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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
2章 負けられない戦い
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2章-2

 日向は連れて行かれた部屋に自分の荷物を置いた。

「まぁ案内って言ってもブリッジと自室以外行くようなところも無いんですけどね。あと関係のあるところと言えばブリッジの裏の電算室くらいですか? と言っても全てブリッジの端末から操作できるので入るようなことは無いと思います。不用意に入ると危ないので気をつけてくださいね」

「あぁ流石にその辺は心得てますよ、同じ物がうちの会社の実験室にもありますから」

「あ、敬語使わなくても大丈夫ですよ。ここの人達、艦長以外は気にしませんから」

「そう、敬語じゃない方が俺も助かるよ」

 社内で開発を手がける日向が客先に出る機会はあまり多くない。数少ない機会も、それなりに気心の知れた相手ばかりだった。それ故に、それなりにベテランとなっていた日向だったが、敬語は苦手としていた。

「うちの艦長細かいことにうるさいんですよ。敬語がどうとか書類の誤字がどうとか」

「わかった。怒らせないように気をつけるよ」

 とはいえ社会人としては当たり前のことばかりだ。それを言っている本人が一番抜けていると言うのが日向には少しおかしかった。

「それにしてもさっきの玉置さん凄かったね」

 いくら嫌いな相手とはいえ、仕事上であそこまで言う人は珍しかった。

「彼女いつもあんな風に突っかかってくるんですよ。私のこれがどうしても気に入らないみたいで」

 そう言うと彼女は左の袖をめくり手首を見せる。そこには一見ブレスレットにも見えるプラスチック製の白い輪が巻き付いていた。空が手のひらを返すと、そこには九つの発光ダイオードと受光素子が規則正しく並んでいる。

「R-I/Fだっけ? キーが早く入力できるっていう」

「はい、彼女これが気にくわないらしくて。まぁ私は別にいいんですけどね。嫌われても自分のするべきことをするだけですから」

 R-I/Fは二十年ほど前に新世代の入力装置という触れ込みで販売された。神経と電気回路を結びつけ、発光ダイオードと受光素子を操作することでコンピュータとの通信が行える。

 キーボードを打つと言う物理的動作を必要としないため、通常より素早く入力を行うことができた。しかしその反面、指の神経を通過する信号は減衰するため、手先の感覚が鈍り、指を動かすことも容易ではなくなる。また装着には外科手術を伴うため、安全面や倫理面から賛否両論の意見が交わされていた。

「いっそ外してしまえば普通に生活出来るのに、なんて思うときもあるんです。でもこれのおかげでこの艦に乗れているのも否定できないから、彼女のいうこともわからなくは無いんですが……」

 空は白い輪を指先で撫でながら、壊れそうなほど強気な笑顔を見せた。

「……」

 日向は言うべき言葉を悩み、黙り込んでしまった。

「でも南さんは全然嫌な顔しないんですね。大抵の人はこれを見せると結構微妙な顔するんですよ。今まで普通にしてくれたのは艦長と南さんくらいです」

 彼女は綻んだ顔をこちらに向けた。

「まぁこんな職業に就いていると、R-I/Fをつけている人は同僚にも結構いるからね。それにR-I/Fに限らず才能でもなんでも何かを持っている人は、持ってるなりの悩みや不便もあるわけだしさ」

「南さんってなんかお兄ちゃんみたいですよね」

 空は少し弾んだ声で言った。

「あんまり大変だと誰かに相談しろよ。ここにいる間だけだけど俺も何でも聞くから」

「ありがとうございます。でもあたし昔から慣れっこなんで結構平気なんですよ」

一歩前に進みこちらを振り向くと笑顔で言った。

「私どうしても宇宙に行きたかったんです。科学が発展するにつれて世の中に知らないものって無くなって行くじゃないですか」

「そうだよなぁ。一昔前までよくわかっていなかった重力ですら今は自由に扱えるような時代だし」

「でしょう、でもあたしはもっと知らないものを見てみたいんです。知的好奇心っていうんですか? もっといろんな経験をして自分を高めていきたいなって」

 日向にもそんな時があった。小さい頃には宇宙に憧れてまだ見知らぬ土地、見知らぬ世界に行ってみたかった。日向が今の仕事に就いたのも、まだそんな気持ちがあったからかもしれない。

 この世界には知らないことはなくなろうとしていた。それでも人間はまだ太陽系の中にしか到達しておらず、他の星系には誰も遭遇したことのないような未知が存在するかもしれない。

