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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
3章 浮かせたかかと
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3章-3

 ブリッジの扉を開けたが、中には熱心にシステムを調整している空しかいなかった。

「すいません。この前シミュレーションルームで忘れ物をしていたのを思い出したので、ちょっと取りに行ってきます」

 日向は隣に立つゆかりに告げる。特に何も持ち歩くもののない日向はもちろん忘れ物などしていない。

「道わかりますか?」

「大丈夫ですよ、道を覚えるのは得意な方ですから。」

 格納庫からであれば全くわからなかった日向だったが、ブリッジからならば最初に案内された時と同じように行けばよかった。

「迷ったときは近くの電話からブリッジに連絡してくださいね」

「初めてのおつかいじゃないですから、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ハンカチもティッシュも持ってます」

 日向はポケットからハンカチを取り出し、目の前に示す。

「もう、からかわないでください」

 口調は怒っているが、やっぱり顔には笑みが浮かんでいる。自惚れかもしれないが、かなり脈はあるのではないだろうか。となると日向は益々強い味方をつけたかった。

「では行ってきます」

「戦闘になったら……」

 ブリッジの扉を抜けようとした日向の背中に声がかかった。

「なんですか?」

「何でもありません」

 何となく言いたいことはわかっていたが、あえて日向はとぼけてみせた。本当はどこまで聞こえていたのだろうか。


 日向は周囲を念入りに確認しながら、艦内の通路をゆっくりとしたペースで歩いていた。

 艦内を一人で歩くことは想像以上に大変だった。

 分かれ道にさしかかる度に、薄れかかった記憶を必死にたぐり寄せる。どこも同じような内装ばかり使用されていて、代わり映えのしない景色が続いているのだ。その記憶さえあまり頼りにはならなかった。

 ゆかりの力になる。言葉で言うには簡単だが、実際に何をすればいいか考えると非常に難しい。何も知らない日向に艦の操縦は全く手出し出来ないだろうし、したところで邪魔になるはずだ。調子の悪い艦のシステムも数日でどうにか出来るレベルではない。

 となると残されたのは人間関係くらいだろうか。赤の他人から口出しされるのは、本人達にとって余計なお世話なのかもしれない。それでもやるだけのことはやってみようと日向は心に決めていた。

