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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
2章 負けられない戦い
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2章-1

 出張を告げられた日から数えて一週間後の月曜日、会社から地下鉄を二本乗り継いだ先にある宇宙港に日向はやってきていた。今日は客先に出ると言うこともあって、いつもの皺の寄ったスーツではなく、まだ真新しさの残る綺麗なスーツを着てきていた。Yシャツもいつもの洗濯してそのままのものではなくアイロンが当てられている。自分で当てるほどの暇はなかったため、仕事の合間にクリーニングに出していた。

 午前十一時の進水式まではまだ三時間もあると言うのに、宇宙港には人がごった返している。特別な許可証をつけたマスコミや関係者だけでなく、一般の人達も多くいる。誰もが新しい女王陛下の姿と新型艦を一目見ようと集まっているのだった。日向は今までにも仕事で何度か宇宙港を利用したことがあったが、ここまで人の多い宇宙港を見るのは初めてだった。

 惑星間の移動にかかる費用と時間は、数年前に比べて随分と手軽にになってはいたが、まだ気楽に移動できるほど安くはなかった。普段は仕事で利用するスーツ姿のビジネスマンがわずかにいるばかりだ。

 この一週間を振り返ると壮絶という言葉以外では表すことが出来ない。日向が家に帰れた日はなく、明け方まで残業、シャワーと三時間の仮眠を挟んで再び二十時間近い業務を繰り返す。もちろん土日も存在しなかった。

 今朝も最後の追い込みと称して、五時までバグと戦っていたほどだ。その後、パラスへの出張に行かなければならない日向は、同じように徹夜明けで目の下に隈を作る後輩に引き継ぎを行い、二時間ほどの仮眠を挟んでここにいる。

 少ない時間だったがやることはやった。しかし十分とは言えず、やり遂げた達成感よりろくに出来上がっていないことへの不安感の方が大きい。性能は当初の予定の半分もだせないだろうし、いつバグが出て止まるともわからない。日向はそんな戦闘艦に乗ろうと言うのだ。自殺行為とも言える自分の不幸を呪うとともに、上からの指示を断れないサラリーマンの業の深さを噛みしめていた。

 日向が宇宙港の分厚いガラス窓から外を眺めると、火星の赤い大地を背景に八隻の宇宙船が並んでいた。高さ五十メートルから百メートル、長さは大きな物で五百メートルにもなる。遠方見える小さな火星の街と対比するとカタログスペック以上に大きく見えてしまう。そのあまりのスケールの大きさは圧巻という言葉だけでは物足りない。その中の一つ、大きすぎる宇宙船の真ん中に慎ましやかに収まる一回り以上小さな艦が白百合だった。赤い大地に浮かぶその姿は名前の通り鮮やかな白さを放っていた。

 白百合へと繋がる五番ゲートはマスコミと野次馬で黒い人だかりが出来ている。憲法十七条いわゆる旧九条違反を訴える団体までいて、「憲法改正を行ったと言うのに実態は何も変わらない」と声高にその怒りをぶつけている。

 葦牙国の軍隊は便宜上、警備会社の体を成していた。

 日向はそちらへは向かわず、事前の打ち合わせ通り、人の少ない一番端のゲートへ向かった。十と書かれた看板の下のカウンターで手続きし、連絡通路を通って貨物船に乗り込んだ。

 中では真新しい作業服を着た女性が一人待っていた。

 セミロングの髪を後ろで素っ気なくまとめ、トヨフツ警備と書かれた作業帽をかぶっている。赤いセルフレームの眼鏡がよく似合っていた。顔立ちはまだ幼さが残るが、味気ない作業着ではなく私服が見てみたいと思わせるほどに魅力的だった。

 脇には大きな木箱がのった台車が置かれ、脇には蓋が立てかけられている。日向はその光景に何故か言い知れぬ不安感を抱いていた。今までの経験では、こういう嫌な予感ほど良く当たるのだ。

