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candle of the advent 後編  作:ちぐ

「こんにちは」

 彼女がやって来たのは、僕が朝と夜を数え始めて四日後だった。来たのはやはり昼

だった。

 やっと来た。

 身をもって時間を感じたのは久しぶりだったので、すこし感動した。しかしそれ以

上に、彼女が来るのををこんなにも待ちわびていた自分に驚いた。

 『外への繋がり』なんて、本当はもうとっくにそんな安易な存在ではなかったのだ

ろうか。ただ求めすぎると寂しくなるから、無意識に気持ちを抑えていたのかもしれ

ない。

 彼女はパイプ椅子の隣に小さな鞄を置いて、座ると十字架の首飾りを右手で触って

いた。

 「……」

 僕が黙っていると、彼女の黒い瞳がこちらを捉えた。

 「? どうしたの?」

 それから、彼女は取り留めの無い話をした。もうクリスマスまですぐだね、とか、

プレゼントは何がいい、とか。もらってもあげられるものが無いので、プレゼントは

断っておいた。

 「……今日も蝋燭?」

 「うん。今日は葡萄の柄だよ」

 彼女は口元に笑みを浮かべ、十字架を放すと鞄の中から一本の蝋燭を取り出した。

前の二本が立てられた燭台にそれを刺すと、彼女はふっと笑い出した。

 「ははっ、まだ一本も点けてないの? 早くしないとアドベントが終わっちゃう

よ」

 「話す事は?」

 彼女の右手は十字を握る。

 「……別に? 何もないよ」

 「嘘だ。何かある」

 「……」

 「何で隠すんだよ」

 「でも……」

 「俺は暇なんだ。何でもいいから、話して」

 「……ありがとう……」



 彼女がここに来るのは、僕に『話』を聞かせるためだった。

 なぜ僕がそんな役割をさせられるのかは分からなかったが、もしかしたらこれも、

あの男達の僕に対する実験の一環だったのかもしれない。

 とにかく、彼女は僕が求める外の話や、彼女の苦しみや被害妄想を話した。

 最初に彼女がここへ来た頃、彼女は随分と壊れていて、それと同じくらい僕も壊れ

ていた。

 彼女が膝の上で拳を握ったり、胸の十字架を握ったりして不安を語る間、僕は暴れ

疲れた体でぼんやり聞くともなく聞いていた。

 あれが怖いとかこれが怖いとか、あれも憎いとかこれも憎いとか、とても身近なも

のや驚くほど縁遠いものに向かって、とにかく彼女は辛くて苦々しい言葉しか発さな

かった。

 しかしそれは僕にとってはどうでもよく、ただ外にはそんなとんでもない感情が飛

び交っているのかと思いながら、区切れに合わせてただ頷きながら傍観的に聞いてい

た。

 一通り話し終えると、次に彼女は泣き出した。

 そして、ごめん、ありがとうと僕に告げたのだ。


 その時、僕は彼女に少しだけ好意を持った。

 かすかな芳香をも発さないほどの不幸のどん底から届くその言葉は、似た場所に居

る僕にとって少し愉快なものだったから。






 「あたし……今ここにていいのかどうか不安なの」

 「うん」

 確かにあまりここは居ていい場所じゃないと思う。僕なんて監禁されてるし。

 「この前ビデオを見たの。そこは遠い遠い、どこかわからないけど、遠い国の事な

んだ。そこには食べ物も無い、家も無い、着る物も無い。そして、子ども達が兵士に

されるの」

 「うん」

 ここって国の話か……今日の話はスケールがでかい。

 「あたしは今、何もしなくてもここで暮らしてけるのに。有り余るほど沢山を持っ

てるのに。クリスマスだってお正月だって、当たり前に迎えられる。幸せな日が過ご

せる」

 「うん」

 彼女は胸の十字架を強く握っていた。それはロザリオではなく、ただ彼女のお気に

入りというだけの首飾りだった。

 「でも、その兵士達は人を殺さないと、ごはんも食べれない。クリスマスだってお

正月だって戦争。そんなのってないと思う」

 「……うん」

 聞きながら座りなおすと、ベッドがぎしりと音を立てた。この下には、沢山の缶が

積まれている。

 「募金すればいいのかな? そうすれば、あの子達は助かるのかな?」

 「助けにはなるはずだよ」

 「でも、」

 「そんなに沢山は出来ない」

 自分にはここでの生活があるから。夢もあるし、自由があるから。そんなに身を切

ることは出来ない。そんなに優しくは、なれないから。

 しかし僕は、彼女は初めの頃に比べて随分と優しくなっていると思った。前ならこ

の事も、気に留める余裕なんてなかっただろう。悩み過ぎるのは、変わっていないけ

れど。

 「うん……。……ねぇ、あたし、あの子達の幸せを奪ってるのかな。人の幸せを食

