ハッピークリスマス 作:快丈凪
柚希は冬がキライだ。特にクリスマスが一番キライだ。
どうして、居たのかどうかも分からない他人の誕生日を世界的に祝うのか……。
理由はもう一つあった。
クリスマスイブは柚希の誕生日でもある。そして、生まれたときに雪が舞っていた……という理由で雪=柚希という名前がついた。
だから柚希はなおさら冬やクリスマスがキライだし、雪はもっと嫌いだった。
今日は母親に頼まれて予約していたクリスマスケーキを受け取りに行った。誕生日ケーキも併せて予約しているため2つもある。自分のケーキを自分で受け取りにいく理不尽さと寒さで少々機嫌が悪い。
おまけに、降り積もった雪はまだ残っているために足場が悪い。
だから雪はキライなのよ……。
そう思いながら、柚希はハァ……と息をはく。
すると柚希の息は白くなり、一瞬で見えなくなる。
柚希が冬に唯一好きなこと……それは今の様にはいた息が白くなること。
白い息を見る度に、息にも形があるんだな……と感じていた。
普段は見えないけれど、確かに存在するもの……その不思議さが柚希にはとても魅力的だった。
すぐ店に行こうかと思ったが、今日は昨日よりも冷え込んだためか、いつもより息が白くてはっきり見える。
柚希は店の近くのベンチに腰をおろし、息の白さを楽しむことにした。
「ハァー……ハァ……」
長くはくと大きくてたくさん、短ければ小さな白い息。
いつもは見えないけれど、確かにある自分の存在をアピールしているかの様だ。
その時、ベンチの反対側におじいさんが座ってきた。
そのおじいさんは赤いサンタの服に身をつつんでいた。何かのイベントかバイトの衣装だろうが、長い白髪と白ヒゲや体格のよさは絵本のサンタをそのまま持ってきたようだ。
ココにも居たか……。クリスマス脳天気……。
「はぁー……」
大きなため息。
すると、おじいさんが話しかけてきた。
「お嬢さん、どうしたんだい?クリスマスだというのに浮かない顔で」
……何よ。アンタのせいよ……。
「いえ、何でもありません。すいません」
「ワシに話してごらん。スッキリするかしもしれないよ?」
「いえ、本当に何でもないんで……」
……この人、何?……なんか危ない……。
柚希は急いで立ち上がり、その場を去ろうとした。
「そんなにクリスマスが嫌いかい?」
えっ……。
振り返ると、寂しそうな顔をしたおじいさんがこっちを見ていた。
「……今、何て?」
「嫌いなんだろう?冬も、雪も、クリスマスも」
柚希は動揺した。自分の内側を、初めて誰かに知られたからだ。
おじいさんはそんな柚希の気持ちを知ってか知らずか、相変わらず寂しそうな顔で言った。
「柚希ちゃんというんだね。柚希ちゃんの心がそう言っているのが聞こえたよ」
「……心?」
「そう。柚希ちゃんは自分の名前の由来になった雪が嫌いだ。雪がふる冬も嫌いだ。そして、自分の誕生日と重なっているクリスマスも嫌いなんだよね?」
「そうよ……。特にクリスマスは嫌いよっ!」
気がつくと、柚希はおじいさんに話はじめていた。
「居たかも分からないような人の誕生日を皆が喜んだり浮かれるのが嫌なの!サンタも何も本当は居ないじゃない!そんな非現実的な日、嬉しいとも楽しいとも思わないわ!」
こんな自分を人に見せたのは初めてだった。いつも適度な距離間を保ち、どこかで冷めた目をしていた。"所詮こんなものだ"……と。
ところが、なぜかこのおじいさんは今まで出会った人とか違う何かを感じた。おじいさんには心の奥のモヤモヤを全て吐き出せる気がした。
柚希の言葉を聞いたおじいさんは、何かを考えている様だった。そして、いきなりひらめいたのか、ニコニコと人の良さそうな笑顔で柚希に言った。
「柚希ちゃんはサンタは居ないと思うんだね」
「そうよ。あんなの、親の自作自演じゃないっ!」
「それ、誰から聞いたんだい?それとも親に聞いた?」
「聞いたことはないけど、そんなのは暗黙の了解じゃない!」
「じゃあ……」
おじいさんはそう言いながら、横の麻袋から何か取りだし、柚希に渡した。
「……これは……リース?」
「そうだよ。コレを柚希ちゃんの家のドアにかけてくれないかい?」
「ナゼ?」
「リースはサンタの目印だからだよ」
にこにこ笑いながら手渡す。
柚希は渡されたリースを見た。
赤と緑のリボンが絡めてあり、その間にヒイラギの葉や赤い小さな実が付いていた。
上には"Merry Christmas!"と書かれたプレートが貼ってあり、右側には小さなベルもあった。
柚希が何か言おうと顔を上げるとおじいさんの姿はなく、ベンチには包みが置いてあった。
その包みを見てみると上にカードがあり、
『Happy birthday!
