2章-7
キャリバーのブリッジでは既に戦闘が終了しているにも関わらず、僅かな緊張感が漂っていた。その原因は葦牙国の新型艦、白百合にある。
白百合の一番の特徴は、華奢に思えるほどに小ささだった。
現在の主力艦は慣性制御の副次効果を利用し、極端なまでの軽量化を行っていた。そのおかげで最高速度や旋回性を向上させることが出来る。しかしその反面、装甲が薄く、主兵装たる大口径レールガンの一撃で沈んでしまうことも多い。
そのため、キャリバーのような一昔前の戦艦と比べると一回り小さい。白百合はそんな現在の主力艦よりも更に一回り小さかった。キャバリーと比べるなら、半分ほどの大きさしかない。
キャリバーの艦長アランは、前面に特化した砲門、恐るべき連射性から拠点防衛の集団戦に特化した機体なのだろうと予想していた。機体の小ささも、コストを抑え数を揃えるためと言える。葦牙国の理念上、自衛のみしか行えないことを考慮すると全く理に適っている良くできた艦だった。
だが何か腑に落ちない。軍事的な戦力としては理に適っている。しかし国の期待を背負う英雄、女王の権威としてはあまりに平凡すぎた。アランは苛立ち紛れに頭を掻いた。
「白百合についてどう思う?」
アランは傍らに立つ仏頂面の副艦長に問いかける。既に髪は後ろでまとめられ、いつも通り眼鏡も掛けている。
「はい、悔しいです」
「個人的な感想を訊いているんじゃない、先ほどの戦闘を分析しろ」
「艦長は連射性能特化型の量産艦の雛形とお考えかと思いますが、恐らくその予想は外れています」
「何かそう思う理由があるんだろうな?」
「はい。理由として、まず白百合がこれから七日間単独で航海を行うこと。集団戦に特化した機体の単独航行など落としてくださいと言っているようなものです」
そこには政治的理由も絡むので余り説得力がない。例え単独航海を行うに足る戦力を持っていなくとも、マスコミが騒ぎ立てている今、出て行かぬ訳にはいかないだろう。
「言いたいことはわかるが、弱いな。他には?」
「その性能を一度しか見せなかったこと。恐らくかなり性能の良い小型のジェネレータを積んでいることになるはずですが、レーザーの連射速度は並でした。最後に見せたその一回も火星の陰で行っています」
「なるほど。確かに疑うに足る根拠ではあるな」
「そして最後に、こちらの主砲を避けられなかったことにあります」
「それはこちらが撃たないことを見抜いていたのではないのか?」
「可能性はありますが、艦を危険にさらしてまで行うことではありません」
戦闘の最後に、向けた主砲は副艦長の提案した作戦だった。未熟な副艦長が熱くなりすぎたように見せるため、戦闘前の通信も交代したのだ。実際、アランから見るとまだ未熟な部分も多かったが、それ以上に光るものも多いと評価されていた。
思えば若い女性しか乗っていない白百合も、なかなか見事な戦闘を行っていた。
新しい時代の流れのようなものがそこまで来ているのかもしれない。
アランが二十年近くをともにしてきた艦内は、剥がれかけの内装が日に焼け色あせている。むき出しのパイプには錆が浮き、目につくもの何もかもが時代を感じさせた。性能は劣るが、熟成された技術と蓄えられた経験でまだまだ戦えると自負していたが、そろそろこの艦も引退しないといけないのかもしれない。アランは会話を中断し、感傷に浸った。
アランが今回の任務に就く直前、新型艦の艦長にという話もあった。しかし今更別の艦に乗り換えたくは無かった。何よりもこの艦が好きで、他の艦のことなど考えられない。新型艦の話は他の奴に譲って艦と共に引退するのが良いとさえ考えていた。
アランは乾いた音と共に薄くなった頭を叩かれた。
「何するんだ」
「いえ、頭に虫がとまっていたもので」
「嘘だろ? 今時虫なんて地球か木星にでも行かなきゃいやしない」
「正直なところを申しますと、人の話の途中で呆けているようでしたのでつい。構って貰えない寂しさを紛らわす乙女心と解釈していただけると幸いです」
「それなら、まぁ許す。聞いてなかった俺も悪い。で、続きは?」
叩かれた頭をさすりながらアランは要求した。
「恐らく白百合は慣性制御に特化した機体だと思われます」
「確かに最高速重視の機体から加減速や旋回性能の重要性が見直されつつある。しかしまだ技術的に難しいだろう」
「えぇだから動けなかったのです。稼働時間や回数に何らかの制限があると考えると筋が通りませんか?」
「確か兵器開発を行っている企業から慣性制御の重要性について記述したドキュメントが回ってきていたな」
「はい、後で確認しておきます」
「他にはまだあるか?」
「はい、艦内で白百合の乗組員の人気投票が行われました。何故か私もエントリーされております」
ブリッジ内のあちこちで「ばれてたのかよ」「早く証拠をもみ消せ」等と声が上がる。
「結果は?」
「白百合の艦長が一位です。私には一票のみ」
通信用のカメラを起動し副艦長へと向ける。
「今日の戦闘の時と同じ顔で笑って見せろ」
「こうですか?」
眼鏡と髪留めを外し、カメラに笑顔を向ける。
「普段、仏頂面のくせに器用に笑うな」
だが笑顔がどこか嘘くさい。
「演劇部でしたから」
「オペレータ、この写真でもう一度集計しろ」
「はい」
アランは手元の端末を操作し、艦内に指示を送る。
『今から第二回の人気投票を行う。オペレータから送られたメールに五分以内に回答しろ』
しかし実際のところはどうなのだろうか。そんな眉唾ものの戦艦が存在しうるのだろうか。もし、副艦長の予測が当たっているのなら、まだ未完成な今を狙って討たなければならない。
「艦長、人気投票の結果が出ました」
オペレータは弾んだ声で言った。回答も集計もものの数分で終了していた。仕事以外のことには熱心だ。
「結果は?」
「もちろん副艦長の圧勝です」
『さてどんな顔をしているのだろうか』
アランは傍らに立つ副艦長の仏頂面に目をやる。
「なんだ、ちゃんと笑えるじゃねえか」




