『変態?それとも……』
<本編1-6(風呂場でフィリーが男子だと判明した)直後の話…たんなるバカ話です>
「二人とも~湯加減はどう?」
「ちょうどいいです!」
「着替え置いておくからね。上がったら着てちょうだい。」
「ありがとうございます!」
その声を聞いてレイチェルは脱衣所を後にした。
答えたのが妙に上ずったフィリー…いや、彼女にとってニーアの声だということに、アイルフィーダの声が全く聞こえないということに何一つ疑問を抱かずに。
レイチェルには想像もできなかったに違いない。
風呂場の中ではレイチェルがやってくる気配に、下着姿のアイルフィーダを羽交い絞めにしたまま、同じく下着姿のフィリーが風呂場に逃げ込み、冷や汗を流している姿など。
「ほう…行ったか。全く一難去ってまたいっち――ごほっ!」
かくしてレイチェルが何事もなく去っていたことに、小さく息を吐いた瞬間にフィリーは腹部に強烈な打撃を受けた。次いで視界がぐるりと一回転したかと思うと、背中を強打して息が詰まった。
「何落ち着いているのよ。この変態。」
一瞬何が何だか分からなかったフィリーだが、恐ろしいほどの冷気を纏った声と、自分を見下ろしている同じ冷気を纏ったアイルフィーダの表情を見て全てを悟る。どうやら自分は彼女に投げ飛ばされたらしい…と。
裸の背中に風呂場のタイルの衝撃は強かったが、現状はそれより目の前のアイルフィーダの怒りを如何にしておさめるかが重要だ。
幸いに頭は打たなかったので、痛む背中を無視して彼はアイルフィーダを宥めるべく起き上がろうとした…が、体は一向に起き上がらない。
「あれ?」
「動かないで。何?貴方、男よね?なんで女の子の格好なんてしているの?」
さもありなん。彼の背中に両腕共に一纏めにしつつ、その上に乗っかっているアイルフィーダは完全に彼の動きを掌握していた。
どうやら完全に彼女には変質者扱いされているらしい…というか、アイルフィーダから見れば自分が完全な変質者だと気が付くフィリー。
しかし、どうしたらいい?と混乱して沈黙せざるを得ないフィリーに対して
「ううん。ごめんなさい・・・私も混乱しているわ。驚きすぎて思わず投げ飛ばしちゃったけど、別に個人的な趣味嗜好を差別はしないわよ?」
そういってアイルフィーダは結構あっさりと彼の背中からどいた。
同時に起き上がって彼は彼女の剥き出しの肩をつかむと言い募る。
「ま、待て!俺は別に女装が趣味なわけじゃない!!」
そのわりに下着にまで拘ってしまうあたり趣味と言えない訳じゃないのかもしれないが、少なくともアイルフィーダが恐らく想像しているものとは違うはずだ。
彼女が自分に向ける同情的な視線の中に、フィリーは男としてのプライドが大きく傷つく何かがあることを悟る。
だが、その発言は彼の状況を更に悪くすることとなる。じろりと鋭い眼光が彼を射抜いた。
「じゃあ何?そんな女の子にしか見えない格好で、こんな風にお風呂を覗いたりするのが目的なの?だったら、警備隊にこのまま突き出すわよ。」
「そ・それは―――」
深い深い理由はあるが、決して軽々しく口にできるものではないし、かといって適当な嘘の理由も思いつかない。
言い淀むフィリーをいよいよアイルフィーダは彼にとって問題ある方へと勝手に解釈し始める。
「うんうん。そうじゃなわよね。ニーアみたいに綺麗だったら、わざわざ女装してまで風呂場を覗こうなんてしないわよ…やっぱり、女装が趣味!?それとも心は女の子なの!?」
「それはない!」
「じゃあ、何なの!?はっきりしないとまたぶん投げるわよ!」
かくしてフィリーはアイルフィーダに、自分は女装が趣味でもないし、心は女の子でもないが、決して疚しい感情を抱いてこの格好をしている訳ではないと納得してもらい、更に本当の理由を言わないまま彼女に警備隊に突き出されないように説得するのに小一時間ほどかかった。
それも二人とも風呂から一向に出てこないために心配したレイチェルが来るまで延々と続く。
結局、湯船につかることも無く、下着姿で延々語り明かした結果、フィリーは翌日高熱を出して寝込むこととなった。
対してアイルフィーダと言えばケロリとしたもので、くしゃみ一つしなかったというのだから、どうにも釈然としないものを感じたフィリーである。
この時は8年後にまさか夫婦となるとは思ってもない二人であるが、紆余曲折を経て本当の意味で夫婦となるかもしれない未来で、
「ちょ…待って!いきなり脱がさないでよ!」
「何言っているの?下着姿なんて、八年前にもう目に焼き付いちゃうほど見ているんだし恥ずかしがることないだろう?あの時は恥ずかしがってもいなかったじゃないか。」
「あの時はフィリーのこと女の子みたいなもんだと思って―――」
なんて会話があるかないかは、今はまだ定かではない。