べて、生活してるのかな……」

 「それはないよ」

 「え?」

 その時、僕は自分が何を言おうとしているのかがわからなかった。けれど、なぜだ

か言葉が止まらなかった。

 「人の幸せを食べる人は、他に居るんだ。君は違う」

 「他に……?」

 泣きそうだった彼女の顔から、少しだけ翳りが薄らいだ。そんな顔をされたら、更

に口が止まらない。

 「ああ。だから、そんなに心配しなくてもいい。気が付けば募金して、そいつらの

幸せを祈ればいい。夢があるなら、それで儲けて寄付すればいい。それでも気が済ま

ないなら、時々ボランティアをすればいい。夢が済んだら、助ける事に専念してもい

い。でも、今はそんなに思い詰めなくていいよ。ここでの生活が、幸せなクリスマス

が……新しい年が、君には待ってるんだ」

 「ホントに?」

 言葉を継ぐには、呼吸が必要。


 「ああ。だから。クリスマスには……いや、もうここには、来るな」







 一瞬漂った甘い香は、その次の一瞬で消えた。



 黒い目を見開いた彼女は、静止したまま僕を見つめている。

 どうして、なんで。その言葉さえ出てこないようだ。

 「ほら」

 僕は告げると、彼女の居る方の壁に背を向けて座った。

 「こんな風に、俺は幸せを喰うから」

 僕の喉も鼻腔も、甘さで満ちているわけではなかった。すぐに口を塞いだから。僕

は言葉で甘さを掃ったのだ。

 でも、このまま彼女と居たら、必ず僕は喰い尽くす。

 彼女の甘い香を。そして世界の幸せを。


 「幸せを食べる人は、ここに居る奴等だけなんだ。お前は、違う。安心して、帰

れ」


 どの瞬間に、直感したかは分からない。

 ただこの時すべてを告げた後、僕はわからなかった事が色々分かった。

 ここは僕のような人を収容する場所で、今は世界に幸せが溢れる時で。

 彼女はその幸せを一身に受ける資格を持った人間だと言う事。

 僕は、その甘い幸せを喰らう四十一番目の存在だと言う事。








 彼女が部屋を去ると、忘れていたはずの叫びと孤独、そして新しい恐怖が押し寄せ

た。

 壁を殴りつけ、スプレー缶を硝子に投げつけ、モニターに蹴りかかろうとする。し

かし、もう少しのところでやめた。

 そこには僕が映っていた。その後ろには、曇り空。

 大丈夫だ。僕はまだ、人間だ。ここに映っている僕は、幸せを喰らう悪魔なんか

じゃない。そんな残酷な生き物じゃない。だから孤独に震えて、それでも甘い蜜を口

にしない。

 「う……っ」

 涙が出ると、同時に体に力が無くなった。床に倒れ落ちて頭を打つ。その頭をさす

りたいのに、上手く腕が動かない。

 顔は偶然、誰も居ない向こうの部屋の方を向いていた。

 三本の蝋燭が、僕を見下ろしている。

 最後の蝋燭まであと一週間。たぶんその日で時間切れ。

 でもきっと、蝋燭に火は灯らないし、四本目の蝋燭もここには立たないだろう。
















 夜に寝て、朝に起きた。

 クリスマスの日を指折り数えると、恐怖ばかりが増していった。

 やっぱり時間切れになるのは怖かった。少しだけでも、残り時間を増やしたかっ

た。

 でも駄目だ。もう動けないから、スプレー缶にも手が届かない。



 四日目に、人が来た。灰色の目の男だ。

 「やあ、『役立たず』四十一号」

 「……」

 「俺は助かってるんだ。お前が目覚めたら、どうしようかと思ってた。でもその調

子なら大丈夫そうだな。起き上がることも難しいだろう」

 「……」

 「……悪いな。でも、お前にそうしていてもらわないと俺も飯を食っていけないん

だ。仕事だからな」

 「……」

 「お前の幸せを喰ってるのは、俺達かもしれないな……」

 「……」

 「おい。蝋燭に火が点いた所を見たくないか?」

 「……」

 「おっ、目が動いたな。よし、すぐに点けてやる。待ってろ」

 そう言うと、彼は僕の視界から消えた。

 しばらくすると、反対側の硝子の壁からコンコン、という音が聞こえた。男が向こ

うの部屋に居て、壁をたたいていた。

 「今、点けてやるからな」

 ライターの赤い火が、蝋燭に近づいた。

 ひとつ、またひとつ。明かりが燈ってゆく。

 「ほら。見えるか?」

 「……」

 蝋を熔かして、炎がちらつく。

 踊るように。笑うように。

 滑らかに、残酷に。

 「……消してくれ……」

 「ん? ……! お前」

 「今すぐ、消してくれ……頼む……」

 呼吸を止めていればよかった。

 「甘いんだ……」

 炎が蝋を、甘い密を熔かして、厚い硝子をも超えて僕へと届く。


 男が火を吹き消すとすぐに香は引いたけれど、僕は頭が割れそうに痛かった。




