これも有りでしょ 作:栗山沙紀
ハァ……。
深く吐く溜め息は白く、淡く街に消えていく。ポツリと一人でデパートの前をうつ向きながら駅に向かって歩いていく。
荷物重いなぁ……。肩痛いし。なんでこんな日に講習受けてなきゃいけないわけ? 朝から晩までなんて惨すぎるよ。
また一つ大きな溜め息を付き、ぎゅっと身を縮めて風と闘う。駅に近付くにつれ、華やかな街並みがより賑やかに、暖かい光を帯ていく。シャンシャン…と柔らかな鈴の音によって人々の心は優しく――。
「な・る・わ・け・な・い」
マフラーの下に口が隠れているのを良いことに思いきり大きく開けてぶつぶつ独り言。周りの幸せそうなこの雰囲気が、葵の神経を逆撫でる。
「今日はクリスマスなのよ! それも華の十七歳の。なんで私はカップルだらけのこの町を、寒そう〜に一人で歩いていなきゃならないわけ。大きな鞄に重いテキスト詰め込んでさ、これが青春ってヤツなのかしら?」
予備校を出てからずっと足元を見ていた目を、さりげなく右に移す。それはそれは街に溶けこんだ仲良さそうなカップルがいる。
あぁもう忌々しいったらありゃしないわ! クリスマスだからってあちこちでイチャついてんじゃないわよってんだ。もう九時過ぎだっつの、早くどっかに行っちゃえば良いのに。
独り言にも飽きてきた葵は、心の中で悪態を付きながら居心地悪そうにわざとカップルの間を裂きつつ駅へ急ぐ。
葵は整った顔立ちに白く澄んだ肌、潤った栗色の髪の毛を持ち、一般的にも美人と言われる部類にいるのだが、産まれてこのかた一度も彼氏というものを持ったことがないのだ。
それでも今日は心躍るクリスマス。出会いが待っているかもしれないとしっかりオシャレをして声のかかるのを密かに期待していたのだ。
なんのためにお気に入りのピアスして、とっておきのボレロ羽織って大好きなムートンブーツ履いてると思ってるのよ! スカート寒いってば! すっかりヤケになった葵は、さっきまで感じていた劣等感のようなものを忘れ、すれ違うカップルを構わず睨みつけるようにする。だが彼らは自分達の世界に入っているため葵の鋭い視線など気付かずに笑顔で通りすぎ、余計に彼女の心を寂しくさせた。
「ただいまー」
意気消沈しながら家のドアを開けると、母親が嬉しそうに出迎える。
「あーちゃんお帰り。遅くまでお疲れ様、お腹空いたでしょう。七面鳥食べましょ」
にこにこ笑う母の顔を見ていると先程の苛立ちが馬鹿らしく思えて、葵は苦笑する。
「ちゃんとケーキもあるからね」
乗っかってるサンタさんが可愛いのよ〜、とのんびり言うのを見て、葵も嬉しそうに頷く。
「こんなクリスマスも有りだよねー、タロ」
部屋着に着替えた葵は、いつもの柔らかな微笑みで愛犬パピヨンのタロに話し掛けた。
(終わり)
クリスマスだって普通の日と変わらない一日。なのにやけに切なくなるのを苛立ちで表してみました。家に帰ってなんだかほっとしていつもの自分に戻る──なんていうのも、有りですよね!笑