「トヨフツ警備の瑠璃川です。白百合ではオペレータとシステム管理を担当しています」

「FN重工業の南日向です」

 名刺を両手で受け取り、頂戴しますと定型句を交わした。手に取った名刺のロゴマークの横には『瑠璃川 空』と書かれている。

「では早速白百合にお連れするのですが……」

「はい、よろしくお願いします」

「……」

 空は少し申し訳なさそうにして口を開かない。

「どうかしましたか?」

「えっと……非常に申し訳ないのですが、この中に入っていただけますか」

 木箱を指し示す。木箱の中を覗くと案外綺麗だったが、所々ささくれ立っていた。日向は正直入りたくなかった。

「は、はい?」

「白百合は女性ばかりの艦と言うことになっているので、男性が乗り込むところを見られると不味いんです」

「なるほど、印象って物がありますよね」

 日向が同僚から聞いた話では、白百合の乗組員は若い女性ばかりで構成されているそうだ。白百合は新女王陛下直属の部隊となり、新しい力の象徴でもあった。ミーハーな国民を煽動するには十分過ぎる要素だろう。国民やマスコミが騒ぎ立てる中、そんな新型艦に男性が乗り込むわけにはいかなかった。男が乗っていることがばれようものならマスコミに何を言われるかわかったものではない。

 また会社としては仕事を受ける立場でもあった。艦には客人として招かれるとはいえ、立場的には日向の方が弱いのだ。つまり日向には断ることなど出来ようはずもなかった。

「わかりました。箱を押さえてください」

 箱の縁に手をかけスーツを引っかけないように細心の注意を払いながらも一気に飛び越えた。中は思ったよりも広かったが、転げばささくれだった木の壁にぶつかってしまうだろう。

 日向が恐る恐る身をかがめるとすぐに蓋が閉められた。


 容赦ない揺れに耐えること十分、日向の入った木の箱はようやく白百合のブリッジに運び込まれた。たかだか十分、数字で見ればなんということはない。しかし外からの光もなく刺激と言えば床のざらざらとした木の感触と台車の揺れのみの世界での十分を日向は酷く長い時間に感じていた。更に転ければまだ綺麗なスーツにささくれだった木の壁が襲いかかるというおまけ付きだった。

「もう大丈夫ですよ」

 日向は空の声に促され、両手で蓋を持ち上げる。

 まぶしい光に目を細め当たりを見回すと白百合のブリッジに見覚えがあった。日向は組み上げたソフトの試験で何度か白百合の試作機に乗ったことがあったのだ。白百合はその試作機をベースに組み上げられている。見覚えがあって当然だった。しかし壁には内装が貼られ、他の艦からの流用部品である備品などは新品に換えられている。

 中央に一際大きい艦長席。前面に大型モニタ。更にその下に個人用の小型モニタと座席が五つずつ並んでいる。よほど時間がなかったのだろう。そのうちの二つの椅子には未だにビニールが外されずに放置されている。

 机の上には早速、私物と思われる写真や小さな動物の置物が並べられている。一応は軍隊という割に細かいところは自由なようだった。

 そして、日向は三つの顔に囲まれていた。

「これあれじゃないか? 日曜の夜のアニメ」

 白い制服を着込んだ茶髪で長身の女性が呟いた。ポケットからタバコが覗いている。

「リンゴから出てくる奴だよね」

 黒い髪を肩まで伸ばした右の女性が返す。こちらは背が低い。

「お客様にそんなこと言うと失礼です」

 先ほどの作業服の女性が冷たい口調で言い放つ。しかしどこかのツボにはまったのか、必死に笑いをかみ殺していた。

 いい加減、肉体的にも精神的にも耐えられなくなった日向は持ち上げていた蓋を下ろし、木箱の横に立てかけた。同時に背後でドアが開き、入ってきた人物が訊ねた。

「こんなところで何を騒いでるんですか?」

「あ、艦長。こちらFN重工業の南さんです」

 艦長ということならば、何はともあれ挨拶をしないといけない。日向は台車から降りるため、木箱の縁に手をかけ、力を込めた。

 しかし、誰も不安定な台車を押さえてくれていなかったようだ。バランスを崩した日向は、木箱ごと転げ落ち堅い床に肩をぶつけた。

 床から見上げた艦長は、その役職からは想像出来ないほどに若い。どう見積もっても三十にすら届かない。腰まで伸びた長い髪は黒く、吸い込まれそうなほどに美しい。端正な顔立ちに浮かぶ引き締まった表情には、ボケたキャラクターを感じさせない貫禄がにじんでいた。

