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再開

 数日後。


 あの日の出来事が、まだ胸の奥でくすぶっている。


 あの黒髪の少年。

 名前も知らない、どこか影のある子。

 何度思い返しても、心臓が勝手に早くなる。


「ねぇハナビ、今日もぼーっとしてたでしょ」


「えっ!? し、してないよ!」


 カズハのツッコミで我に返る。



 海辺のカフェのテラス席、2人でアイスコーヒーを飲んでいた。

 夏休みらしい、午後のまどろみ。


「ふ〜ん。まぁいいけど。……ね、ハナビ」


「なに?」

「このあと、港の方寄ってかない? 昨日ニュースで見たんだけど、なんか変な蝶が大量発生してるんだって!」


「蝶?」


「うん、青く光るやつ。SNSでバズってる!」



 蝶。

 その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。


 理由もなく、でもどこかで“知っている”気がした。


「……いいよ、行ってみよっか」

 カズハが嬉しそうに笑う。

 私は自分でも不思議なくらい、即答していた。



 

 港の方へ歩いていくと、人だかりができていた。


 スマホを掲げて撮影している人たち。その先には――確かにいた。


 淡く光る、青い蝶。


 ひとつ、ふたつ。


 まるで海風に導かれるように、ゆっくりと舞っている。


「きれい……」


 思わずつぶやいた。


「だな。……でも、近づかないほうがいい」


 不意に、背後から声。


 振り向くと、そこに――あの日の少年が立っていた。


「えっ……あなた、あの時の!」


 黒いTシャツ。少し無造作な髪。

 そして、あの時と同じ黒い瞳。


「お前、また変なところに突っ込むタイプか?」


「な、なによそれ!」


 思わず言い返す。


 でも、胸の奥では小さく跳ねるように鼓動が鳴っていた。


「その蝶、触るなよ。消えるから」


「……消える?」


 少年は短くため息をついて、港の手すりに腰をかけた。

「この世界から、な。……ま、信じなくてもいいけど」


 冗談みたいに言うけど、その目は笑っていなかった。


「なにそれ。都市伝説?」


「都市伝説、っていうより……呪い、かもな」


 彼の言葉に、背筋がひやりとした。


 夕暮れの海風が、頬をかすめる。


「なぁ、お前。……名前、なんて言うんだ」


「……え? あ、えっと、菱川花火。ハナビって呼ばれてる」


「ハナビ、か。……俺は、桃山桜」


 ――サクラ。

 その名前を口にした瞬間、蝶がふっと宙を舞い、2人の間を横切った。


 青い光が一瞬、彼の瞳に映り込む。


 そして、サクラは低くつぶやいた。


「……また、出たか。今度こそ、捕まえる」


 彼はそう言って、いきなり柵を越えて走り出した。


 港のコンテナを跳び、足場を蹴る。


 まるで、風を切るような動き――あの日と同じパルクール。


「サクラ!? ちょっと、危ないってば!」


 止める声も届かない。


 でもその背中に、なぜか目が離せなかった。

 気づけば、私は走っていた。


 潮風が髪を揺らし、砂の上を駆ける。

 青く光る蝶と、それを追う少年。


 それはまるで、夏の幻のように美しかった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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