5章-1
戦闘から二日後の朝、白百合は目的となるパラスへと到着した。三日後に送られてくるプログラムを更新すれば、長いようで短い日向の出張も半分が終了となる。帰りは通常の定期便で寂しい一人旅となる予定だ。行きよりも長い時間、拘束されることを考えると日向の気は少し滅入った。
もう次の出航までは敵に襲われる心配もなく、白百合には穏やかな空気が満ちていた。今日、日向とすれ違った誰も彼もが頬を緩ませ明るい笑顔を振りまいていた。
ありがたいことに送別会を兼ねた祝勝会も開いて貰えるそうだ。R-I/Fのことがばれてしまってからは余所余所しい態度を取られることもあったが、少しは打ち解けられたのだろうか。それとも祝勝会のついでなのだろうか。日向は考えても仕方がないと頭の片隅へと追いやった。
ポケットに入れられた腕時計を確認すると開始時間までは残り一分。主賓が遅れる訳にもいかないので早めに来る予定だったが、すっかり遅くなってしまった。途中、空にプログラムの変更を頼まれてしまったためだった。
日向は足早に会場に選ばれた食堂へ入る。
食堂には前後に二卓ずつ、計四卓のテーブルが並んでいる。前に並ぶ二卓にはケーキや菓子が所狭しと並べられていた。すでにテーブルに着いている者も多く、楽しそうに談笑を交わす声が響いている。
それぞれのテーブルを見渡すと主に整備班とブリッジで分けられているようだった。
ブリッジ側のあいている席へと座ろうとする。
「南さんはこっちです」
春子に手を引かれ何も置かれず誰も座っていないテーブルへと促される。
自分の送別会だというのにこの仕打ちはひどくないだろうか。
「ほらさっさと座って下さい」
二人分の紅茶を運んできた翠が着席を促す。少し声が震えているような気がするが、両手首に巻かれたものを考えると仕方がないことだろう。
「このケーキ、艦長の手作りなんですよ」
空がショートケーキの乗せられた皿を目の前と対面の席に一つずつ置いた。
全員が席に着くとゆかりがマイクの前に立ち喋り出した。
「えっと……。今日は南さんの送別会と先日の初めての戦闘の祝勝会となります。まだまだ未熟な私がなんとかやってこれたのもみんなのおかげで……」
「ゆかり、長いぞ。さっさとまとめろ」
秋葉が茶化した。会場の誰もが他のことばかり気にしているようだった。
日向は目の前に空席を見つめる。
立っている人は一人、空いている席も一つ。
日向にとっては気を遣ってくれたというよりも、まんまとはめられたという心境が近い。
「み、みんなのおかげです。ありがとうございます。痛っ」
焦ったゆかりは勢いよく礼を言うとマイクに頭をぶつけた。
進水式の時はあんなにも立派にやり遂げたというのに、どうしてこんなにも抜けているのだろうか。そういうところがまた可愛いくもあった。
「南さんもありがとうございます」
一斉にこちらへと視線が集まったので日向は適当に手を振った。
「じゃぁさっさと食べよう。ゆかりも座って」
秋葉の視線は、マイクの前に立つゆかりではなく日向に向けられていた。首謀者が秋葉だと言うことは明らかだ。
「えっと空いてる席は……」
ゆかりは会場を見回し日向の前の席に気づく。
「ここいいですか?」
「どうぞどうぞ。そこは艦長の席みたいですよ」
未だに意味を理解していないゆかりは顔に疑問を浮かべながら座った。
周りを見回すと、飲み物を注いだりしている者が多く、話し声をあげる者は少ない。
「不器用だな。貸してみろよ」
翠が荒っぽい口調で空にケーキを取り分けた。不器用なのはどっちなんだか。でもきっともう大丈夫だろう。
空は翠の態度に居心地悪そうに眉を潜めつつ日向を見つめている。
春子もこちらの視線に気づき笑いながら手を振った。
誰も彼もこちらを気にしていない風を装いつつ、意識は日向に向けられている。
秋葉が手で何か合図を送っているが、あえて無視する。
しかし、何かしらやらなければ、この場は収まらないのだろう。
お膳立てされた状況に素直に喜ぶような安い男に成り切らなければならなかった。こうやって周りからお節介を焼かれることは日向にとっては少し鬱陶しかったが、差し向かいでゆかりと話せることは事実嬉しくもあった。
日向は意を決して前を向く。安い男に成り切ろう。サラリーマンとしての仮面は脱ぎ捨てた。
「こう言うのは苦手です」
ゆかりが指し示すものは今のある意味緊迫した状況ではなく、人前で話をすることだろう。ゆかりはいつも色んなものを抱え込み過ぎていて、手一杯になっているのだ。
「進水式の時もそうですが、結構様になってますよ」
マイクに頭をぶつける人間が様になっているとは全く思っていなかったが、日向はとりあえず褒めておいた。
「そうですか」
そういうとゆかりは照れくさそうにケーキを食べ始めた。
意を決して日向もケーキをフォークで切り取り、口に運ぶ。そして口へと至る前に皿の上に落とした。
「これのせいで手がうまく動かないんですよ」
袖をめくりあげ隠す必要のなくなったR-I/Fを指差しながら笑ってみせる。実のところはケーキを食べる程度なら特に支障はない。箸は流石に上手く使えなかったが、スプーンとフォークくらいなら特に不自由なことはない。
「艦長が食べさしてあげなよ」
整備班の一人が声を上げた。
「いえ……それは……」
「ご褒美はしばらくお預けなんだし、そのくらいいいじゃないですか」
恥ずかしさに口籠もるゆかりに、日向は更に追い打ちをかける。
白百合は日向を降ろした後このまま別の星に行くことになっていた。一方的に取り付けたデートの約束が叶えられるのはまだ先のことだろう。
ゆかりは顔を赤らめながらケーキの乗せられたフォークを突きだした。
日向は口を大きく開ける。
甘い香りが鼻に届き、いよいよと言うところで疑似重力に引かれたケーキはフォークを離れた。スーツには真っ白い生クリームがしっかりとついていた。
やっぱり肝心なところが抜けている。