「あるといいな、知らないもの」

「はい」


「そう言えば知ってますか? この艦って上下対称になっているんですよ」

 床に据え付けられた扉を引き上げながら空が言う。扉の取っ手は引っかけて転ばぬよう引き出し式となっていた。

 空の開け放った扉の先、下にはLED照明のつけられた天井が見える。見上げて見える天井と同じようにLEDが規則正しく並んでいる。

「いざと言う時のために殆どのものが二重系になってるんですよ。片方にトラブルがあっても向こう側のシステムを利用して運行出来るように」

「へぇ凄いなぁ」

 もちろん日向は二重であることを見越してプログラムを組んでるので知らないわけではなかったが、一応感心してみせる。

「向こう側に行ってみます?」

 空は秘密基地にでも誘うように悪戯っぽく微笑んだ。

「あぁお願いするよ」

「重力の設定が逆になっているので気をつけてください」

 何を気をつけたらいいのかわからない日向だったが心持ち慎重に扉の向こうに足から飛び込んだ。と同時に足が上方向に、しかし上半身は下方向に引きつけられる。つまりは足と頭を内側に引っ張られ、日向の体は床を挟んでコの字に曲げられた。

「南さんって意外と間抜けなんですね」

 空は赤い眼鏡の奥の瞳をつり上げおかしそうに笑った。


 日向はそのまま床の扉を這いずるようにくぐり抜け、今まで立っていた床の裏へと足をつけた。慣性制御の恩恵は天井に足をつけることすら可能にする。工事現場などでは足場を作らず、壁や天井を床にして作業をすることもあった。

 上下が逆さになったこと、更に目の前の景色に日向は少しの混乱とめまいを覚えた。床の扉をくぐって日向が降り立ったところは今まで見たことのない場所だった。

 規格サイズに沿って作られた白い壁とグレーの手すりが目の前に続いている。時折並ぶ自動ドアはセンサー式だ。天井に並ぶLED照明が明るく輝いている。使われているものは何一つ向こう側の艦内と変わりはない。

 しかし、上下対称なはずの艦内にも関わらず、前方にあった十字路が丁字路へと変わっている。

「実は業者が作り間違えたとか?」

 日向は通路だったはずの壁を軽く叩いて見せた。

「いえいえ、きちんと図面通りに作ってもらいましたよ」

「じゃあ、図面が間違ってた?」

「はずれです」

 空は悪戯っぽく微笑みながら腕を交差させた。

「実は壁がくるりと回って忍者が出てくるとか」

「だいぶ近くなりました」

 その場で両手を広げ回ってみせる日向に、空はおかしそうに笑う。しかし日向は冗談で言った自身の回答に困惑していた。忍者が近くなるとはどんな理由なんだろうか。

「余計わからなくなってきた。もう降参で」

「テロ対策でわざと通路を変えてあるんですよ。凄くややこしいので迷わないように気をつけてくださいね」

「なるほど。でも迷う人とか続出しそうだね」

「そんなときのために、みんな地図を持ち歩いてるんですよ。残念ながら機密なので、日向さんにはお貸しできませんけど」

 空はポケットから携帯端末を取り出し、地図を表示させてみせた。

「道を覚えるのは得意な方だから頑張るよ。そうだ、こっち側のブリッジに行ってみても良い?」

 どのくらい道が違うのか気になった日向は提案してみた。

 少しの間を置いて空の口が開く。

「はい、もちろん大丈夫ですよ」

「ありがとう」


「えっと確かこっちのブリッジに行く道は……」

 出来たばかりの艦なのだ。空はまだ道を覚えていないのだろう。液晶画面を穴が空くのではないかと言うほどに凝視している。

 日向は少し心配だったが何も言わずついて行くと、やがて見知った場所にでた。そこは目的のブリッジ……ではなく、先ほど日向が床にへばりつきながらコの字に折れ曲がったあの忌々しい扉の上だった。

「良かったら見ようか? 地図を見るのは得意な方だし」

「いえ、大丈夫です。ブリッジはすぐそこですから」

 流石に見かねた日向が主張する。道に迷っていることは明白だったが、空は頑なに譲ろうとはしなかった。日向自身もさして急ぐ理由もなかったので、彼女の後ろに黙って続くことにした。

 やっとの思いでブリッジに辿り着いたのは例の床を三回見た後だった。


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