 やがて、一度くぐった憎らしい床の扉を発見して日向は安堵した。


 シミュレーションルームでは翠と春子が先日と同じ席に座り話し込んでいた。

「今日も熱心にやってるなぁ」

「それが仕事ですから」

「これ差し入れ」

 日向は途中の自販機で購入した缶コーヒー三本を差し出してみせる。

 好みもわからなかったため、ブラック、微糖、カフェオレを一本ずつ購入していた。甘いコーヒーはあまり好きではないので、ブラックが残ってくれるとありがたい。

「ありがとうございます」

 春子が礼を言いながらカフェオレを抜き取る。

「私、ブラック」

 そして手元には微糖が残ることとなる。非常に残念だった。

「実はちょっとお願いがあるんだけど」

「お金なら貸しませんよ」

 翠が拒絶する。同意するように春子も机の上に置いていた財布を隠した。

「金のない奴が人におごるかよ」

「海老で鯛を釣るって言うし」

「じゃぁ艦長にどうアプローチするかの相談とかですか?」

 春子が目を輝かせながら興味深そうに聞いてきた。

「それこそ海老どころじゃ済まないよな」

「あはは、確かに。南さんじゃ厳しそうですね」

 二人が笑い声を上げた。

「いや、それについては強力な味方を付けたから遠慮するよ」

「艦長狙いって噂は本当だったんですか」

「整備の女の子達も言っていたけど、そんな噂どこから広まってるんだよ」

 尋ねた質問に無言が返った。二人は示し合わせたかのように二本の指で口の前に×マークを作ってみせる。

「ガールズトークには守秘義務があるんですよ」

 春子が答えた。

「で、話を戻してお願いなんだけど」

「艦長落とすのは手強いと思いますよ」

「そうじゃなくて、タバコ一本貰えないか?」

 翠のボリュームのある胸ポケットに狭苦しそうに入れられたタバコの箱を指さす。封を開けられた箱の中には二十本のタバコが詰まっている。

「なんだ、そんなことですか」

「仕事中は吸わないようにしているから艦内に持ち込んでないんだ。でもどうしても吸いたくなって……」

 もちろんシミュレーションルームから連れ出すための口実だった。熱心に仕事をされていてはろくに話しかけることも出来ない。

 日向は学生の頃に格好付けてタバコを吸い始めたが、もう一年前から禁煙が続いていた。

何事も長続きしない日向がこれだけ続けられるのは珍しい。

「そうですね、ちょっと休憩もかねて喫煙ルームに行きますか」


 三人でシミュレーションルーム裏にある喫煙所に移動する。

 真新しい室内は特に汚れた様子もなく、テーブル型の灰皿には灰のかけら一つ落ちていなかった。

 元々女性ばかりの艦なのだからタバコを吸う人間はいないのかもしれない。事実すれ違った女性は特有のシャンプーだか香水だかの良い匂いか、油と汗の混じった臭い臭いがするばかりだった。

 タバコ臭い人は翠を含めても一人もいない。

「はい、タバコ」

 差し出されたタバコは、女性に愛用者の多い細いタイプの物だ。日向は少し頼りなく感じながらも受け取った。

「ありがとう」

 軽く息を吸いながら翠から差し出されたライターに近づけると、タバコはすぐに赤い火を灯し煙を上げ始めた。

 一年ぶりのタバコの煙を胸に吸い込むと、懐かしい味が肺いっぱいに広がった。

 日向は喫煙所の独特の雰囲気が好きだった。

 嫌煙の流れに追われ、会社中の形見の狭い喫煙者が追われるように集まってくる。

 そこには課長も部長もない。それどころか社長も役員も寂しそうに肩を寄せ合っていた。喫煙所にいる全ての人がただの喫煙者であった。身分も人種もなく、ただ煙を吸っては吐く、それだけのために集まっていた。

 時には全く見知らぬ他部署の人から情報を仕入れることもあった。また役職の差も無く趣味の話に没頭したこともあった。本来は会議で決めるべき重要な事項について事前協定が交わされた時には流石の日向もどうかとは思ったが。

