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『その花言葉を知っていますか?』

<第五章後>




 色々あって疲れているはずなのに、興奮が冷めやらぬままフィリーと別れて寮に戻ってくると部屋の前に同い年の姉・エリーが仁王立ちしていた。

 寮の管理人の目は掻い潜れたけど、エリーの目は誤魔化せなかったようだ。私は顔を引きつらせつつ笑うしかない。


「アイル、夕飯も食べにこずに何処にいた?探したんだぞ」

「え?何か用だった??」


 とりあえずとぼけてみるが、それは火に油を注ぐ行為だと気が付くべきだった。


「私がそんなことを聞いているんじゃないことくらい分かっているな?」

「……はい」


 まさに猛獣に睨まれた小動物のごとく、私は気分的にかなり小さくなりながら返事をした。

 だけど、正直に話せる内容でもないので私は頷きながらも答えられずにいると、呆れたような溜息とともに姉が何かを取り出した。


「『今日の夜、お前の学校の裏門で待つ』…ねえ」


 そして、それを見ながら読み上げられた内容に私は頭が一瞬真っ白になる。


「なっ―――むぐう!!」


 思わず叫んだ私の口を冷静にふさぎながら、エリーはニコリと笑いながら囁く。


「とりあえず、廊下でする話でもないだろうから部屋に入ろうか?」


 顔は笑っていても目や声は微塵も笑っていないエリーの様子に、背中に冷や汗をかきながら私は頷く他なかった。



▼▼▼▼▼



 そして、私の部屋のはずなのに何故だか私は床に正座で、エリーがベットの上で足を組んでいるという変な状況が出来上がった。


「それで?この手紙の相手がアイルが恋している男か?」

「……まあ。一応っていうか!なんで勝手に人の手紙を読んでいるの!?」

「私は夕食に降りてこないアイルを心配して部屋の『前』にきたら、この手紙が落ちていたので拾っただけだ」


 …そういえば慌てて部屋を出たから、手紙をどこにやったのかすっかり忘れていた。


「寧ろ感謝して欲しいな。これが管理人にでも見られていたら、逢引がばれていた所だぞ?」

「あ、逢引ってそんなんじゃ」


 いよいよ旗色が悪くなって言い返す言葉もないけど、さっきのあれは【逢引】なんて色っぽい雰囲気は一切なかったはずだ。


「謙遜するな。まあ、恋が成就したことを教えてくれなかったことに、少し腹を立ててただけで、アイルが幸せなら別に私がいうは何もない。まあ、学生の内は節度を持って付き合ってほしいがな」


 成就なんてしてない…咄嗟に出てきそうな言葉をぐっと飲み込む。

 もし、これを否定したら、じゃあ、なんでこんな手紙があるのだと問いただされる。寮を抜け出している以上、会っているという事実は否定できない。だけど、その内容だけは絶対に言えるはずもない。

 そんな風に考えて黙り込んでいる私を、いいように解釈してエリーは話を進める。


「それにしてもアイルの相手は、ぞっこんなんだな」

「はあ?」


 【ぞっこん】!!なんという古い言葉だと思うと同時に、色々と相応しくない言葉に私は大きな口を開ける。


「だって、この匂い…」


 いいながらエリーは淡い水色の便箋を顔に近づける。それを見て私も思いだす。


「匂い?ああ!そういえばその便箋、すごいいい匂いがするでしょ?オシャレだなぁと思った!!」

「……アイル、私ですら知っている流行をしらんのか」

「流行?」


 ただのオシャレな便箋じゃん、と思っていた私は首を横に傾げた。すると再び呆れたような溜息が深くつかれる。…なによ。


「まあ、私も教えてもらっただけなんだが。最近は恋文に匂いをつけて、想いを託すというのが流行っているんだそうだ。その匂いの花の様々な花言葉によって、届けたい想いも違うらしい」

「へえ、コイブミ……恋文!?」


 一瞬、音だけでは意味が分からず、口に出して初めて意味を理解した私は大声を出して、思わず咽る。


「この匂いが何の花で、その花言葉までは私も知らないが、文面はそっけなくても、男がこんな風に想いを伝えようとするなんて、お前を想っていないとできないことだろう。良かったな、アイル」

「う、うん。ははっそうだね」


 本気で喜んでくれているらしいエリーには申し訳ないし、言われた言葉に戸惑いつつも私は返された手紙をまじまじと見やる。

 ただのオシャレな便箋が、妙に特別なものに見えて私の胸は高鳴った。


(…エリーが言っていることは本当?)


 淡い期待に似た感情を抱きながら、すぐに何の花の匂いなのか、そして、その花言葉を調べて、それを知った時、私は嬉しくてその晩は眠れなかった。



 かくして手紙を貰ってから八年後、もう色あせて匂いも消えてしまった手紙は、同じように捨てきれない私の恋情と一緒に<不入の荒地>を渡ることとなる。

 フィリーにとってはもしかしたら、何の他意もなく、意味も分からないまま、単に女子の間で流行っていた便箋を、何気なく使っただけのことだったかもしれないけれど、私にとってそれは大切な宝物になったのだ。

 その真実の意味を知るのは、もう少し後の事となるのだけれど、それはまた別の話。

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