『ルッティ、再び部屋を覗く…の巻。』
<愛していると言わない 第八章直後>(ルッティ視点なので、本編とは全く雰囲気が違いま・・・というか、ルッティ番外編を見ていないと何が何やら分からない小話です)
ルッティは今、胸を大きく高鳴らせて、手に汗を握っていた。
(よし!陛下、そこでアイルフィーダ様を引き寄せて、ギュっといって下さい!ギュっと!!)
その理由は目の前と言いうか、こっそり扉の隙間から見える世界王と王妃が繰り広げる光景。
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後宮でアイルフィーダに退出するよう言われて、一度は大人しくその指示に従ったルッティだったが、そのネタ(?)萌え(?)に対する執着が成せる業か、胸騒ぎを覚えた彼女が再びアイルフィーダの部屋を伺えば、そこはもぬけの殻ではないか!
それを見てルッティの第六感が叫びをあげた。
(アイルフィーダ様は陛下の所に違いない!)
思い至れば、後は躊躇うことなく世界王の執務室に全力疾走するだけ。とはいうものの、ルッティも一応は常識のある侍女の一人。
いくら欲望がそれを上回ろうとも、城内を全力疾走している所を女官長などに見られた日には、この美味しい役職を奪われてしまう。
ルッティは決して走り出すことはせず、だけど、自分ができる最高の早歩きで城内を颯爽と横切り、かくして肩でゼイゼイと呼吸を乱しながらその場所に辿り着いた。だが、そこには―――
「王妃様の侍女殿ではないですか」
ずらりとフィリーの側近たちが雁首揃えて、執務室の扉の前にへばりついていたのだ。それを見て、とりあえずルッティは自分が完全に出遅れていることを察した。
「あ、あの―――」
しかし、何と言ってその覗きの仲間に自分を入れてくれと言ったものかと言い淀むと、オーギュストが爽やかすぎる笑みを浮かべて、扉の前から一歩離れた。
それを見てルッティはその扉に飛びつきたい衝動を抑えるのに苦労する。何故なら、どう見ても彼らも出歯亀をしているようで、扉は薄らと開いているのだ。
「王妃様がいらっしゃらずにご心配されたんですね?ええ、こちらに今、陛下と一緒にいらっしゃいますよ」
「そ、そうですか…」
直感通りアイルフィーダはフィリーと一緒にいることを知ると、ルッティはいよいよその光景が見たくてうずうずが我慢できなくなってくる。
何しろ、これまでフィリーに会いたいなどと言ったことがなかったアイルフィーダが、強くそれを希望したのだ。何かがあるに違いない。
だが、さすがに筆頭秘書官と近衛隊長の前で(先日はうっかりその近衛隊長の前で失態を犯したが)、本性をむき出しにして警戒をされても困る。彼らは現在進行形でルッティにとってはかっこうの獲物であるには違いないのだ。
部屋の中がどうなっているかは見たいが、それが躊躇われる状況にモンモンとするしかないでいると、意外な所から助けが入る。
「……中に王妃様がいるのを確認できないと、落ち着きませんか?」
「え!?」
それを発したのは、ルッティがその存在に全く気が付かないほど気配を感じなかった、文官ウォルフ。どうやら、ルッティの落ち着きのない様子を只管に良い方に解釈してくれたらしい。
(それとも、彼は私が小説を書いているのを知っているから、ネタのために協力してくれたのかしら?)
何にしてもグッジョブと親指を立てて彼に感謝の意を示したいところだが、オーギュストたちの手前それもできない。控えめに笑いながら、王妃の大人しい侍女を気取る。
「ええ、はい。やはり、お姿がを見れないと安心できなくて―――」
「そうですか…では、こちらからどうぞ」
覗き見をこうも慇懃無礼に勧められる経験というにもそうはない。扉に張り付いていた、オーギュストやレグナも離れ、ルッティはその場所を独占することが可能となり、はやる気持ちを抑えて静々と息を殺して中を伺う…と。
(え~?何よ…てっきりピンクな雰囲気を期待してたのに…意外とシリアスな場面なの?)
どんな光景を期待していたかは自粛させて頂くが、互いに張りつめたような表情で何を話しているかはルッティには聞こえないが、言葉を交わす二人に聊か失礼すぎる感想を抱くルッティ。
だが、そんな様子が通り過ぎると、いよいよルッティは興奮しだした。
(何?何?あんな笑顔の陛下は初めて見るわ!!少年のような笑顔!!!素敵!ああ、アイルフィーダ様のあの凛々しい笑顔もまた…ホウ)
これまでルッティが中々お目にかかれなかったレアな二人の表情に思わず鼻息が荒くなり、そして冒頭の二人が手を握り合う光景となりルッティの興奮は最高潮に達していた。
(さあ、そこで陛下、アイルフィーダ様を引き寄せて!ギュッといって、ガッと押し倒してくださいませ!!)
暴走というか、妄想爆走するルッティだが、その想像はあながち外れではなかった。手を握ったまま、ニヤリと口角を上げたフィリーがアイルフィーダと繋がれている手を引っ張るような仕草を見せたのだ。
(キイヤヤ!)
思わず握りしめた手に一層の力が入り、心の中でとんでもない叫びが上がる。
だが―――まるで、それを予想していたかのようにアイルフィーダはフィリーの引っ張られることもなく、その場で踏ん張ってしまうとさっさと繋がれた手を解き、こちらも見たことがないくらい明るくも、ちょっとだけ意地悪そうな笑顔を浮かべたのだ。
(なるほど、アイルフィーダ様ったら、焦らしというやつですか!)
酷く悔しげなフィリーの様子に、溌剌した笑顔のアイルフィーダ。今までにない光景はルッティの妄想神経を酷く刺激した。
(ああ!新しい展開が私を待っている!)
真実はルッティの妄想とはかなりかけ離れたものであるにもかかわらず、酷く満たされた気分で彼女はその後、二人が部屋を出ようとする時まで出歯亀を続けていた。
その背後から生ぬるい男たちの視線があることも忘れて。
ルッティはまだ知らない。
確かにこの後、新しい展開が待ち構えてはいるのだが、まさか、それが自分の書いている妄想小説が大きく関わる大事件に発展していくことなど……。
副題のネーミングセンスが欲しいです…。




