それは異世界から召喚された国王陛下の正妃ですか? ……いいえ、これは巫女です
ハーレムなんて言葉、概念すべて消えればいい。
彼女――メルは本気でそう思っていた。
数年前、初めて付き合った初恋の相手の裏切りで。ありていに言えば浮気をされた。浮気というよりも相手の『ハーレム』の、一員にされていた。一番ならまだ、まだ幾ばくかマシだっただろう。浮気に腹こそ立つだろうが、多少の慰めにはなったのかもしれない。
序列は十番目だった。
十人いる『彼女』のうちの、十番目。
つまり最下位。
最高でも十人としか付き合わないよー、といっていた彼は、笑顔で十番目である彼女を切り捨てた。そして新しい彼女を作り、以来ずっと、自身が捨てた少女には見向きもしない。
なんでよ。
最初の頃はそういって、悔しさで泣き崩れた。どこに至らないところがあったのか、必死に考えて泣いた。言動はどうあれ好きになった相手のことを、責めたくなかった。
「……若かったわぁ」
今の彼女は、あの頃の自分をそう表現する。
そう、若かった。若く甘かった。どうして底で自分を否定し自分を責める、そんな思考回路になってしまったのだろうか。どうして今の強さがあの頃になかったのだろうか、あれば相手の急所を、その日がんばってはいていったヒールの高い靴で踏み潰してやったものを。
思い出すだけでイライラする。自分の甘さ、相手のクズさ。
まぁ、問題はなかった。どうせあんなことを続けているアホなのだから、そのうちどこぞの週刊誌の三面記事でもにぎわすだろう。その時、腹を抱えて笑ってやろうと思っていた。
ちなみに、若いといっても彼女は現在十七歳。
手ひどい裏切りを受けたのは、半年ほど前の話である。
「あ、あのぉ」
遠い目をして、くっくっく、と笑う彼女を、不安そうに見る少女がいた。まだ十二歳ほどになったばかりだという、金髪碧眼の、絵に描いたような美少女である。
レカという名の少女は、侍女だ。
自然に囲まれた美しい大国の美しい王城の、美しい女が住まう後宮にいる、メルの世話をするためにここに来た貴族令嬢、らしい。メルはそこらへんの知識に疎く、よくわからないが。
「メルさま、本当にやるんですかぁ?」
「あったりまえじゃない。どーせ帰れないんだから、手に職つけてひとり立ちするのよ。誰が誰が誰が! あんな! 人に精神的ブラクラ&セクハラをするクソヤロウに添うもんですか」
メル――坂崎芽流という、地元の高校に通う三年生だった彼女は叫んだ。
「Noハーレム、No一夫多妻。ハーレム野郎は女の敵! あたしゃ、もうそういう男と接点を持つことすら嫌なのよ! ここにいたくない! 正妃とか冗談じゃないわ……っ!」
■ □ ■
半月ほど前。
坂崎芽流は親戚が管理する神社でのバイト中、異世界に迷い込んだ。
召喚された、ということのようだった。メルからすると、寝巻き――ジャージとかじゃなくてよかったと思ったし、後々バイト中で最高によかったとも考えた。
彼女のバイトは巫女さん。
つまり、赤袴の絵に描いたような巫女服だったのだ。
いつものように掃除をしていて、いきなり落ちた。落ちた先は謁見の間。ゲームなんかでよく見た『おお勇者よ!』みたいなところだわ、とメルは真っ先に思う。違うところをあげるとすれば、王様が座っているべき場所に、むしろ王子といった若い青年がいたことだろう。
召喚という『正式な手続き』を持って呼ばれたせいか、言葉は通じた。
曰く――メルは、目の前にいる国王陛下の、正妃として呼ばれたのだという。要するに一方通行の召喚で、元の世界には帰れない。理由は、この魔術が異世界対応ではないことだ。
そもそも、と儀式を執り行った、絵に描いたようないでたちの魔術師が言う。召喚は毎回正妃を選ぶのに使われていた、由緒のある、そしてきわめて完成された魔術。これまで千年以上にわたって何度となく召喚されたが、異世界から来たのはメルが初めてだったというのだ。
つまり、メルの召喚はある種の事故のようなもの。
想定されていないゆえ、返すことができない。
彼氏の裏切りのダメージが抜け切っていないメルは、はぁそうですか、と答えた。あの男に会わなくて住むようになるなら、それはそれでいいかもなと、思ったことは否定できない。
