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ひと夏の始まり

 セミの鳴き声が響き渡る、あのうるさい季節が今年もやってきた。目覚まし時計代わりのその声に起こされ、私、菱川ひしかわ花火はなびは、寝ぼけ眼をこすりながら布団から起き上がる。


 今日は学校の終業式。

 だからか、いつもは嫌でたまらない朝が、今日は少しだけマシに感じる。

 高校2年生の私は、来年には受験生。だから今年の夏は、来年の分まで遊び尽くすと決めていた。

 私が住む「きさらぎ町」は、どちらかと言えば田舎だ。

 だけど、電車で30分を犠牲にすれば、賑やかな都会へ行くことができる。不便すぎず、便利すぎず、わりと過ごしやすい町だと思っている。




 身支度をほどほどに済ませて、私は家を出た。 電車に揺られながら、ぼんやり窓の外を眺めていると、隣に座った学生たちがざわめき始めた。


「ねぇ、あれ見て」

「……あれ、人じゃない?」

「うわ、本当だ。ビルの上で……パルクール!?」


 その言葉に、私も慌てて窓の外に目をやる。

 ビルの屋上を、軽やかに、まるで風のように跳び越えていく黒髪の少年。

 年は私と同じくらいだろうか。その姿は、どこか現実離れしていて、まるでアニメや映画の中のワンシーンを見ているようだった。

 パルクールというものの存在は知っていたけれど、実際に目の前で見たのは、これが初めてだった。驚きと同時に、言いようのない胸の高鳴りを感じた。


 でも、今は学校へ向かう途中。

 彼を追いかけるわけにはいかない。

 あの子、学校には行かないのかな?

 それとも、もう働いているのかもしれない。




 ……ともかく。私と彼との出会いは、こんなふうにして始まったのだった。

お読みいただき、誠にありがとうございます。

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