 日向が息を吐き出すと、白い煙が広がった。

 もう禁煙やめようかな。悪魔の誘惑が日向の心に浮かぶ。

 少し口惜しいように感じながらも、誘惑を振り払うように中央に置かれたテーブルにタバコを置いた。吸引口が紫煙を吸い込んだ。

 翠と春子の二人は物珍しそうにこちらを見つめている。

「タバコ吸わないのか?」

 少し悪戯心が芽生え、日向は翠に訊いてみる。

 初めてあった時から日向は違和感を感じていた。翠は全くタバコ臭くないのだ。

「いやほら、南さんも一応お客様じゃないですか。お客様の前で吸うのはどうだろう」

「お客様とか気にするようなガラか? そもそもそのお客様が吸ってるわけだし」

 春子は心配そうに翠の顔を見つめている。

「ほらほら」

 テーブルの上に置かれたタバコを持ち上げ、近づける。

「やめろって」

「あれ? ひょっとしてタバコ吸えない?」

「そ、そんなことはない」

 冷静に装おうとしているが、声は明らかにうわずっている。

「翠ちゃん、やめとこうよ。ね?」

「う、うるさい!」

 日向の手からタバコを奪い取り口に付けた。やはり持ち方がぎこちない。

 数秒の後、虚空に向けて重たく青白い煙を吐き出した。

「ほらな、大丈夫。私はタバコくらい吸えるんだ」

「もう一回」

 言われるがままに翠は再びタバコを咥えた。

「ゆっくりと深く息を吸って……」

 ラジオ体操第一のナレーター口調で言うと、翠は大きく息を吸い込んだ。

「ゲホッゲホッ……」

 案の定、翠は盛大にむせタバコをテーブルに落とす。対する日向はその光景が面白く、喫煙室の外まで響くほどの笑い声を上げた。まるで吸い始めた頃の日向のようだった。

「……大丈夫?」

 春子に背中をさすって貰いながら、翠は日向を睨み付けた。

「何すんだよ!」

「つい、出来心でやっちまった。すまん」

 申し訳なさと謝罪の照れ隠しに日向は落ちたタバコを口に挟む。

「あ、それ……」

「ん? どうした?」

「い、いや何でもない」

 日向は手に持ったタバコに思い当たり、先を押しつけ火を消した。

 葦牙国の軍隊に当たる第二種警備会社に入るためには付属の専門学校に入学する必要がある。その専門学校は全寮制で、全ての場において男女が分けられていると言う。それならば色々と無理な話なのだろう。

 面白いおもちゃを見つけた子供のように心が躍った。

「なんでもないことはないだろ。顔赤いぞ」

「これはむせたせいだ!」

 額に当てようと伸ばした日向の手は振り払われた。


 翠の第一印象は性格の悪い女だった。

 しかし今は不器用で年の離れた妹のように思えていた。最初はとりつく島もないかもしれないと思っていたが、意外と何とかなるかもしれない。

 日向はさりげなく話題を変える。

「そういえば木月と二人仲良いよな、常に一緒にいるし」

「そういうわけじゃあないですけど。なんだろう、私の方が無理矢理連れ回してる感じかな」

「僕は翠ちゃんと一緒にいると楽しいよ」

「それにブリッジのメンバーじゃ艦長に絡みに行くわけにもいかないし、整備班も班長を除いたら私より若い人の方が多いですから」

 二人が一緒と言うには妥当な理由だった。

「でも瑠璃川を誘わないのはなんでなんだ? 三人でもいいんじゃないか?」

「あ、やっぱり気づいてました?」

 バツが悪そうに頭をかく。

「気づかない方がおかしいだろ」

「やっぱり気にくわないんだと思う。あの何とかって奴……」

「R-I/Fのことか?」

 日向は背広の袖をつついて手首を示す。

「それそれ。なんかずるく無いですか? 私も春子もビックリするくらい努力して、やっとこの艦に乗ることが出来たんだし」

 翠は少し身長の低い春子を見下ろす。

「こいつなんかホントに凄いんですよ。撃った弾が当たらなかったところを見たことがない」

「僕だって外すことはあるよ」

「それは元から外れる可能性のあった弾だろ。狙ったところには確実に飛んでた。どんなにプレッシャーがかかってもミスをしたことはなかっただろ」

「だってそれは何度も練習したから……」

 褒められたことが気恥ずかしそうに春子は顔を伏せた。

「学校にいたころも、よく二人で練習したもんな」

「へぇ凄いなぁ」

 日向は素直に感嘆の声を上げた。どんなことでも多少の練習を繰り返したところでプレッシャーをはね飛ばせるほどにはならない。よほどの練習をこなしていることは日向の想像に難くなかった。それ故に思うところも多い。

「でもR-I/Fも使いこなすにはかなり経験がいるらしいぞ」

 R-I/Fは指の神経への指令をLEDの光に変換して情報を送る。またコンピュータからは、触覚として情報を受け取る。速度以外、やっていることはブラインドタッチとさほど変わりはなかった。つまり高速で通信するためには相応の練習が必要なのだ。

「指の動きで……」

「いやその辺は自分で調べたから知っている。頭ではわかってるんだけど、どうしても受け入れられないんだ」

 翠は手持ちぶさたに火の消えたタバコをいじりながら日向の言葉を遮った。

「なんだ、わかってんなら大丈夫じゃないか。安心したよ。ちょっとずつでも何とかなるさ」

 不器用なだけで根は良い奴なんだろう。日向は翠が無性に可愛らしく思え、頭をわしゃわしゃとかき回した。

「お、おい、やめろ」

『木月さん、玉置さん、南さん、至急ブリッジに集合してください』

 突然遮るように艦内放送が響いた。空の声は今まで聞いたことのないほどの緊迫感を孕んでいた。


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