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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
3章 浮かせたかかと
13/23

3章-1

 戦闘から二日後の朝、日向は自室のドアを叩く音と声で目を覚ました。目を覚ましたといっても頭はまだ夢と現の間を行き来している。

「南さん起きてください」

 どこか切羽詰まったような声を聞きながら、暖かい布団の中で日向は丸くなる。起きようと思っても布団の温もりに抗いきれない。少しでも足先を出すと凍てつくような寒さが刺すように襲ってきた。

 何故布団の外はこんなに寒いのだろうか。宇宙船の中は冷暖房完備で戦闘中以外は常に適温が保たれているはずだった。

「艦長、管理者権限で無理矢理開けましょう」

 翠が怒気を孕んだ声で訴える。

「そうはいってもプライバシーとかありますし」

「いえ、でもこれは緊急事態と言っても過言ではありません。乗組員が全員凍死とかふざけた事態になってもいいんですか?」

「そうですね、では開けますか」

 部屋の中に入ってくると聞いて僅かに頭が覚醒する。日向はパンツ一つで布団の中に丸まっていた。部屋は服が脱ぎ散らかされ、とても人に見せられるような状況ではない。現状を認識した日向の頭が一気に覚醒した。

「ちょ、ちょっと待ってください。今起きます」

「朝早く申し訳ありません。緊急事態なのでお願いします」

 身一つで立ち上がりズボンを手に取る。

 部屋の温度は極端に低かった。ズボンに通した足にひやりとした感覚が伝わり思わず声を上げかける。エアコンは完全に停止しているようだった。

 緊急事態とは恐らくこのことだろう。

 日向はあまりの寒さに流れ出た鼻水をかんで部屋を出た。


 部屋の前ではゆかり、翠、春子の三人が待ち構えていた。いずれもお揃いの厚いコートに身を包み寒そうに震えている。お洒落さを微塵も感じさせない茶色のコートは恐らく支給品の類なのだろう。一方、日向は防寒着を持ってきていないので、いつものスーツのみしか着ていない。薄い生地は冷たい空気の中ではないも同然だった。

 本来艦内や火星は一年を通して、日中の気温は常に適温に保たれるため、日向は防寒着の類を買ったことすら無かった。

「艦内のエアコンが全て止まっているようなんです。一応今は瑠璃川さんが頑張ってくれているみたいですが、どうにもならないみたいで……」

「ちゃっちゃとなんとかしてくださいよ、凍え死にそう」

「とりあえず何とかしてみます。ブリッジに行きましょうか」

 ゆかりと翠の言葉に寒さで震えた声で答える。春子は何も言わず翠に縋り付きながら震えていた。

 うら若き女性三人に起こして貰えたと言えば聞こえは良いが、この後待っている仕事を考えると日向は気分が重かった。

 日向が開発を担当しているのは慣性制御に関する部分ばかりで、エアコンについては全くの専門外だった。しかし他社の人間や何も知らない人間からすると一緒なのだろう。何でも出来ると思われてしまっている。それでもまだソフトの故障であれば対処しようもあるのだけれど、もしハードの故障であれば対処のしようがない。もしもの時のことを考えると、日向の胃に鈍い痛みが走った。


 ブリッジでは瑠璃川が赤い眼鏡越しに画面を睨みつけていた。何も出来ない他の三人は別の仕事のため、ブリッジを出て行った。

「南さん、やっと来てくれたんですね。私では彼女のご機嫌をうまくとれなくて。空調システムのプログラムを再起動させてみたりもしたんですが……」

「俺も専門外だからなぁ。とりあえず何とか頑張ってみるよ」

「ですよねー。わからないことは何でもかんでも私に回ってくるんですよ」

 隣の席に座り、会社から持ち込んだノートパソコンを起動する。

 艦の端末の方では空調周りのプログラムの入っているフォルダを探しあて、ログファイルを開いた。

 ログファイルには沢山のエラーメッセージが書き込まれている。ノートパソコンに入っている仕様書で確認してみるがさっぱりわからない。ログファイルは後で会社の方に送っておくことにして原因の特定は諦めた。

「とりあえず艦のシステム全体を再起動してみようか」

 困ったときの応急処置は再起動に限る。大抵はこれで問題なく動作するのだ。その代わり、原因究明のために同じ不具合を出そうとしても、再現出来ず不具合解決の糸口すら失われてしまうことも珍しくない。

