クリスマスの贈り物 前編 作:春野天使
窓の外を吹き抜ける風は冷たくて、灰色の空からはチラチラと粉雪が舞っていました。夕暮れを過ぎると行き交う人々はめっきり少なくなり、時折、石畳の上をやせっぽっちの犬が通りすぎて行くばかりです。
凍えそうなくらい寒くて寂しい夕暮れの街。全てはまだ、静寂の中に包まれていました。けれど、その静けさは、もうすぐ訪れるクリスマスの日をじっと待っているかのようです。人々は、ひたすらクリスマスの日が来ることを待ち望んでいるのです。大人も子供も…… 外の風が冷たければ冷たいほど、家の暖炉の炎は赤々と明るく燃えます。どの家の窓に灯りがともり、家の中にはクリスマスツリーが飾られています。誰もが幸せそうな顔をして、クリスマスを待っているのです。
暖炉の側に寝そべって、ノエルはクレヨンで絵を描いていました。部屋には大きなクリスマスツリーが飾られて、まるで優しくノエルの様子を見守っているかのようです。ノエルは夢中でおもちゃの自動車の絵を描いていました。ノエルは、サンタクロース宛に、クリスマスプレゼントのお願いの手紙を出すつもりだったのです。けれど、ノエルはまだ5才の男の子、上手く文字が書けませんから、代わりに絵を描いているのでした。
「サンタクロースなんて、本当はいないのよ」
ノエルより5つ年上の姉、ニコルは、小さな弟の描く絵をバカにして見下ろしました。
「いるよ!だっていつもプレゼントをくれるもん!」
ノエルはほっぺたを膨らませて、姉を見上げました。
「バカね、プレゼントはいつもパパが買っているんだから」
「だって、ぼく見たもん!サンタさんがプレゼントをぼくの部屋に持って来るところ」
「それは、パパがサンタクロースの格好をしていただけよ」
「ちがうよ!サンタさんだよ!」
「サンタクロースなんているわけないわ!」
「いるもん!」
ニコルとノエルは、いつもこんな調子で喧嘩になってしまうのでした。本当は仲がいいはずなのに、いつもちょっとした事で喧嘩をしてしまいます。ノエルは顔を真っ赤ににして怒りニコルにクレヨンをぶつけ、ニコルの髪を痛いほど引っ張りました。ニコルは悲鳴をあげながらも、小さな弟の頭を何度もひっぱたたきます。ノエルはまだまだ小さくて、力では姉のニコルにはかないません。最後にはいつも泣き声をあげて、ママに泣きついていくのでした。
「ニコル、あなたは5つもお姉さんなんだから、ノエルに優しくしてあげなきゃダメでしょ」
ママはノエルを抱きしめながら、いつもニコルにお説教をします。ママの腕の仲で、勝ち誇ったような目をニコルに向けるノエル。ニコルは弟が憎らしくて仕方ありません。ノエルが生まれる前までは、優しいママはニコル一人のものだったのですから。
(ノエルなんか大嫌い!ノエルなんて生まれてこなきゃ良かったのに!)
ノエルと喧嘩をした後、ニコルはいつも悔しい思いをしていました。
(神様、ノエルをどこか遠いところに連れて行ってください。わたしは、弟なんかほしくありません)
そんな夜は眠る前に、神様にお願いをしました。隣りのベッドでスヤスヤと眠っている弟が、とても憎らしく思えました。ママがノエルに優しくすればするほど、ニコルはノエルを嫌いになっていきます。そして、とても意地悪な気持ちになっていくのでした。
ニコルの家に大事件が起こったのは、クリスマスを一週間後にひかえた日のことでした。学校から帰ってきたニコルは、家の扉を開けたとたん、なんだか家中に暗くて重い空気がたちこめているような、とても嫌な気分がしました。家の中は普段と変わりなく、暖炉には赤々と炎が燃え、大きなクリスマスツリーもキラキラ輝いていたのですが……
「ママ?ノエル?」
ニコルは、シンと静まりかえった部屋に向かって声をかけました。ママの姿もニコルの姿も見当たりません。
「ママ!ノエル!」
急に心細くなったニコルは、今度はさっきより大きな声で呼びかけました。しばらくすると、奥のニコルとノエルの部屋から、パパが姿を現しました。こんな早い時間にパパが仕事から帰っているのは不思議です。
「ニコル、お帰り……」
パパは、ニコルの頭を優しく撫でて、頬にキスをしました。パパは微笑んでいましたが、なんだかとても悲しそうな顔をしていました。
「パパ、お仕事は?」