知らない相手の正妃――要するに結婚するのは、多少のためらいはあった。
でも、目の前にいる国王は温和そうに笑っていて、この人ならいいかな、とミーハー気味に少し頬を染めたりして。そんな自分を、後の彼女は殺したいとすら思うのだが。
『では、まずは側室の方々とご挨拶を』
『はい?』
側室。それか古今東西の王が、こっそり抱えた公式な浮気相手。
――と、メルは思っている。もちろんそうすることに、それなりの理由があることはちゃんとわかっているが。しかしあの一件以降、どうしてもそういうものに嫌悪感が付きまとう。
しかし、それを口には出さない。異国どころか異世界だ。ヘタなことをいうと、首が物理的に飛んでしまう可能性もある。元の世界に帰れないからといって、死にたいわけでもない。
そう、王族は世継ぎという問題がある。
だから複数の妻に、複数の子を産ませるのは仕方がないこと。
だが、その『数』がメルのトラウマをたたき起こした。
この若き国王、二十五歳だという彼にいる側室の人数は全部で九人。メルを入れたら彼の妻は十人になる。それを知ったのは、通された部屋で一夜を過ごした次の日のことだった。
朝食に呼ばれたメルはドレスを着せられて、国王と側室がまつ広間に通されたが。
――また十番目か!
一瞬で自分の序列を理解した。どいつもこいつも、美人ぞろい。胸があり、腰がくびれ、手足はすらっとしている金髪茶髪の美女美少女が、それぞれによく似合うドレスを着てずらりと九人座っていた。あぁ、召喚されたというその要素以外、何一つ勝てる気がしない。
引きつった笑みを必死に浮かべ、メルは国王に『嘘』を告げる。
実はわたくしめは、神に遣わされた巫女。
正妃――つまり、純潔を失う関係を持つことはできませぬ、と。
あぁ、前の日に時代劇を見ていてよかった。登場人物であったいいとこのお嬢様の口調を必死に真似て答えれば、何となくそれっぽい感じがした。ような気もする。とっさにでっちあげたデマカセに、しかし国王は神に仕える身ならば仕方がないと正妃の話を白紙に。
かくして正妃として呼ばれた彼女は、神が遣わした姫巫女となり。
いやいやながらも、後宮での生活を送ることになったのだ。
■ □ ■
さて、件の国王陛下は何をしているのかというと。
「……なぁ、見たかい、アレを」
後宮がよく見える執務室から、黒髪の少女をじっと見て。
「あぁ、面白い。囲って正解だった。あれは誰にもやれないなぁ……くっくっ」
重い剣を持ち上げることすらままならず、地面に崩れる彼女を笑っていた。傍らには部下の青年が立っているが、その目は国王に対し実に冷ややかなものである。
彼が姫巫女を名乗る少女に強いた、ある仕事を知っているからだ。
姫巫女の仕事は一つ、王や側室のために祈祷することだ。
彼女は少し前に取り寄せさせた、神聖な樹木の枝を使って祈祷をする。しゃん、しゃん、と左右に振りながら目を閉じ、何かを早口でぼそぼそ言うだけ。しかしこちらに来た時のあの衣服を身に着けて行うそれは祈祷というより、神すら降ろすような神事の如き雰囲気があった。
残念なのは、彼女が必死に祈るその前にいるのは、全身に赤い花を散らし、裸のまま国王に寄り添う側室の誰かであること。要するに、姫巫女は熱い夜を過ごした夫婦の寝床に朝早くから出かけて、その雰囲気を消そうともしない二人を前に、神に祈りを捧げているのだ。
早くお子を授かるように、という名目で。
とはいえ。
「お前、側室に『薬』を飲ませているだろう」
「あぁ……そういえばそうだったね」
「じゃあ、姫巫女に何であんなことをさせる。どうせ、子供はできないのに」
そういうと、国王はにやりと笑った。あぁろくな返事がこない、と青年は思う。幼馴染という関係で結ばれた二人だが、青年はどうしても若くして一国を背負う彼が理解できなかった。
九人の側室は、国王からすると勝手に城に住んでいる何か、でしかなかった。
代々、この国の正妃は召喚により、城に招くことが決まっている。召喚は術者の力よりも神の力に頼る部分が大きく、召喚された娘は『神に選ばれた娘』ともいえるのだ。王位を継ぐことができるのは正妃の子だけで、側室が何十人と子を産もうとも、王族とすら数えない。
