『花嫁衣裳』
<アイルフィーダが嫁いでくる前のフィリーと愉快な仲間たち>(ウォルフは今の所、ルッティ番外編で活躍中のオーギュストの部下です)
……はたしてこんなやり取りが本当にあったかどうかは、ご想像にお任せします。
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「フィリー、あんた、自分がもんのすごい忙しい立場にあるのは、理解しているのかしら?」
ほんのり青筋を立てながら、低い声にオネエ口調がトレードマークのオーギュストの言葉に、呼ばれたフィリーではなく隣で仕事をしていたウォルフがびくついた。
現在、3人がいるのは世界王フィリーの執務室。
世界王であるフィリーがこなす仕事は多岐にわたり一人で処理するのは大変であるため、彼付きの秘書官であるオーギュストやウォルフがその補助をするためにこの部屋で共に仕事をする。
常は仕事の早いフィリーにウォルフは付いていくのがやっとなのだが、ここ数日、主の仕事は滞っていた。少なくともこの奇妙な上司がほんのり青筋を立てるくらいには。
しかし、この奇妙な上司にして、この主ありなのだ。
ウォルフなら震えあがりそうな怒りっぷりのオーギュスト相手でも、フィリーは手をひらひらと振るだけだ。
「分かっている。だから、時間が迫っているものは片付けただろう」
「こんの少しだけね!!あんた、自分の机の上に積み上げられた書類の高さを見なさい!!」
言いながらオーギュストが突き付けた書類は実に数枚。対してフィリーの机の上にはその数百倍もの書類が高々と積み上がっている。
(ああ!先輩が勢いよく机にぶつかるから、せっかく積み上げた書類が崩れた!!)
嘆きながらその書類をせっせと拾うしかないウォルフとは対照的に、フィリーはちらりとその書類を『見た』だけで、元々彼が熱心に見ていた本に視線を戻してしまう。
「フィリー!!」
「何だ?お前が見ろって言うから見ただろう」
「屁理屈はやめなさい!大体、あんたが着る訳じゃないのに、どんだけ花嫁衣装のデザインに悩めば気が済むのよ!!」
そう。フィリーが仕事そっちのけで見ているのは花嫁衣装のカタログ。それも一冊ではなく、数十冊とあるそれを彼はここ数日ひたすら見続けて、ああでもない、こうでもないと悩んでいるのだ。
それというのも、あと数か月後にやってくるオルロック・ファシズ出身の王妃となる女性のため。
その話を聞いた時も驚いたものだが、その嫁いでくる女性のために世界王自らが花嫁衣装を選んだり、後宮の内装に口を出したりすることにウォルフは驚きつつも、普段は近寄りがたい主の人間らしいところが見れた様な気がして微笑ましく思っていた。
(まさか、仕事に支障をきたすほどとは思っていなかったけど)
オーギュストによれば、嫁いでくるのはフィリーがオルロック・ファシズにいた時の知り合いらしい。
(まさか、初恋の人とかなのか?……なんか、そんな物語みたいな純粋な展開、陛下には似合わないような)
勝手に憶測して、そんな風に非常に失礼なことを思いつつ、やっと拾い終わった書類を再び机に積み上げると、一方的にヒートアップしていたオーギュストが再び爆発した。
「もう、頭にきた!!没収よ没収!!!」
言いながら机を乗り越えてフィリーからカタログを奪うオーギュストに再び書類が雪崩をおこした。
「おい、何をする!」
「アイルちゃんのためと思って、しばらく我慢してたけどこれ以上は後々に支障をきたすわ!!」
それを取り返そうとするフィリーと、返さないオーギュスト。
城内では通るだけで、女性たちがうっとりとした溜息をもらす二人のあまりの子供っぽい様子にウォルフは引きつった笑みを浮かべるしかない。
こういった状況で二人を止めようとして、ここ数日何度痛い目に遭ったことか。
(まさか、陛下がこんなに子供っぽくなろうとは…まあ、あまりにしっかりしているから忘れてたけど、陛下は俺とそう年齢も変わらない年齢だし。これはこれで年相応なのか?)
二人が落ち着いたら書類を拾おうと思いつつ、どうみても大人の男がする言い合いではない言葉の応酬を生ぬるい視線で見守っていたが、その終焉はオーギュスト渾身の一撃で訪れた。
「これ以上仕事をしないようだと結婚後もこれを片付けるまでは、後宮に立ち入り禁止にするわよ!!!」
その言葉に音を立てて固まるフィリー。
「……」
僅かな沈黙後、何も発しないまま机の上に散らばる書類に目を通しだす。
そのあまりの変わり身の早さに仕事をするように仕向けたオーギュストですら、目が点になる。
かくして、新しいフィリーの操縦法を手に入れたオーギュストは無事に全ての仕事をさせることに成功したのであったが、王妃が嫁いでからの事を考えると微妙に気が重いような気がしてならなかった。
ウォルフも不気味すぎる主の姿に、何とも言えない感情を抱いた。
ちなみにものすごい勢いで仕事をこなしたフィリーは、プライベートな時間は心行くまで花嫁衣装を選んだとか、選んでないとか……。