クリスマスイブに生まれた柚希ちゃんに、心からの祝福を!』
とあった。
包みの中には暖かそうなフワフワしたピンクのマフラーが入っていた。
柚希はそれを大事そうにカバンにしまい、ケーキを取りに向かった。
家に着いた柚希は、家に入る前にリースをドアに提げた。おじいさんの言ったことは、全部本当の様な気がしていた……。
その日の夜、ケーキを少し食べ、柚希はいつもより早めにベッドへもぐった。
ケーキを食べた後、ブラックのコーヒーを飲んだ。もちろん、目が冴えてサンタが来るのを見届けるためだ。
心音が早い。
ドキドキしている。
こんなクリスマスは初めてだ。でも、もしかしたら小さい頃……こうして待っていた事があったかもしれないな……。
そう思いながら、柚希は寝てしまった……。
目を開ける。
外が明るい。
辺りを見てみたが、プレゼントらしきものは無い。
……あーあ。
やっぱりこうなのか……。
心のどこかで期待していた。
あのおじいさんがサンタで、プレゼントを持ってきてくれて……。
そんな夢みたいな事を想像していた。
柚希は重々しい気持ちのまま、茶の間へ行った。するともうお母さんが起きていて、台所で朝御飯を作っている最中だった。
「おはよう、プレゼントあるわよ」
お母さんが部屋の隅にあるテレビの辺りを指す。見ると3個のプレゼントがあった。
「プレゼント分かった?2つあるでしょう?」
「2つ?……3個あるけど?」
「あら……3個だったかしら……お父さんが多く買ったのかもね」
「お父さん、仕事?」
「言わなくても分かるでしょ」
お母さんは何でもない事の様に言った。
お父さんは柚希自身、最近はロクに顔を見ていない。昨日は珍しく早く帰ってきて一緒にケーキを食べたが。
柚希は包みを開けようとした。するとお母さんが、
「柚希、新聞取って来て!」
と、忙しそうに言った。
柚希は無言で立ち上がり、玄関へ向かった。
ガチャッ。
ドアを開ける。
相変わらず寒い。
昨日降り積もった雪で辺りは真っ白だ。
柚希は新聞うけから新聞を取り出し、家に入ろうとした……が、その時、あることに気づいた。
「……リースが……無い……」
昨日確かに飾ったハズのリースが無くなっていた。
「……どういうこと?」
柚希が唖然としていると、頭の方から声がした。
『柚希ちゃん、リースを飾ってくれてありがとう。昨日の話、信じてくれたんだね』
柚希は上をキョロキョロ見るが何も見えない。でも、すぐそばで話しかけるような声だった。
『プレゼントは気づいてくれたかな?水色の紙にピンクのリボンだよ』
……やっぱり、サンタが来たんだ……。
『毎年、こうやってプレゼントを配っているからワシからだとは気づきにくいがな』
苦笑するサンタ。
「昨日のおじいさんだよね?やっぱりサンタだったんでしょう?誕生日プレゼントもおじいさんでしょう?」
柚希はなぜか涙声で言った。
「さぁて……どうだったかな」
とぼけるサンタ。
柚希は見えないサンタに言った。
「……来年も……来てくれる?」
すると、サンタは少し間を置いて言った。
「いい子にしてるんじゃよ。メリークリスマス!」
サンタの声はそれっきり、鈴の音と共に消えた。
「……いい子にしてるから……来年も来てよ……。サンタは居たって分かったから……」
柚季はそっとつぶやいた。
目に見えないけれど、確かに居た。
サンタは本当に居た。
柚希の好きな、はく息の様に……。
水色の箱に入ったプレゼントには、普通よりも少し大きめののテディベアが入っていた。
―……新学期の朝。そこには慌ただしく支度をする柚希がいた。
柚希は大急ぎでカバンをつかみ、
「行ってきます」
と、微笑んでテディベアの頭を撫でた。
そしてピンクのマフラーを巻き付け、ちらちらと小雪が舞うなか、元気に家を飛び出し、白い息を弾ませて学校へ向かって駆け出して行った。