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『白い朝の旅立ち 〜65歳からの再出発。元技術部長が信州の町工場を救う物語〜』第2話:戸隠の偶然、沙織との再会

一人で訪れた戸隠神社の参道。そこで出会ったのは、あまりにも意外な人物でした。

 十一月二日の朝は快晴だった。  朝食のあと、真一は居間でテレビを眺めていたが、ふと立ち上がった。

「これから戸隠へ、そばを食べに行こうよ」

 母に声をかけたが、「私は度々行っているし、疲れるからごめんなさい」と断られてしまう。  智子も今日は婦人会の集まりがあるという。

 ――快晴の日に、出かけない理由は見つからない。

 真一はひとり、十時に家を出た。  国道をのんびり走る。青空の下、沿道の看板が次々と目に入る。

 戸隠神社奥社に参拝し、その帰りにそばを食べる。  さらに道中で見かけた「燻製ベーコンの店」にも寄ってみよう。  そんな気ままな独り旅だ。

 奥社の大鳥居をくぐり、杉並木の参道に足をふみ入れた。  やがて赤い隋神門が見える。そこは中間地点で、多くの人が小休止をしていた。

 その人波を抜けようとしたとき、灯籠の傍らにしゃがむ女性が目に入った。  足をさすりながら、痛そうに顔をしかめている。

「見覚えがあるな……」

 通り過ぎようとして、真一は足を止めた。  記憶の糸が繋がり、慌てて引き返す。

「――沙織さんだ」

 かつての部下、緑川沙織だった。

「沙織さん、どうしたの?」 「あっ、部長……」

 彼女は苦笑しながら足首をさすっていた。

「足を挫いたの?」 「どうも慣れない道で、筋肉を痛めたみたいで……」

 真一はそっと足首に触れ、関節を確かめた。  かつて現場で培った「手の感覚」は鈍っていない。

「骨は大丈夫そうだね。でも、奥社までは無理かな」 「はい……」 「じゃあ肩を貸すよ。近くのそば屋で休もう」

 二人は参道を戻り、そば屋に入った。  席に着くと、真一は懐かしいリズムで声をかける。

「天ぷらそばを二つ」

 湯気の立つ器が運ばれてくる間、沙織はふと笑顔を見せた。

「部長さんが辞めたあと、皆さびしがっていましたよ」

 不意の一言に、真一は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「そうか……今はどうなの?」 「もう話題に上りません」

 二人は顔を見合わせ、大笑いした。   ――そんなものだ。    真一は苦笑しながら納得する。  三十代後半になった沙織は相変わらず天真爛漫で、あの頃の明るさを失っていなかった。

「今日はどこまで帰るの?」 「長野に泊まります」 「この足で大丈夫か? 車だから、ホテルまで送っていくよ」 「いいんですか? やったぁ、お願いします!」

 その屈託のない言葉に、真一は思わず笑ってしまった。  今どきの若い子だな、と。

 長野市内のホテルまで送り届けると、沙織は微笑みながら言った。

「今度お礼をしますから、連絡先を教えてください」

 連絡先を交換し、「気をつけて休むんだよ」と告げて別れる。  ひとり帰路につく真一の心は、思いがけず、どこか期待に揺れていた。


「部長が辞めたあと、もう話題に上りません」という沙織の言葉に思わず笑ってしまいました。去りゆく者への寂しさと、新しい繋がりへの予感が交差します。

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