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『ある意味、これが間違いの始まり』

<八年前、とある平和なローズハウスでの一幕>




 その日、アイルフィーダは訪れたローズハウスで大人たちの話し相手となっていた時であった。


「早くお迎えがこんもんかねぇ」


 どうしてそんな言葉が急に話題に上がったのか理解できなかったが、唐突に呟かれた言葉はアイルフィーダが想像するところ縁起でもない発言に違いないはずなのに、とてもあっけらかんとした口調だった。


「そんな事言っている内は絶対にお迎えなんて来ないわよ。ポリエさん」


 どう返していいか戸惑っているとレイチェルが、これまた全く明るい口調で笑い飛ばした。

 事実、それを言ったポリエという女性はかなりの高齢ではあるものの、これまで病気一つしたことがないという強者だったりする。

 自力での歩行はできないため車椅子での生活を余儀なくされているが、丸々とした瞳と顔と頭はまるで絵にかいたような愛らしいお婆ちゃんといった感じで、アイルフィーダは見ているだけで癒された。


「だけどねぇ、旦那がいい加減、寂しがっているような気がするわぁ。もう、10年だからねぇ」


 ここにいる大人たちは夫婦でそろってという人も少なくないが、伴侶をすでに亡くしている人もいる。かなりの高齢者も多いため、それも仕方ない部分ではある。

 いつもニコニコと笑うしかしないポリエが、妙にしんみりとしていった言葉にアイルフィーダは彼女の傍に腰を下ろした。


「旦那さんは寂しがり屋だったの?」

「ああ?」


 どうやら耳が遠くて聞きとれなかったらしい。アイルフィーダは同じ言葉をもう一度、今度は大きな声で言った。すると、ポリエは大きく頷く。


「そう。そうなんだわ。でかい図体なのに、私がおらんと子供みたいに私を探し回るもんだから。いつも周りに散々からかわれとったわ」


 高齢になると皆、年齢相応に物忘れが激しくなる。ポリエもそれは例外ではなく、さっき食べた食事の内容も忘れてしまうが、誰しもが不思議と昔の事は良く覚えているものだった。


「そうなんだぁ。ポリエさんを愛していたんだね」

「ひゃひゃひゃ。そんな恥ずかしい事、言わんでええわ」


 しゃがれた声で笑いながら否定しているけれど、ポリエの声は嬉しそうだ。彼女は更に昔の事を語り出す。


「旦那は本当に馬鹿の一つ覚えみたいに、私の事を『愛している』と毎日のようにいっとったわ。んなもん、何回も言われたらありがたみもなくなるとっても、止めんでな」

「わあ!素敵じゃないですか!!羨ましいなぁ」


 まるで物語の中の夫婦のようなラブラブっぷりにアイルフィーダが感嘆の声を上げると、その背後から人影が現れる。


「何が羨ましいの?」

「あ、ニーア!今ね、ポリエさんの旦那さんの話を聞いていたの」


 現れたのは見た目は完ぺきな美少女だけど、実は少年というニーアことフィリー。今までローズハウスの住人と交流のなかった彼だが、アイルフィーダと友達になって以降、彼女を交えることで話に加わることも多くなった。

 そんな彼にアイルフィーダがポリエの話をすると、彼は愛らしい顔を大層顰めた。


「……私は嫌。面倒だし。ポリエさんが言うように、毎日言っていたら有難味もなくなるし。そんなの逆に信じられない気もする」

「え~?そうかな?私は普通に素敵だと思うけど。」


 フィリーの感想はあくまで男性としての立場から言われたものだが、当時、フィリーを男というよりは女友達の感覚で接していたアイルフィーダはそれに納得いかないようだ。

 彼女も当時はまだ夢見がちな乙女な部分もあったらしい。


「じゃあ、アイルは結婚したら相手に毎日愛しているって言われたいの?」

「うーん。別に強制はしないけど、言われたら嬉しいんじゃない?」


 結婚している自分など想像できないけど、ポリエの話を聞いて素敵だと思うのだから、嬉しいと思うのではないかとアイルフィーダは単純に考えて答える。

 それを聞いてフィリーは更に顔を顰め、信じられないと小言を漏らした。それに感じが悪いとアイルフィーダは怒る。

 そんな二人の他愛もない会話を聞きながら、ポリエはしゃがれた声で笑い続けていた。

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