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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
3章 浮かせたかかと
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3章-2

「どこか見てみたいところあります?」

「ゆかりさんと一緒なら、どこでもいいですよ」

 日向はバーで再会した時のようにおどけてみせた。

「じゃあ、とりあえず主砲から見てみますか。ビックリするくらい大きいんですよ」

 ゆかりは大きな魚でも自慢するかのように、両手を一杯に広げて示す。

「百五十センチくらいですか? 大きいですね」

「もう、そんな小さいレールガンがあるわけないじゃないですか」

 頬を膨らまして訴える。

 二人で並んで歩いていると油と煤に汚れた作業着を身にまとう二人組が前方からやってきた。狭い廊下でお互いに一列になりながらすれ違う。普通の学生であったなら高校生くらいだろう。まだ幼さの残る顔立ちに日向は見覚えがなかった。恐らくあまり接点のない整備班の人間なのだろう。

「ほら、見て見て、艦長がデートしてるよ」

「違うよあれは婚活って言うんだよ。艦長は奥手過ぎて行き遅れるから大変なんだって班長が言ってたよ」

「大人は大変だねぇ」

 本人達は声を潜めているつもりなのだろうが、静かな艦内に二人の高い声は良く響き、日向達のところまで完全に聞こえていた。

 ゆかりが日向に見せた笑顔とも部下に見せる厳しい顔とも明らかに異なる鬼の形相で睨み付けると、二人は黙り込みそそくさと走り去っていった。

「すいません。行き先は格納庫で良いですか」

「は、はい」

 いつもより低い殺気だった声には、有無を言わせない圧力が込められていた。


 格納庫と書かれた扉の横、同じように整備班詰め所と記された部屋の手前で二人は立ち止まった。ゆかりは敵のアジトにでも突入するような真剣な表情で扉の死角に身を隠す。そのまま僅かにドアを開けると、慎重に中の様子を窺った。

 少し離れて見ていた日向はその姿が意外に様になっていることに内心面白がっていたが、それが本職であることを思い出すと背中に冷たいものが流れた。

 中では二人の女の子が左右に並んで書類の作成を行っていた。右はボーイッシュな短髪。左は少し長い髪を後ろでおおざっぱにまとめている。年の頃はすれ違った二人と同じく若い。日向はブリッジのメンバーもかなり若いと思っていたが、整備班には更に若い人が多いようだった。

 ゆかりは何かを確かめるとゆっくりとドアを開き、部屋の中へ入っていった。日向もドアを後ろ手で締めながら後へ続く。二人の姿を見ると作業着を着た二人は手を止め、声を潜めて何かを言い合った。ここでも何かしらの噂が回っているようだ。

