女性だけの艦に立ち向かう相手も女性だというなら盛り上がらないはずはなかった。


 ブリッジでは早速作戦会議が始まっていた。

 流石にもう出ても良いだろうと、日向は蓋を力一杯押してみるがやはりぴくりとも動かない。積み重ねられた本の量はかなりのものだった。どちらかと言うと紙媒体の本は日向も好きだったが、このときばかりは電子化の必要性を訴えたい気分だった。

 まさかこのまま一時間、ひょっとすると戦闘が終わるまでこのままなのだろうか。

 もしこの艦が戦闘で落とされるようなことがあればこのまま箱の中で一生を終えることになるかもしれない。

 不安になり木箱を内側から叩き、声を上げる。

「おーい、そろそろ出してくれ」

「ごめんなさい、忘れてました」

 空の声が響く。日向はやっとのこと箱の外へと解放された。


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