ひとりのクリスマス 作:ハギ
――僕はひとりだった。
めずらしく降った雪は、まるでクリスマスという日を祝うかのように世界を包んでいた。
――そうして、僕はひとりだった。
目の前を通る人たちは、どこか明るい顔をしている。もちろん今日がクリスマスという日だから、だと思う。
――そうして僕は、雪の中でひとりだった。
遠くで聞こえる音楽。さっきの人たちみたいに明るくて、それだけで気分は変わった。
――そうして僕は、雪の中でひとりになった。
今日の夜は、空が明るい。こんなにも明るい空はそう見れるものじゃない、と思う。少し小高い丘からは、その情景がよく見える。
「見かけない、顔ですな」
すぐそばから聞こえた声。主は老人だった。
「えぇ、この国にものではありませんので」
そうですか、と老人は頷いて、僕と同じように空を見ていた。やたら白い髭をあごに蓄えた老人は、優しそうな、どこか懐かしい雰囲気。
「昔は、こうではなかったのです」
ただ坦々と、それでもどこか心が重くなるような感情がその声から読み取れた。
「昔はもっと、……穏やかといいますか、慎ましくといいますか、ただ当たり前のように来る一日に感謝する。それがクリスマスという日でした。今ではこう、お祭りのようになっていますがね」
そうですね、と返事をすると、なぜか老人は嬉しそうに表情を和らげた。
「でも、それも嫌いではないのです」
その言葉の意味なんて、僕にはわからない。知ろうとも思わないし、老人が話すならそれも悪くはない。
「僕は、嫌いです」
老人は不思議そうな顔をした。
「なぜです? みんな楽しそうではありませんか」
たまには昔話も、悪くはないか。
「クリスマスは、僕をひとりにしました。毎年ひとりで、これからもひとりだけなんです」
そう、ひとり。この時だけはいつもひとりで、両親が死んでからはもうずっとひとりだった。
「そうですか。でも私は、今日久しぶりにクリスマスを好きになれましたよ。長年の夢が叶いましたから。ですから、こんなクリスマスでも好きになれそうです」
そんなこと、僕にはわからない。どうして今日を好きだなんて言えるのか、僕の話を聞いても好きになれそうだと言えるのか。
そうしてしばらく、沈黙が続いた。
「では、こうしませんか?」
ふいに老人はそれを破る。
「毎年ここで、こうやっておしゃべりをしましょう。それなら、あなたは今日ひとりにならなくて済む。どうですか?」
随分物好きで面白い老人だ。
「いいですね。ぜひそうさせて下さい」
「わかりました」
僕たちの会話が終わるのを待っていたかのように、世界に大きな鐘の音が響く。何年も聞いた、仕事の始まりの合図。
「では、僕はこのあたりで失礼します」
「はい、来年を楽しみにしていますよ」
道具は丘を少し下ったことろ。
「さぁ、行こうか」
誰もいなくなった丘の上に、まだ老人はいた。
「すいませんね。あなたをひとりにしたくはなかった。でも、これも仕事ですからね」
老人はどこか嬉しそうな、悲しそうな顔をしていた。
「私も、あなたと同じでひとりでした。でも何年ぶりか、本当にクリスマスが楽しみになりましたよ」
見上げた空にはたくさんの色。
「頼みますよ。現サンタクロースさん。私の、たったひとりの息子よ」
――そうして僕は、雪の中でひとりじゃなくなった。
クリスマスも仕事のハギです(T_T)
いかがでしたでしょうか?サンタクロースも大変な時期になったはずなので、こんなのを書いてみました。一夜限りの大活躍ですけど、風邪には気をつけてほしいですね。