「秋葉の馬鹿はどちらにいらっしゃいますか?」

 怒気を帯びた丁寧な声音が部屋に響く。

「か、格納庫の奥にいらっしゃいます」

 右の女の子が慌てた様子で立ち上がり敬礼をしながら答えた。左の女の子は秋葉と呼ばれた人の冥福を祈るように、無言で手を合わせている。

 ゆかりは入ってきたばかりの扉を開き、隣の格納庫へ向かった。静かに開かれた扉の音に日向は不安を覚えた。静かに怒る人ほど怖い。

 格納庫では二人の整備士が点検作業を行っていた。脇には腰の高さほどの赤い工具箱と緑の作業用台車が置かれ上には工具と部品が綺麗に並んでいる。

「ボルトを締めるときは均等に閉めていけって言ってるだろ」

 背の高いショートカットの女性が、隣で作業する女の子の頭を軽くはたきながら注意する。整備班の人間には珍しく、帽子を被っていない。

 ゆかりは音もなく後ろに忍び寄る。殺気に気づいて振り返ろうとするも間に合わず、素早く回された腕が一気に首を締め上げた。

「秋葉! 体罰はやめなさいとあれほど言ってるでしょう。ちゃんと規則通り帽子も被りなさい」

「や、やめろ、落ちる。ギブギブ」

 秋葉と呼ばれた女性は必死にゆかりの腕をタップする。

「今しているのは体罰じゃないんですか」

 日向は素朴な疑問をぶつけてみた。

「これは仲の良い友人とのスキンシップだから問題ありません!」

 しばらく揉み合ったあと、秋葉は解放されると床に崩れ落ちた。

「相変わらず私には無茶苦茶するな」

「いえ、今のは体罰を注意しただけなので加減しましたよ。それよりも整備班の女の子に変なことばかり吹き込んだのは……」

 手近に転がっていたスパナを手に取る。

「待て待て、それは流石に洒落にならない。誰か止めてくれ!」

 しかし日向も横で見ていた整備班の女の子も動かない。

 ここで手を出せば自分にも危険が及ぶことは明白だった。


「こちら艦のメンテナンスで来て貰っている南さんです」

 一通り折檻を終えたゆかりが上がった息を整えながら紹介した。流石にスパナは自制したようで流血沙汰にはならなかった。

「FN重工業の南日向です」

 日向はいつもどおりに名刺を差し出す。

「氷室秋葉だ。よろしくな。こっちは名刺、持ち歩いてないんだ」

「かまいませんよ」

「アドレスは書いてないんだな」

 受け取った名刺を裏返しながら呟く。

 アドレスという言葉が指すものは、もちろん表に書かれた会社の住所でもメールアドレスでもはないのだろう。

「どこまで話が回ってるんですか?」

「その質問にはお答え出来ません」

 ゆかりへの質問は事務的な定型句と作り笑いで黙殺された。


「秋葉とは学生時代からの友達なんです。陸上部でしたっけ?」

「付き合い長いんだからそのくらい覚えといてくれよ」

 言われてみれば作業着から伸びた腕は程良く筋肉がついていて、引き締まった体をしていることが一目でわかる。

「いつも練習サボって私と遊んでたじゃない」

「その割に結構速かったんだぜ。そういや陸上部の早川が結婚したらしいよ」

「え? ほんと? 私同じクラスだったのに全然知らなかった」

 二人はローカルトークに花を咲かせ出した。隣の女の子も慣れた様子で二人を無視して黙々と仕事を再開している。

 手持ちぶさたな日向は当たりを見回した。格納庫には小型の宇宙船や作業用のクレーン、果ては人型ロボットまで並んでいた。今時ロマンの塊でしかない人型ロボットなど一部の物好きしか使わないだろうに。

「ハックション!」

 今朝のエアコンの不調で風邪を引いてしまったようだ。

 日向は工具箱の上に置いてあった緑色の箱からティッシュを一組拝借すると、鼻をかんだ。紙質は堅く少し厚手で一枚しかない。力一杯かんだ鼻が少し痛かった。これは絶対に安物のティッシュに違いない。日向は忍び寄る不景気の波を感じていた。

「あ、ちょっとまてオマエ何してるんだ」

「え? 鼻かんだだけですけど」

「それはティッシュじゃない。ウエスだ! 鼻かんでいいような紙じゃない」

「ウエス?」

「汚れとか拭き取るための紙だよ。しかも繊維のくずが残らないちょっと高い奴だ」

 今ひとつピンと来ない。日向にとってはどこからどう見ても安物のティッシュにしか見えなかった。

「高いってどのくらい?」

「これ一箱で普通のティッシュ何箱か買えるんだよ!」

「ほら、秋葉落ち着いて、わざとやったわけじゃないんだし」

「そうだな。最近コスト削減が厳しいから、ついカッとなってしまった」

 ゆかりの制止で秋葉は冷静に努めようと大きく深呼吸をした。。

 どこの業界も厳しいのだろう。日向の会社でも備品の数を減らしたり、両面印刷を推奨したり微妙なコスト削減にうるさく、共感できた。しかしどれも作業効率が落ちて逆効果だと日向は感じていた。

「ちなみにこのテープ一巻き幾らだと思う?」

 氷室は工具箱から褐色のテープを取り出した。

 百円ショップなら五つセットと言うところだろう。さっきのティッシュのことを考慮に入れたとしても、せいぜい十倍くらいだろうと日向は見積もった。

「二百円?」

「長さや太さにも寄るけど数千円ってところだ」

「ごめん、ちょっと聞き間違った気がする」

「数千円」

「こんなセロハンテープが?」

「セロハンテープじゃねえよ」

「じゃぁビニールテープ」

「それも違うって。ポリイミドテープっていって、こんなに薄いのに耐圧が何千ボルトもあるんだ。熱にも強いしな」

「へぇ凄いんだなぁ」

 言われると何気に置いてある工具も気になり手を伸ばす。

「だから勝手にその辺のものに触るなよ。何十万もするような工具が何気なく転がってたりするからな」

 日向は伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。

「給料が吹っ飛ぶだけだからまだいいんだけど、危ないものも多いからな」

「たとえばどんなものがあるの?」

 ゆかりは興味深そうに質問した。

「よくテレビとかで使われる液体窒素」

 少し離れたところに置いてある金属製のタンク指さした。

「密閉されたところで開けると窒息死する」

「あぁなるほど。大学の時、金属のタンクだけがエレベータに乗っていたことがあったな」

 日向の長年の疑問が解決した瞬間だった。


「あ、そうだ。急ぎでハンコ貰いたい書類があるんだけど」

 秋葉が突然思いついたようにゆかりに言った。

「今持ってきてないから後でもいい?」

「悪いけど取ってきてくれないか」

「じゃぁしばらく南さんをお願いしますね」

 ゆかりは何も疑わずブリッジに向かった。

 宇宙空間を単独で航行する白百合の中で、急ぐ理由などあるはずもない。

 秋葉は隣の部下に指示を与えると、日向を振り向きにやりと笑った。

「何か企んでます?」

「ちょっと話があるんだけど……」

 日向の疑問など一切無視しながら、腕を肩に回してくる。馴れ馴れしいというよりはヤンキーが絡んできたような印象だった。

 女性特有のシャンプーだか香水だかの良い香りが……することもなく、どちらかというと男臭いと形容する方がしっくりと来る馴染み深い臭いが鼻を刺激した。正直なところ、スーツに汗や機械油の臭いが移りそうなのでやめて欲しかったが、ティッシュ一枚と言えども多少の罪悪感を感じている日向は何も言えない。

