『それはいつかの世界王と巫女のお話』
<バレンタインデー企画?…どっかの未来にあるかもしれないお話>
「アイルフィーダ様!!!」
それはここ最近では珍しく、とりたてて会う人もいなければ出席しないといけない行事もない、アイルフィーダにとっては休日に等しいある日だった。
たまには後宮に引きこもってごろごろして過ごそうと思っていた所に、ルッティが彼女の名前を叫びながら部屋に入ってきた。
「ど、どうしたの、ルッティ?」
「今日はアティナ祭ですが陛下に何か贈り物を準備されましたか?!!!」
押し倒さんばかりに詰め寄られた上に、全く理解不能なことを言われてアイルフィーダは目を白黒させる。
「な、何の話??」
「は!!!まさか、ご存じない!?私としたことが何という失態!!そうですわよね、オルロック・ファシズには無い行事ですもの、ご存じなくても無理はないですわよね。ああ、今からでは大したものしか準備できませんわ!!折角のお二人の愛の記録が大したものじゃない贈り物で彩られるなんて、私、一生の不覚です!!」
(『愛の記録』って、他人のそれにどうしてここまでの情熱を燃やせるのかしら?)
ハンカチを噛みしめつつ悔しがるルッティにそんな冷静な感想を抱きつつ、ここで何か言って刺激をしない方がいいことは経験済みなので、とりあえず放っておくアイルフィーダ。
かくして、しばらく放っておいて落ち着いたところでルッティのアティナ祭講座が始まった。
「『アティナ祭』というのは第6代世界王の巫女ファルマータ様の伝説が元になったお祭というか行事なんです。」
そう言ってルッティが話し出した伝説は簡単に言えば、巫女ファルマータと当時の世界王ガナの愛の物語というやつらしい。
物語は相思相愛だったが二人の間に子宝が恵まれなかったらしいところから始まる。
世界王と巫女の間に子供が生まれない、それはすなわち次代の世界王がいないということに他ならず、教会は子が産めぬ巫女を退位させ新しい巫女を選出することを世界王に進言した。
ガナは迷ったが、世界王を絶やすことを許容できるはずもなく、泣く泣くファルマータに代わる新しい巫女を選ぶことを決めた。
それを聞いたファルマータは子供を作れぬ自分を責め姿を消してしまう。ガナへの愛と神への信仰心の証として、彼女が好きだった星の花という別名を持つアティナという花だけを残して。
かくして、ガナも不眠不休で消えたファルマータを探し続けたが、彼女が見つかることはなく、ただただ彼女の安否だけを彼女が残したアティファを抱きしめ神に願った。
そして、三か月後、奇跡は起こった。
消えたファルマータがその腕に金髪碧眼の赤子を抱いて、ガナの元に帰ってきたのだ。金髪碧眼、それは世界王にのみ許された色、そしてその胸には間違いなく世界王の証を宿して。
二人の愛と信仰心に心打たれた神が奇跡を起こしたのである。
「その御子は第七代世界王ユーグリッタ様となり、ファルマータ様は巫女を退位することなく、巫女としての一生をまっとうされました。今日はユーグリッタ様の誕生日であり、そして、同時にその両親であるガナ様とファルマータ様が奇跡を起こされた日でもあるのです」
「へ~」
色々と勉強はしているものの、アイルフィーダもまだまだこの手の話の全てを知っている訳ではなく、純粋にルッティの話に聞き入る。
「その日が後世になり、大切な人への愛と神への信仰心を確かめる日として、お二人の愛の証である花の名前から『アティナ祭』と名前が付けられ、恋人や夫婦の間ではアティナの花と一緒に贈り物などをして愛を確かめ合う日となった訳です」
片思いの場合はこの日をきっかけに告白をする日でもあると付け足すルッティの話を、他人事のように聞いている主に、やっと話を戻してルッティは詰め寄る。
「今日がその日なのに何の用意もしていないなんて!!陛下はきっとアイルフィーダ様に何か用意していますよ??いいんですか?」
「だって、知らなかったんだし仕方ないじゃない。それに何も物をあげるだけが愛の証じゃないでしょう。愛を確かめ合うってだけなら方法は色々―――あったかなぁ?ないわよね?あー贈り物探さないと…」
何も考えずに口にしていた言葉を、次第に表情を生き生きとさせていくルッティを前に変えていくアイルフィーダ。
だが、そんな主にお構いなしにルッティはフルスロットル状態となった。
「なるほど!そうですわよね、さすがアイルフィーダ様!!愛を確かめる方法は贈り物だけじゃありませんものね!!では、どういたしますか??今日は思い切ってアイルフィーダ様が封印されたあの寝衣をお出ししましょうか?」
「な…!あんな着衣として機能していないものをどうして着ないといけないのよ??」
ルッティの言葉に何を思い出したのか顔を赤らめるアイルフィーダ。
「愛を確かめるといえば…うふふ、変なこと私に言わせないで下さいよ!!ともかく、あれでしたら絶対に陛下も喜ばれること請け合いですわ」
「いやいやいや、ルッティさん?他にも色々と―――」
「さあ!そうと決まれば夜に向けて準備をいたしますわよぉ!!」
どうみてもその気のないアイルフィーダの声など全く聞こえないままルッティは彼女を引きずっていき、彼女の休日はルッティに付き合う事に費やされることとなった。
かくして、アイルフィーダがアティナ祭にどのようにしてフィリーと愛を確かめあったかは定かではないが、次の日、微妙に疲れた表情のアイルフィーダと上機嫌なフィリーにお褒めの言葉を貰ってご満悦なルッティがいたとか、いないとか。




