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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
2章 負けられない戦い
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2章-3

「こっちのブリッジは普段シミュレーションルームになっているんですよ」

 空は少し戸惑うようにブリッジの扉を開けた。そこにいた二人の先客を見た彼女はわずかに顔をしかめる。

 シミュレーションルームの中は向こうのブリッジと何一つ変わらない景色が並んでいる。中央の艦長席、前方に並ぶ椅子の数、大きなモニタまで同じだ。しいて違いを挙げるならば向こうで机の上に並んでいた写真や小物がなく、代わりに難しそうな専門書やマニュアルがうず高く積まれていた。

「このシチュエーションは、速度を落として手数を増やした方が、相手に与える熱量は大きくないか?」

「確かにそうかもしれないけど、こっちも良い的になっちゃうからリスクが大きすぎるよ」

 右の二席では本とモニタを交互に見比べながら話す二人がいる。翠と春子だ。二人ともまだ日向達に気付いた様子はない。

 日向が案内をしてくれた空を気遣い、『戻ろうか』と言いかけた時、顔を上げた翠が声を上げた。

「南さん!」

 立ち上がり手招きをしている。これでは引き返すわけにもいかず、日向は仕方なく二人の元に足を進める。二人の元に近寄ると女性特有の香水の香りが鼻を掠め、日向は少し違和感を覚えた。

「おう、頑張ってるな」

「国民の期待を背負ってる身だから負けられませんし、少しでも勝率を上げるために必死なんですよ」

 翠は意欲に燃えた瞳を日向に向けてくる。どちらかと言うと仕事が嫌いな日向には眩しすぎる視線だった。しかし、視線も言葉も空の方へは一切移さない。隣に座る春子は怯えるような目で、日向を観察している。人見知りが激しいようだ。

「ちょっと動かしてるところ見せてもらってもいい?」

 日向は純粋な興味から聞いてみる。

「それなら実際にシュミレーションをやってみます?」

「あ、それ良いな。ちょうど煮詰まってたところだし」

 空の提案に、意外にも翠は同意する。しかし日向は空の口元が少し笑っているのが怖かった。明らかに何か企んでいる。

「じゃぁ簡単に説明しますと、宇宙空間の戦闘の肝は相手艦への熱攻撃にあります。艦内温度の上昇によってプロセッサの冷却性能が低下し……」

「いやそんな細かい説明いいから」

 冷たく言い放つ翠を空は睨み付ける。

「ゲーム買っても説明書とか見ないだろ、適当にやりゃあなんとかなるよ」

「僕は見るよ、世界観の説明とか好きだから」

「あたしも見ますね、知らないコマンドとかあったら嫌ですし」

「俺も見るなぁ。飲み込みが悪いから」

 本当は全く読まない日向だったが、あえて賛同した。

「読んでないの私だけかよ。意外に読んでるものなんだな」

「俺、ゲームとか結構苦手な方だから、申し訳ないんだけど簡単に説明して貰ってもいいかな?」

 日向は顔の前で手を合わせお願いする。

「しょうがないですね。えっと簡単に説明しますと、艦の武装は三種類あって……」

 翠は丁寧な口調に戻し、指を三本立ててみせた。

「レーザーが相手の動きを鈍らせるための武装で威力はありません。光なので弾速は早く、狙いさえあっていれば大抵当たります」

 日向が頷くと指を一本折り曲げた。

「次に、レールガンは遅くて威力のある武装。レーザーと異なり、弾速は遅いので単純に撃っただけだとまず当たらりません。その代わり殆どの状況において一撃必殺だと思っておいて下さい」

「最後は宇宙魚雷。いわゆるミサイルとか爆薬の類です。レールガンよりも更に遅いので高速化した宇宙戦闘ではまず使うことがありません」

「せいぜい相手の行動範囲を制限するためにばらまく位だよね。値段も高いから使うような時はまずないよ」

 春子が小さな声で補足した。

「レーザーで動きを鈍らせて必殺技のレールガンで仕留めるのが、基本的な戦術になります。こんなところもんかな」

「翠ちゃん、速度の影響とかは?」

「やってみればわかるだろ。何か質問あります?」

「正直なところ全くよくわからないけど、とにかくやってみるよ」

「じゃぁ瑠璃川、システムを一人用の簡易モードに設定してくれ、艦はオーソドックスな奴が良いな」

 空は無言のまま席につくと設定を始めた。

「こっちは私と春子で、艦はもちろん現在の白百合な」

「設定できました。南さんはあちらの席へ」


 空は二人から一番離れる反対側の席に日向を座らせた。

「敵の最新艦にしておきましたから、艦の性能から言うとかなり余裕だと思います。あんな人、こてんぱんにしてやってくださいね」

 日向に操作を教えながら、翠達に聞こえないような小声で言う。

「初心者だから難しいけど、頑張ってみるよ」


 画面に映し出された艦は深い赤色の船体には多くの武装が搭載されていた。前方に搭載された大口径のレールガンに加え、その上の一門、左右に一門ずつ、更に後方に二門レーザー砲門が輝いている。

