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灰色の空から。  作:菫

 街は赤と緑のカラーに包まれて、聞き覚えのあるメロディが流れていた。道行く人々は腕にプレゼントを抱え、嬉しそうな顔で私の横を通り過ぎていく。

 なんで皆楽しそうなんだろう、って思った。私はこんなに悲しいのに。愛する人をなくして、心はガランドウなのに。

 ……そっか。クリスマスなんだ。

 悲しさに、日にちまでも奪われてしまいそう。あんなに楽しみだったクリスマス。一緒に過ごそうと約束したクリスマス。その気持ちは、彼とともにどこかへ行ってしまった……。

 帰ってきてよ、和也……寂しい……。


*  *


 12月に入って、街はうっすら雪化粧。その白い絨毯に、少しの乱れもないその絨毯に、真新しい自分の足跡をつけるのが好き。

「あたしね、こうやって足跡つけるの好きなんだ」

「ふうん……変わってんだな、優里」

 そんな他愛もない会話。そっけない返事。寒そうに竦められた肩。全部、好き。

「ねえ、クリスマスだね。もうすぐさ」

「ああ、そっか。どうしよっか?」

「どうって?」

「どっか行きたい所とかさ、したい事とか欲しい物とか」

「あたしは――……」

――和也がいればどこでも。

 なんて、言えないってば。

「じゃあ、どっかでご飯食べよう」

「……普通じゃん」

「えっ、ダメ?」

「いや、ダメじゃねーけど……クリスマスってさ、何か特別なんじゃねーの? ほら、聖なる日って言うか」

「へー、そう言う事いうんだ、和也でも」

「失礼な奴だな、お前。まあ……オレは、お前がいればいいんだけど」

 そんな事をすらりと言ったかと思ったら、照れて頬を人差し指の先で掻いている。あたしはそんな和也を、愛おしく思った。自然と頬の筋肉が緩んで、笑顔になる。人間って、単純なものなんだ。

「じゃあ……クリスマスも、一緒にいてね」

 そう言って、和也に寄り添うようにして腕を絡めた。和也はちょっとびっくりしたみたいだったけど、笑顔で答えてくれた。

「ああ」


 神様……。あたしはもうこれ以上の事を望みません。だから、和也だけはそばにおいて置いてください……。

 愛する人と、少しでも長く……例えそれが、いつか終わってしまおうとも、あたしは今を、この時を、幸せに思えるから。


*  * 


 和也は、病気でした。治療法のない病気で、進行するばかりでした。

いつか死んでしまうかもしれない、危険な発作を含む病気でした。もしその発作が起きてしまった時、傍に誰もいなかったら彼は死んでしまいます。

 だから、いつでもあたしが傍にいたかった……。


 あたしは本当に和也が好きだった。愛していた。和也がいるこの空間が、和也と一緒のこの時間が、和也が座ったベンチが、使った机が、ペンが、服が、全部好きだった。

 だけどそんな幸せは、突然に終わりを告げた。


*  *


 12月20日。街は休日、浮かれ騒ぎ。あたしは和也とデート。心の中は暖かく、体はめちゃめちゃ寒い……。

 待ち合わせは1時半。今は……2時。

 おかしい、絶対におかしい。電話しても携帯は繋がらないし、家に電話するともう出たと言われた。それから、和也をよろしく、とも。

 あたしが彼を心配していたとき、目の前の道路を救急車がけたたましいサイレンとともに通り過ぎた。かなりのスピードで、風が吹いた。

 あたしの心にも、風が吹いた。……冷たい。

 なぜだろう、胸が、心が、ざわめいていて……怖い。

 いつの間にか、あたしは救急車を追いかけていた。途中途中で道行く人に尋ねながら、その場所まで走った。体は火照り、心はますます寒くなる。

 息を切らしてたどり着いたその場所は、知らない路地だった。人ごみの奥に、さっきの救急車がいた。今はランプだけが廻っている。

 野次馬をかき分けた。夢中で。

 人が倒れているのが、見えた。手が、足が、頭が、血に濡れていた。だけど分かった。確かに……。

「か、ずや……」

 あたしの無意識の呟きに、救急隊員が気付いて声をかけてきた。

「知り合いの方ですか?」

 我に返って、あたしはただ頷いた。

「ご一緒に、病院まで来ていただけますか?」

 また、頷いた。

 あたしは倒れそうだったみたいだった。隊員が支えてくれて、救急車にたどり着くと言う感じだった。

 倒れていたのはやっぱり和也だった。

「和也……っ! 何で、どうしてっ!?」

 酸素マスクをつけた和也は答えてくれなかった。

「道路に飛び出した子供を助けようとして、それでだったらしいです」

 と、隣の救急隊員の男の人が言った。

「子供……」

 和也は、何でこんなに優しかったんだろう……。全然優しくない、嫌な奴だったらこんな事にならなかったかもしれない。優しかったから、無視できなかった。

「子供は……助かったんですか?」

「かすり傷で済みました。近くの病院に母親といっしょに行きました」

「そう、ですか……」

 あたしは和也を覗き込むようにして言った。

「和也、聞こえる? 子供、助かったって。和也のおかげだよ。だから、きっと神様も見ていてくれるから、大丈夫、頑張って。ね?」

 和也は微かに頷いた。あたしの目から、涙が頬を伝って流れ落ちた。それは、和也が微笑んでいるように見えたから。

 ピッ、ピッ、と機械的に短い音を刻んでいたはずが、突然ピーッ、と長い音に変わった。

 隊員が動いて、酸素マスクを取った。

 あたしはその人に、縋るような目を向けた。大丈夫ですよね、って。

「……」

 だけど、彼は首を左右に振った。

 救急車は、クリスマスに染まった街を通り抜け、病院へ向った。サイレンは、止んでいた……和也の心臓の鼓動とともに。

 あたしの耳に、嫌な音として「ピーッ……」が残ってしまった。


*  *


 和也はもういない。いないんだ。

 そう思うと、すごく悲しいし、寂しい……。

 あたしは公園のベンチに座った。ここは、和也と一緒に歩いた、一緒に過ごした場所。

 ……このベンチにも、一緒に座ったね。

 不意に涙があふれてきた。嗚咽が、止められない……。

「和也……和也……かずやぁ……」

 手が冷たい。いつも暖めてくれたあなたがいない。

 あたしはしばらく泣いていた。

 神様は、あたしたちに味方してはくれなかった。和也を奪い去ってしまった……。

――あれ、暖かい……。

 どうしてだろう。突然誰かに後ろから抱きしめられた感覚。

「和也……?」

――そうだよ……。

 答える声が聞こえた。確かに、温もりがある。手が首筋に、背中に彼の胸が。

――泣くなよ、優里。オレは、いつでも傍にいるから……。

「和也……」

 また涙が込み上げる。あたしはただただ頷いて、「うん、うん」と返事をする事しかできなかった。

「和也……あたし……」

――優里、大好きだよ。今でもな……。

 それを聞いたのと同時に、温もりが逃げていった。

「和也……っ!」

 ちらほらと、雪が降ってきた。その灰色の空に向ってあたしは叫んだ。

「大好き……っ!!」

 吹っ切れたような気持ちになった。自然と笑顔になった。すごく、気持ちのいい笑み。

 空から、和也が笑顔で手を振っている気がした。


――神様、ありがとう。あたしにとって、最高のプレゼントだった……。



参加するしないを繰り返していた菫です(^^;)

皆さんには大変混乱させてしまったかと……。

一応初の感動モノなので、何か変かも……(汗)

とりあえず、これからも宜しくお願いします。


では、これも宜しくお願いしますm(_ _)m

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