「……今日はもう終わったんだよ」
「ママとノエルは出かけているの?」
「いや……2人ともお前の部屋にいるよ」
聞くが早いか、ニコルは部屋に走って行こうとしました。
「ニコル!」
パパは、ニコルの手を強く掴みました。ニコルは驚いてパパを見上げました。いつもは優しいパパの顔が、ひどく厳しくて恐かったのです。
「……ノエルは病気で寝ているんだ……」
パパはニコルから目をそらし、小さく呟きました。
「ノエルが病気?……」
「今朝、友達と川でスケート遊びをしていたら、氷の割れ目から川の中に落ちたんだよ」
「!……」
「怪我はたいしたことなかったんだが……その後、とても高い熱が出て全く下がらないんだよ。お医者さんは熱が下がれば良くなるとおっしゃっていたが……」
「でも、ノエルは今朝までとっても元気だったじゃない。すぐに治るんでしょう?」
「あぁ、そうだな……」
パパはそう言いましたが、ますます暗い顔になっていきます。
「お部屋に行っていい?」
ニコルはためらいがちにパパに聞きました。
「あぁ、良いよ。けど、静かにするんだよ」
「うん」
ニコルが返事をして部屋に向かおうとした時、パパはもう一度ニコルを呼びとめました。
「ニコル、お前はしばらく客室で寝るようにしなさい。ノエルの具合はあまりよくないからね……」
「……」
ニコルはパパに『ノエルの邪魔はしない。もう大きいんだから、ノエルの看病だって出来る』と言いたかったのですが、パパの悲しそうな顔を見ると、それ以上何も言えませんでした。
ノエルはとても苦しそうに息をしながらベッドで眠っていました。今朝までの元気なノエルとは大違いです。その顔は、日焼けで赤くなった時よりももっとずっと赤く、額には汗をかいていました。
ママはノエルの傍らに座り、心配そうにノエルを見つめていました。そして、時々ノエルの額の汗を拭いては、深くため息をもらしていました。
「ママ」
ニコルはママと一緒にノエルの看病を手伝いたいと思いました。ニコルには、ママがとても疲れているように見えたのです。けれど、ママはニコルの姿に気づくと、厳しい表情を見せました。
「ニコル、向こうへ行ってなさい。ノエルは重い病気なのよ、邪魔しないでね」
「……」
ニコルは何も言うことが出来ませんでした。ニコルだってノエルの事が心配なのです。でも、パパもママもまるでニコルを邪魔者扱いします。ニコルはひどく悲しい気持ちになりました。
(パパもママもわたしよりノエルが大事なんだ……ノエルの事を愛しているんだわ……)
ニコルは泣き出しそうになり、部屋を出ていきました。
ニコルはその夜、お客さん用の部屋では眠りませんでした。クリスマスツリーのある居間のソファーで寝ることにしました。ノエルの具合は夜になっても良くはならず、パパとママは交代で看病をしているようです。ニコルには、パパとママがじぶんに冷たいように思えてしょうがありませんでした。
ニコルは毛布を鼻まであげて、じっとクリスマスツリーを見上げました。月明かりに映し出されるクリスマスツリーが、今夜はとても寂しげに見えます。ノエルの病気で、誰もツリーに注意を払わなかったからかもしれません。昨日までの楽しいクリスマス気分がウソのようです。
(わたしもノエルくらいちっちゃい頃は、サンタクロースを信じていたわ。クリスマスのプレゼントは、サンタさんが届けに来るんだって思っていたの。でも、そんなのウソよね?クリスマスプレゼントは、パパとママが買ってくれるんだから。ノエルってバカみたい、サンタさんにプレゼントを貰えると思っているんだから)
ニコルは、クルッとツリーに背を向けると、毛布にくるまって目をつむりました。
(わたしが神様にお願いしたから?ノエルをどこか遠くへ連れて行ってくださいって……だからノエルは病気になったの?ノエルは本当に神様のところへ行ってしまうかもしれない……でも、そうしたらパパもママも前みたいに、わたしだけに優しくしてくれるわ)
そう考えたとたん、ニコルの円らな瞳から涙が流れました。本当はノエルのことがパパやママと同じくらい大好きなのに……ニコルはノエルに対して優しい気持ちになれません。そんな自分が恥ずかしくて大嫌いになります。考えれば考えるほど、ニコルは悲しくて寂しい気持ちになるのでした。