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『その頃フィリーは』前編

<『愛していると言わない』声を大にして言いたい(レグナ編)、『王妃付き侍女ルッティの秘密の小部屋』その13補完話>

(本編より明らかにルッティ番外編よりな話なので、気を付けて読んでください)



▼▼▼▼▼



―――後宮を侵入者が襲撃した


 その報告を受けた時、フィリーは血の気のひく感覚というものを久々に味わった。


「―――に侵入者は逃走し、王妃様を始め数名が軽傷を負っただけで被害は…陛下?」


 報告を続けていたウォルフはそこでようやくフィリーの様子が可笑しい事に気が付く。顔は青ざめ、心ここにあらずと言った様子に声をかけると、今度は目を見開いてこちらに詰め寄ってくる。


「怪我を?!容態は!?」

「え?いや、ですからっ」

「いや、俺がすぐ後宮に―――」


 何やら冷静ないつもと全く違う態度に、ウォルフが目を白黒させていると、場にそぐわぬ軽い声が二人の間に割って入った。


「はい、ストーップ!」


 本来、低い声のはずの声を無理やり高くしたオーギュストの声は、その言葉遣いも相まって微妙にいつでも違和感を覚えさせる。


「フィリーったら、ウォルフの言葉をちゃんと聞いていない訳?『軽傷』っていってたでしょ?」

「だが、襲われたんだぞ?身体的には軽傷かもしれないが、精神的には大きな傷を負ったかもしれないじゃないか」


 ともかく、すぐに後宮へ行くと言って執務室を出て行こうとするフィリーの行動を先読みしたかのように、オーギュストが扉の前に立ちふさがってそれを阻止する。


「行きたければ行ってもいいけど、とりあえずは仕事を終わらせなさい。巫女に付き合ったせいで、今日は全然仕事が捗ってないの分かっているわよね?」

「……だが」

「『だが』じゃないの。いっとくけど、それ以上ガタガタぬかすようなら、あたしにも考えがあるわよ?」


 言いながら、何処に隠し持っていたのか数冊の本をフィリーの前の突き付けるオーギュスト。それを見て、フィリーの眉間の皺が深く刻まれた。


「何だ、これは?」

「すごいでしょ?ルッティちゃんに触発されて色々調べまわって集めた、世界王陛下がモデルと思わしき妄想小説の数々よ!」


 煌びやかな表紙には金髪碧眼の美青年と、様々な男たちが絡んでいる表紙が見て取れる。

 その手の妄想には長年付き合わされてきているフィリーであり、いい加減、呆れ気味であまり気にしていないつもりではあるが、こうもあからさまな物を突き付けられるとあまりいい気はしないものである。

 アイルフィーダへの心配も重なり、急激に機嫌が悪くなるフィリーはパチリと指を一つ鳴らすと、魔導でオーギュストが手に持っていた本を一瞬で燃やしてしまう。


「きゃー!私のコレクションになんてことすんのよ!!」

「黙れ。そんなもん、俺の前に晒すな」

「いいわよ、いいわよ!あたしにそんな態度とるんだったら、こういう小説をアイルちゃんに見せちゃうんだから!」

「はあ?」


 意味が分かららないと言った風にフィリーは声を出した。


「いっとくけど、大体がアンタが『受け』の設定の小説ばっかりだからね!自分の夫が他の男に組み敷かれている小説見て、アイルちゃんはどう思うかしらねぇ?」

「オーギュスト…お前、また、そんなくだらないことを思いついて…そんな事して俺が黙っていると思っているんだろうな?」

「いいわよ!やれるもんなら、やってみなさいよ!どうせ、あんたに虐げられているのは日常茶飯事だもの。偶にはあたしだってあんたに嫌がらせの一つでもしてやりたいってもんよ!」


 『アイルちゃんの反応が楽しみだわ』と言って、口笛を鳴らすオーギュストにフィリーはギリリと歯を噛みしめる。どうやら、アイルフィーダに自分が男に攻められている描写のある小説を見られるのは、本気で嫌らしい。


(まあ、その気持ちは分からないでもないけど)


 普段は頼りになる主と先輩の、微妙に子供じみた喧嘩を生ぬるく見つめながらウォルフは日常的に出そうになる溜息を噛み殺す。

 アイルフィーダが絡むとどうにも人間臭くなるというか、子供のように感情のコントロールが利かなくなるフィリー。それを更に大人げない方法でからかい、利用するオーギュスト。

 どっちもどっちだよなぁと、呆れ半分で思いつつ、ウォルフは苦笑いをするほかなかった。



 ちなみにフィリーは結局、仕事を放り投げて後宮へと急いだが、後宮から戻った後は夜を徹して仕事を片付けた。

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