 その容姿に、しいて点数をつけるのであれば九千八百円。

 九日ぶりに見る絶世の美人だった。


「初めまして」

 極めて冷静に初対面を装った挨拶を交わしたが、想定外の出来事に日向の心臓は破裂しそうなほど高鳴った。二度目の偶然にますます安っぽい言葉が重みを増す。だとしても向こうにも立場と言うものがあるだろう。初対面を装う方が無難である。

「あ、はい。初めまして」

 ゆかりも意図を理解したのだろう。貫禄を感じさせる部下に向けた顔ともバーで見た明るい笑顔とも違うよそ行きの笑顔を向ける。

 使い込まれた名刺入れから名刺を取り出し、両手で差し出す。訓練された動作と言うのは便利なもので、日向の動きに僅かな淀みすら見られなかった。何年も前にみっちりと仕込まれた新人研修がこんな形で役に立つとは思っていなかった。

「あれ? この前頂きましたよ」

『そうだ、この人は天然だったのだ』

 日向は内心呟きつつも、気付けと必死に視線を送る。

 日向の思いは届かず、ゆかりは顔に疑問符を浮かべながら数秒考え込んだ。周りの面々も初対面の者達にはあり得ない会話に首をかしげている。やがて自らの過ちに気付いたゆかりは顔を真っ赤に染めた。

「あ、はい。頂戴します」

 慌てた様子で名刺を受け取る。

「白百合艦長の如月ゆかりです」

 ゆかりは自分の名刺を差し出した。

 続いて残りの二人と名刺を交わす。

「艦の操舵を担当している玉置です」

 背の高いほうの女性が名刺を差し出す。名前は翠と書いてみどりと読むらしい。

「木月春子です」

 木月は少し警戒するように震える手で名刺を差し出した。

「こいつは砲撃の担当です」

 言葉足らずの春子を翠がフォローする。

 ゆかり以外のメンバーはまだ若く、十代後半にしか見えなかった。 名刺の渡し方もどこかぎこちない。自分にもこんな時があったなと日向は少し懐かしくなった。

「ブリッジのメンバーはこれだけです。他にも整備班の方がいるのですが、紹介はまた、空いた時間に行いますね」

 ゆかりは少し思案しながらポケットから手帳を取り出し、確認する。

「十一時から新女王の就任式、その後進水式を行い、目的地の小惑星パラスに向かいます。それまでの間は申し訳ないのですが、部屋で待機してください。進水式の様子はどこかのテレビ局が中継しているはずなので、部屋で見られると思います」

「はい」

 今朝までの仕事のおかげであまり眠っていない日向は、ようやく休めると思うと心が弾んだ。

「では進水式まで時間がありますので、玉置さんは南さんの部屋と艦内の案内をしてもらってもいいですか?」

「艦長、すいませんが、春子と戦闘のシミュレーションをしたいので、瑠璃川にお願いして貰えますか? 瑠璃川なら特にやることもないでしょうし」

 言い方にかなり棘があった。空を見ると案の定顔をしかめている。

 詳しい事情がわからない日向でも一目でわかるほどに人間関係が悪いようだ。日向の経験上、仕事で一番問題が起きる原因は人間関係だった。人間関係の悪化は些細な問題でも軋轢を生む。

 ゆかりも困ったように口元を僅かに歪ませる。

「いつもそんなことばっかり言っていますが、やることがあるのは瑠璃川さんも一緒でしょう。良いからさっさと……」

「艦長、あたしでかまいません。艦のシステムのことで南さんにお聞きしたいこともたくさんありますし。それにシミュレーションが足りなかったと後で下手な言い訳されても困りますし」

 ゆかりが綺麗な顔に皺を寄せながら発した言葉を、空の険しい声が遮った。こちらも負けず劣らず棘がある。

「私がそんな言い訳す……」

「わかりました。もう好きにしてください。その代わりお客様の前ではもう絶対に喧嘩はしないでください」

 ゆかりは深く重いため息をつく。管理職というのは大変なのだろう。日向も初めて後輩が出来たときはかなりストレスを溜め込んだことがあった。

「というわけでこちらの瑠璃川が艦内を案内します。何かわからないことがあれば遠慮無く聞いてください」


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