「ゆかりを酒で潰して何かしようと企んでた南さん、悪いんだけどちょっとお願い聞いてくれないかな」

 女の人と言うのは本当に何でもかんでも筒抜けらしい。何も言えないのを良いことに秋葉は更に日向の罪悪感を刺激してきた。質が悪いことこの上ない。ヤンキーと言うよりはヤクザだ。

「拒否権は?」

「ここの連中若い人が多いだろ。噂はすぐに回るんだぜ」

「どうせ数日間の我慢だろ。交渉に値しない」

 日向はきっぱりと突き放す。人の弱みにつけ込む人間に隙を見せれば、更につけ込まれ骨の髄までしゃぶり尽くされるのだ。

「まぁそうだな。実際にやったらゆかりも困るだろうし、やるつもりはないよ。あくまでもお願いだ。聞くだけ聞いてくれ」

「聞くだけだぞ」

「私とゆかり以外若い奴ばっかりだろ」

「それはさっき聞いた」

「うん、言ったけどだ。で、ゆかりが腹割って話せる人間って私以外にいないんだよな。しかも何でも一人で抱え込もうとするから余計負担が大きくなるんだ」

「それで話し相手になって欲しいと?」

「まぁ話し相手で無くてもいいし、どんな形でもいいからさ、力になってやって欲しい。付き合い長いからやっぱり心配なんだよ。昔っから抜けてるところあるし、あれで艦長ってのもかなり危なっかしい」

「わかった、出来る限りはやってみるよ。でも期待するなよ」

 日向はいつの間にかため口になっていることに気付いた。開けっぴろげな性格と親しみやすい雰囲気がそうさせているのだろうか。年もそう違わないはずなので気にしないことにした。

「お前、意外と良い奴だな。敵が来たら命がけになるだろうけど、頼むぞ」

「いや流石にそこまでは知らない」

「冗談だよ民間人にそこまでする義務はない。私たちはそのためにいるんだから」

「そっちだって民間人だろ」

 現在の葦牙国の軍隊は法律上は警備会社であるため、あくまでも民間人だった。

「心積もりの話だよ。私は国のために命をかける覚悟くらい出来ている」

 一瞬の間を置いて話を続ける。

「そうだ、頑張り次第じゃゆかりとの仲を取り持ってやるよ」

「いいのか? そんな約束して。俺のこと何も知らないだろ」

「命がけで助けてくれるような奴なら大丈夫だろ」

「だからそんな約束できないって」

「冗談だって、まぁでも命がけじゃない部分はよろしくな」

「謹んで前向きに善処するよ」

「そうだ、そのかわり良いこと教えてやるよ」

 秋葉は面白い悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

「ゆかりって仕事中は割とキリッとしてて隙がないだろ。でもあぁ見えてあいつ、お菓子作りが趣味なんだぜ」

「特に意外でもないな」

 ドジでおっちょこちょい。日向の中ではそんな印象の方が強い。

「んーと、んじゃぁ部屋がぬいぐるみだらけとか」

 ゴンっと鈍い音が響く。傍らで作業中だった秋葉の部下も思わず日向達を振り返る。

「いてぇ」

 秋葉は肩に回した手を解き、頭を抱えてうずくまった。

「何の話をしているのかと思ったら、人のことをぺらぺらと喋って……」

「まだ一つあったな、腕力が意外に強い」

「まだお仕置きが足りないみたいですね」

 ゆかりは秋葉の頬を力一杯をつねりあげた。

「さてブリッジに戻りましょうか」

 涙目で頬を押さえる秋葉をよそに、ゆかりは平然と言い放った。


 ブリッジへと続く通路に二人分の足音が響く。小さな船体の白百合は通路は狭く二人並んで歩くのが精一杯だった。

「秋葉が何か変なこと言わなかったですか?」

「いえ特に何も」

 鋭い質問に思わず日向の心臓が高鳴った。出来るだけ平静を装ったが、鼓動は隣に聞こえそうなほど脈打っていた。嘘は気づかれていないだろうか。

「そうですか。よかったです」

「でも、艦長の作ったお菓子は食べてみたいですね」

「やっぱり吹き込まれてるんじゃないですか」

「女の子らしくて良いじゃないですか」

「良い悪いの問題じゃありません」

 いつものようにわざとらしく頬を膨らまし、拗ねてみせる。本当に怒っているわけではないのは明らかで、どこか楽しそうだった。


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