 蝋燭に込められていたのは何。

 あの幸せの味は誰のもの。

 それはきっと彼女のもの。


 ねぇ、いつの間に君の心は変わったの。

 いつの間に苦くて辛いところを抜け出したの。

 どんな気持ちで、僕のところに来ていたの。


 蝋燭にまで染み渡るくらいの、

 その思いを、どうして僕に向けてくれたの。






 「おい、大丈夫か。悪かったな。そんなつもりじゃなかったんだが……。……やっ

ぱり、お前は拒むのか……」

 そう言う男の声は、僕には不思議な調子に聞こえた。まるで枯れかけの花をいとお

しむような、それてゆく嵐を呼び戻すような。

 「……俺は、残酷な生き物には、なりたくない……」

 甘い蜜が僕を狂わせる。食欲が、溢れかえる。それは生き物として当たり前の事か

もしれないけれど、それは僕にとっては紛れも無い狂気の徴。

 桃色の爪はいつの間にか漆黒に変わり、えぐりだす準備を整えている。


 違う、違う。僕は、目覚めてなんかいない。これからも目覚める事なんてない。

 だってずっと、僕は目を覚ましていたじゃないか。

 今が夢だなんて言わせない。







 灰色の目の男が去ってから、朝と夜を数える事が出来なくなった。その間に、時々

向こうの部屋の扉が開く音がしたり、男が話しかけてきたりもしたけれど、僕はそれ

に反応することさえ出来なくなっていた。蝋燭での回復は本当にわずかで、体力も気

力ももう限界だった。

 彼女に会いたい。

 再び床に倒れ落ちていた僕は、黒くなった爪をただ見つめ、そればかりを考えてい

た。

 もう僕は人間の形をしてはいないのかもしれない。でも、心はまだここにある。

 自分で来るなと言ったのに、彼女が来たらきっと傷つけてしまうと分かっているの

に、こんなにも求めてしまうのが悔しかった。

 けれどただ、時間が来る前に、もう一度名前を呼んで欲しかった。

 「……?」

 僕の名前は何だろう? そういえば、彼女が呼んだのはイチという数字だ。

 僕の名前は、名前は……。

 ……まぁいいや。

 彼女がイチという言葉で読んでくれたのが僕ならば、僕はイチでいいだろう。

 僕も彼女の名前を呼びたかった。けれど、呼ぶべき言葉が見つからない。

 会いたくて愛しくてたまらない、あの少女をどう呼ぼう。

 「好きだよ……。……会いたい……」

 かすれた声で言葉を搾り出すと、甘さが広がる気がした。

 部屋にではなく、自分の中に。

 ああ、なんて甘い。

 やっぱり自分は、この甘さを奪う事なんて出来ない。





 熱い涙が頬を伝うと、ズ、ギギ、と重い何かが動く音が聞こえた。





 「……」

 甘い香がする。誰かが蝋燭を点けたのだろうか?

 でももう、息を吸うことさえ上手くできない。そろそろ、時間切れか。

 まぶたにふさがれた真っ暗な視界の外で、ガコン、とまた音がする。

 すると、声が聞こえた。耳元、とても近いところで。

 「イチ……くん?」

 瞬間、視界が開けた。







 ……甘い香がする。僕の中に。部屋の中に。きっと外もあまいかおりで一杯だ。

 だって今日はクリスマスなんだから。幸せが溢れる日なんだから。


 「プレゼント……。名前を、教えて欲しい」


 クリスマスで時間切れ。

 それは鉄の扉を開いてしまった彼女のものになってしまうのだろうか。違う、絶対

そうはしない。


 「そう……。好きだよ……キミが……」


 小さな画面で、床に転がってる四本目の蝋燭と、その隣で彼女を抱きしめる僕が空

に透過している。

 雲が動き、雪が落ちる。

 もう少しで、時間が来る。




 merry christmas and a happy new year...




 「イチくん……?」





 多くの人が幸せに包まれる日、一人の兵士が堕ちたとしても、それを気に留める者

はほんの一握り。












 ――可愛い可愛いシモベ達、その黒い爪で、世界を奪ってきて。

 その甘い香、私にちょうだい。欲しくてたまらないの。ねぇ、早く。

 

 役立たずはいらないわ。





長くてすみません〜;連載できそうな長さになってしまいました^^;

そして暗い!!気分を害された方、ごめんなさい;

今回アドベントを小物として使いましたが、皆さん、アドベントってご存知でした

か?

本編にはちゃんと出てきませんが、キリスト教暦ではアドベントが新年の始まりなの

だそうです。

だから「Merry Christmas & A Happy New Year」ってカードに書くんだそうですよ☆



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