「はい、先に艦内放送いれるので待ってくださいね」

『空調システムの不具合のため、システムの再起動を行います。慣性制御も切れるので何かに掴まっていてください』

 日向はスピーカーからも流れる空の声を聞きながら、背もたれの身を預け深く息を吐いた。しかし心はそれほど落ち着いてはいない。

『これで直ってくれると良いのだけどなぁ』

 少し間を置き、システムが再起動される。艦全体にかかっている疑似重力も無くなり日向の体が浮き上がった。

「……うわっ」

 日向は思わぬ感覚に声をあげてしまった。火星や艦内の生活は疑似重力に頼り切っているため無重力や低重力を体験することは滅多にないのだ。

「無重力は初めてですか?」

 空がおかしそうに笑いながら問いかけた。

「初めてってわけじゃないけど、基本的に火星の街から出ないから数えるほどしか体験したことがないね」

 出張で他の惑星に出向いて、ソフトの修正や解析を行うこともあった。しかし今時はどこの星に行っても疑似重力が働いているので、無重力や低重力を体験することは本当に珍しかった。道中の艦内も同様に疑似重力が働いている。

 再び重力が戻り、今度は尻を椅子に打ち付ける。反動で日向は僅かに跳ねた。

「再起動終わりました」

「直っているといいんだけど」

 日向が立ち上がってエアコンの吹き出し口に手を当てる。直ぐに暖かい風が吹き出して来た。

「大丈夫そうだね」

「ありがとうございます」

「そんなに大したことしてないよ。一応社には報告して修正して貰っておきます。また止まったら再起動して」

 空は無言で頷いた。


 日向が会社への報告資料を作成し、自室へ戻ろうと立ち上がったとき、「折角ブリッジにいるんですから……」と空が切り出した。空は遠慮がちに艦の制御プログラムについての質問を投げかけた。

 この艦の人は大抵、勉強熱心だ。先日の戦闘のように、熱心に取りかかることで現実から目を逸らそうとしているような節もあった。それでもサボってばかりいる後輩に見習わせたいと、同じく怠慢な日向は感心した。自分のことは完全に棚に上げてしまっている。

「で、ここのパラメータを上げると、白百合ちゃんは……」

 ちゃん付けで呼ばれた艦の名前に日向は思わず吹き出した。

 空は白百合のことを表す時、白百合ちゃんとか彼女とか言う言葉をよく使った。擬人化してしまっていることもそうだが、女性と決めつけていることがおかしく日向は思わず笑いがこぼれ落ちてしまった。日向にとって大きな荒々しい船体はどちらかと言うと男性のイメージに近い。

「おかしいですか? やっぱり相棒なので愛着持ちたいなって思ってるんですけど」

「いや、うちの会社にもパソコンに名前付けてる人いたりするから、慣れているんだけど、こんなに大きいのに女の子なのかって思うと少しおかしくて」

「そんなことないですよ。他の艦に比べたらかなり小さくて可愛らしいじゃないですか」

「それはそうだけどさ」

「それに……。知ってますか? 元々、船って海の上にいた頃から女性扱いなんですよ」

「へぇそうだなんだ」

 思わぬ雑学に少し関心しながらパラメータを変更すると、聞き慣れた効果音とともに画面にエラーメッセージが表示された。まだまだ直っていないバグは多い。

「ごめん、彼女ちょっとボケすぎだよな」

「そうですよ、ちゃんと躾けてやってくださいよ」

「いやぁ、これだけボケが激しいと俺一人の手には負えないなぁ」

 エラーメッセージの出た状況をメモに取りながら二人は言い合った。

「私はそこまでボケてません!」

 背後を振り向くとゆかりが立っていた。

「えっと……。一応自覚してはいたんですね」

「艦長、白百合のプログラムのことです」

「へ?」

 ゆかりの顔に浮かんでいた疑問は、そのまま真っ赤に変わっていった。

「艦長のボケもなかなかのものだよね」

「うちの艦長、仕事は出来る割に色々抜けてるんですよ、南さん、このバグ修正できそうですか?」

「完璧過ぎる上司も疲れるし、残しておいた方がいいんじゃないかな」

 空は静かに頷いた。


「ところで艦長は何か用事があったんですか?」

「いえ、特に用事と言うわけではないのですが……」

 ゆかりは少しうつむき視線を合わせない。

 どうも何か言いづらそうだった。席を外した方が良いのだろうか。

「では今お時間あったりします?」

「何かありました?」

 ゆかりは空の質問を聞いた途端に仕事用の厳しい顔つきになった。

「一日目に南さんに艦内を案内したとき、木月さん達のシミュレーションにつきあって、最後まで出来なかったんです。お部屋とシミュレーションルームくらいしかお見せできていなかったので、お暇なら案内の続きをお願いしたいのですが……」

「そういうことならちょうど良かったです。南さんお借りしますね」

 どうも用事があったのは日向の方だったようだ。

 ゆかりは「行きましょう」と言うとブリッジの出口へと歩き出した。

「今度、艦長との関係を教えてくださいね。艦内でももの凄い話題になってるんですから」

 艦長に続いてブリッジを出ようとする日向に空が小声でささやく。

 女の人はどうしてこんなに噂とか恋愛話が好きなのだろうか。


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