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宇宙戦艦白百合 ~働き蜂たちの諦念~  作者: 亜阿吾ゆう
2章 負けられない戦い
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2章-5

 日向が白百合に乗るに当たり、一つ提示された条件があった。条件というよりは権利といった方が正しい。

 それは『戦闘になればいつでも艦を降りてもいい』という権利だった。諸々の都合で出張前に記入した書類には特に明文化されてはいないが、現在の人権や法律を照らし合わせると認められない方が異常とさえ言える。

 正直なところ、日向はこんなに早く戦闘になると思ってはいなかったが、ある意味好都合だろう。まだ火星は見えるほどに近く、艦から降ろしてくれと言うにもそれほど抵抗がなかった。

「えっと、こんなこと言うのは申し訳ないのだけれど……」

「無理だな」

「無理だよね」

「諦めてください」

 日向が全てを言う前に口々に否定される。

「事前の約束ではいつでも降りて良いという話でしたが、この戦闘に限り艦から降りてもらうことは出来ません」

「下にはマスコミも多いし、乗っていることがばれる訳にはいきません」

「入港の手続きとかも大変ですしね」

 これは俗に言うパワハラではないのか。日向の頭には会社同士の関係や自分の立場が浮かんだが、そこで折れる訳にはいかなかった。

「でも事前の説明では戦闘になればいつ降りてもいいという話でしたよね」

「まぁそう言わず、お国のために一緒に戦いましょうよ」

「大丈夫だって、最新艦なのだからそう簡単に沈まないよ」

 不具合だらけの未完成の艦で、素人相手に良い勝負。そんな艦が負けないわけない。日向は痛いほどに理解していた。

「勝算はどのくらい何ですか?」

「百パーセントです」

 日向の問いにゆかりが答える。日向は多少なりとも勝算があるのかと思っていた。しかしゆかりはそれを否定した。元々軍人ではないただのサラリーマンである日向はろくに死ぬ覚悟も決めぬ間に白百合に乗り込んでしまっていた。

 困惑し半ば涙を浮かべつつある日向の顔を見て皆が吹き出す。

「時間もありませんし、意地悪もこのくらいにして簡単に説明しますと、今回の戦闘でこの艦が沈むことはありません。今回の戦闘の趣旨は新型艦のお披露目と言ったところでしょうか。宇宙戦闘では新型艦の進水式でこのようなイベントを行うことがあるのです。だからお互いに相手に損傷を与えないという暗黙の了解があるんです」

 少し残念そうな顔でゆかりが説明した。

「当てちまったら国際問題になるだろうな」

「勝ちも新型艦に譲ってくれるんだよね」

「と言うわけで勝算は『百パーセント勝てる』なんです」

「その代わり相手艦は無傷であたしたちの戦力を探ることが出来るんです」

 瑠璃川が補足する。

「じゃぁ余裕で勝たせて貰えるんですね?」

「いえ、そう言うわけではありません」

 安心を得るために何気なく聞き返した日向の言葉は否定された。

「先ほども言ったように相手はこちらの戦力を探ってきます。そこで得た情報は次以降の戦闘で活かされることとなるでしょう。つまり、できるだけ実力を隠して戦いつつ、相手に引き下がって貰わないといけないのです。わざと負けて、こちらの戦力を隠すようなことも出来ません」

「そんなことして沈められても文句言えないもんな」

「では作戦を決める前に、確認しておきたいのですが。南さん、この艦は何秒程度全力で戦うことが出来ますか? リミット状態のプロセッサが一番熱い状態からの計算でお願いします」

 勝てることがわかり僅かに気を抜いていた日向は、急に話を振られ心臓が波打った。

 現在この艦が性能を十分に発揮出来ていない理由の一つとして、メインプロセッサの発熱があった。冷却性能が追いつかず、フル稼働では数十秒しか動作させることが出来なかった。

 カバンからノートパソコンを取り出し、評価データを確認する。合わせて素子のデータシートを取り出した。最大負荷時の損失と熱抵抗から素子温度を割り出す。

「二十七秒ってところですね」

 マージンが積まれているはずなので、おそらくはもう少し長くても問題なかったが、日向は確実な数字を提示した。


「では何秒フル稼働状態を見せるのか。みんなの意見を教えてください」

「私は時間制限いっぱいまで動かすべきだと思う。あまりの戦力差を見せつければしばらく戦闘にならないだろう」

「それじゃぁもし戦闘になったとき、完全に対策立てられてて戦えないよ。できるだけ短くして隠した方がいいんじゃないかな」

「短すぎても相手は引き下がってくれませんよ。間を取って十秒くらいでどうですか?」

 各自が思い思いの意見を述べていく。しかし日向は議論に違和感を感じていた。誰もが何秒戦力を見せるのかという議論しかしていない。何も案がなく、最終的に折衷案として出すのならば日向にも理解できたが、結局は白百合の特殊な性能を晒すこと自体が大前提であった。これまで多くの問題に遭遇し、頭を悩ませてきた日向には考えることさえ放棄しているようにも見える。熱心にシミュレーションをしていた翠でさえまともな作戦を提示しようとはしなかった。

「なんで秒数の議論しかしていないんですか? もっと他に作戦を考えるとか状況を分析するとか他にもやるべきことがあるでしょう?」

 溜まりかねた日向は口を挟んだ。

 もしかしたら彼女達は既に近い将来の自分たちの死を覚悟しているのかもしれない。不完全な艦に乗せられ、幾度となく繰り返したシミュレーションで、自分たちの負ける様を完膚無きまでに見せつけられたのだ。その結果、考えることすら放棄してしまっている。あのシミュレーションはただの逃避。努力したことを、全力を尽くしたことを自分へ言い聞かすためのものなのだ。

「そうは言いいますが、持久力に欠けているこの艦では、まともな戦略なんて立てようがありません」

 ゆかりは極めて落ち着いた口調で返したが、冷静に状況を把握しようとしている日向には僅かに震えていることが見て取れた。

「リミッター解除して奇襲するのが一番確実だよな」

「初見ではまず対処出来ませんからね」

「なら、なおのこと艦の特徴を隠し通すべきです」

「どうやってだよ。それがあったら苦労しないよ」

 言われ言い淀む。何か良い方法がないだろうか。どんな問題でも何かしらの妥当な解決策があるはずだ。悩む日向をよそに、四人は再び議論を再開した。


 議論が二十秒の折衷案に収束しかけた頃、日向はやっと一つの案を思いついた。時間は戦闘開始二十分前。幸い、まだ多少の余裕のある時間だった。

「……という作戦です」

「そんなことホントにできるのかよ」

 翠は荒い口調で言った。既に敬語を忘れるほどに苛立っているようだった。

「この艦の性能なら理論上は出来るはずだよ。エネルギーのチャージ時間は速度に依存するわけだし」

「ではその作戦で行きましょう。一つでもまともな案があるなら、試さないわけにはいきません。玉置さんと木月さんは細かい作戦の見積もりをお願いします。瑠璃川さんは作戦に合わせて、各パラメータの調整をお願いします」

 ゆかりは深い息とともに体を椅子に預けた。


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