……ということは、わりと有名な話だ。
それでも、この国は後宮を閉ざすことができないでいる。子供さえできれば、強引に押し付けられた正妃など取るに足らないと、そう貴族は思っているのかもしれない。
だが。
「勝手に人の家にすんでいる以上、同じようなものだよね」
若き国王は笑い、今頃は彼を喜ばせるために策を講じる九人を思う。彼女らの元には定期的に国王名義でいろいろと、食べ物が差し入れられていた。それらには薬が、子ができなくなる薬が混ぜられている。一定期間服用をやめればよく、毎月来るものも来るという代物だ。
得られもしない子と愛を求め、あがく姿は見ていて楽しい。
彼女らは喜んでいる。正妃として招かれた彼女、メルがその座を拒否したことを。もしかすると他国のように、自分達から選ばれるかもしれないと期待をしているのだ。その浅ましさは実に面白い。面白くておなかが痛くなりそうだと、彼は傍らにいる青年に語る。
「あぁ、また転んだ。剣とか、そういう武術は向いていないのに。刺繍もできない、繕い物もできない。そんなんじゃここから飛び出して、一人で生きるなんて無理だよ、メル」
国王は姫巫女に、好きなようにさせていた。
刺繍を覚えたいと言えば道具を揃え、剣術を覚えたいといえば女性騎士を使わした。これまでそうやって彼女の願いを、ただただ静かに叶え続けた――彼の真意は、誰にもわからない。
ただ、青年がちらりと見た彼の横顔は、実に楽しそうだった。
必死に剣を降ろうとする姫巫女を、楽しげに――慈しむように見ていた。そして、未だほとんど会話も交わしていない、かつて巫女を名乗った少女の行く末を憂う。
神の使いだの、巫女だのという話を、少なくともこの場にいる二人は信じていない。仮にそれが真実であったにせよ、正妃を求めた魔術の結果なのだから、彼女こそが正妃なのだ。
それに、あんな引きつった青い顔では、真実も嘘になる。
偽りを知りながら、国王という座に立つ彼は、少女をこの場所につないだ。できればそれをさせた感情が興味などではなく、一目ぼれというものであればいいと。彼は願った。
この後、姫巫女メルが一人で生きていく力を身に着けたかどうかは、定かではない。唯一ついえることがあるとすれば、彼女はある日脱走を企てて国王に捕らえられてしまい――。
『違うもん! あたしは巫女でっ、正妃じゃないっ!』
『はいはい。うるさい口はふさいじゃおうか。おとなしく僕のものになりなさい』
『いやだあああああああ』
などというやり取りの末に巫女として必要なものを、巫女を名乗るならば失ってはいけないたった一つのそれを、数日ほど費やして丁寧に奪われることになったことだ。
そして当初の役割に戻され、子宝にも恵まれることを。
「いいなぁ……ああいうの、すっごくかわいい。あの目がね、ぬれて、僕だけを見るようになったら最高だ。それでいて屈しない。後宮のあばずれとは違う、あの黒い目が素敵だ。それを屈服させたいと思うのは当然だろう? くっくっ、かわいいなぁ、メルは。ほんとかわいい」
「……」
こいつ人間じゃねぇ、悪魔だ、という声を含む視線を向けられている。
国王陛下本人だけはきっと、知っていた。
メル(17)
姫巫女さま。本名は坂崎芽流。ごく普通の女子高生だった。
最初は反発するも、だんだん国王を好きになっていく。
しかし巫女となったことで正妃どころか側室でもない→十番目ですらないと気づく。
自分から言い出した手前どうにもならず、耐え切れずに逃亡を決意。
……が、即効つかまってそのまま美味しく頂かれた。
国王陛下(25)
九人の側室を持ち、主人公を正妃として召喚した一国の主。名前決めてない。
主人公曰く絶世の美男子。男しても、王としても、申し分ないイケてる男。
最初は無自覚の一目ぼれと興味だったが、だんだん主人公を好きになっていく。
いつ素直になるかなーとやきもきしていたら脱走騒動。そして溺愛スイッチがオンに。
その後、側室は全部実家に帰し、主人公を正妃に迎えて愛でる日々。
……というのを書こうと思いましたが、需要と書く暇が無さそうなのではしょりました。