「レールガンは最後まで使わず、とにかく回避に専念してください。相手は前面にしか武装がありません。前にさえ出なければ絶対に大丈夫です。こちらは各方向にレーザーがついているので、どこからでも狙えます」

 日向の操る赤の艦に向かい合う白百合は、宇宙港で見た通り純白の機体を黒い宇宙空間に鮮やかに浮かべている。。大きさはこちらの三分の二ほどしかない。

 画面上では開始までのカウントが減っていく。最後に0となり開始の合図が出されると同時、画面が真っ白に染まる。

「あ、ずるい! こっちが動き出す前に攻撃するとか卑怯ですよ」

「何いってんだよ。もう始まってるんだから問題ないだろ。レーザーなだけありがたいと思え」

「翠ちゃん、やっぱり僕も卑怯だと思う」

「いいんだよ! 最新艦のデータ引っ張り出してくる奴こそ卑怯だろ」

 三人が言い争っている間に、日向は教えられた通りに艦を操り左前方に向けると、右のレーザーの照準を慎重に白百合に合わせるとトリガを引いた。レーザーの砲門が左右や後方にまであるため、見なければいけない情報は多いようだったが、操作自体はそれほど難しく無い。

「話してる間に攻撃されたよ」

「卑怯だぞ」

「卑怯なのはどっちですか。南さん、ナイスです」

 三人の甲高い声がやかましく響いた。

 翠はすぐ様、唯一攻撃可能な艦首を向けるが、日向は冷静に速度を上げ、相手の攻撃可能範囲から逃れる。

「意外に余裕だな」

 呟きながら二射目が命中。日向は僅かな不安を抱きながら手応えを感じていた。白百合の回頭性能が日向の艦の速度に追いついていない。

 日向は更に三射目も当てようとトリガを握りこんだが、レーザーは発射されなかった。モニタにはエネルギー切れの警告が映し出されていた。日向が視界の隅に映るゲージを確認すると、確かにエネルギーは半分も溜まっていない。

「速度落として下さい。高速では速度維持にエネルギーを消費しすぎて、武装にエネルギーが供給できないんです」

 言われるがままに速度を落とすにつれチャージ量も指数関数的に一気に増大し、直ぐエネルギーゲージが右端に到達した。

 日向がこのまま一気に攻め立てよう、と思った矢先。

「今度は落としすぎです。速度あげてください」

 空が警告した。同時に日向は横から打ち抜かれ、また画面が白に染まる。

「攻めるときと逃げるときで速度をうまく使い分けてください。慣性制御に使われるエネルギーは一定なので、速度の変更自体に、エネルギーは消費されません」

 再度速度を上げ、日向は再び白百合の前方より抜け出す。今度は速度を上げすぎず、後方の砲門で冷静に打ち抜いた。白百合は艦首を再び向ける。しかし日向はギリギリの速度で逃げつつ、右の攻撃可能範囲に白百合が入るよう向きを変えた。コツを掴んだ日向は、勝ちを確信した。トリガを握ると、閃光が相手を包み込む。

 こちらの視界を覆っていたレーザーの反射光が静まり、再び表れた船体は何故かこちらを向いていた。

 先ほどまでの動きと比べるとあり得ない回頭性能だ。何が起きたのかわからず日向が呆けていると、白百合の中心を貫くように伸びる二本のレールの間から金属弾体が撃ち出された。

「避けて下さい!」

 瑠璃川が叫びながら手を伸ばすが、日向はとっさのことで反応出来ない。遅い金属弾体は音速よりも遙かに早い速度で到達し、赤い装甲を爆散させた。

「リミッター解除するとか狡いですよ、後ちょっとだったのに」

「何が狡い? 機体の性能の範囲内だろ。そっちこそ最新艦使うとかせこいだろ」

「それこそ狡くないでしょう。最新艦に戦いを挑まれたらしっぽを巻いて逃げるって言うんですか?」

 二人はまた言い争いだした。傍から見れば子どもがじゃれ合っているように見えなくもない。喧嘩するほど仲が良いと言うし、案外この二人はきっかけさえあれば仲良くなれるのかもしれない。

「ごめんなさい」

 春子は震える声で頭を下げる。

「勝ち負けは特に気にしていないよ。それよりも現状の戦力差ってこんなものなのか?」

「はい」

 目を伏せて短く答える。

 詰まるところ、素人相手に良い勝負なのだ。最後に見せた裏技を使わないことには負けていたかもしれない。直面した重い現実に足下がふらついたが、睡眠不足のせいだと自分に言い聞かせた。

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