養子の俺が伯爵家の当主を追い出すまで
このお話は別短編(妹が婚約者を取り替えたいと言ってきました)の登場人物のお話となっています。
※元の短編を知らなくてもお楽しみいただけます
俺、ウィルソンは、ブルーム子爵家の愛人の子として生まれた。実母は俺2歳の時、死んだ。
ブルーム子爵家の当主は、男としてはダメダメだったが、子爵家の本妻、リアーナさんは大した人だった。彼女は俺を認知しようとすらしなかった子爵と違い、死んだ母の代わりに俺を代わりに育ててくれた。
リアーナさんには二人の子供がいた。俺にとっては異母兄弟だった。彼らもリアーナさんと同じく優しかった。俺にたくさんの勉強を教えたくれた。たくさん一緒に遊んでくれた。幸せな時間だった。
ブルーム子爵家の教えは「領民のための貴族」だった。子供は男女、家を継ぐつがない関係なく、2歳から領地経営の教育が始まり、8歳の頃には一人で大体の領地経営ができることが求められた。
子爵は男としてはやはり、最低な人だった。女遊びも激しかった。しかし、領地経営者としての才能は抜群だった。そして、そんな彼の手腕を間近で見てきた異母兄やリアーナさんからも、学ぶことはたくさんあった。
俺はそんな環境下で領地経営に関する才能を伸ばしていった。
ある日、子爵のもとに、子爵の従兄弟から養子縁組の打診が来た。子爵は、リアーナさんのいう「貴族は領民のために存在する」という考えが行きすぎた人だった。領民に大きな利益をもたらすだろう伯爵家からの謝礼金を目的に子供の誰かを伯爵家に売ろうとした。
異母兄は領地に仲睦まじい婚約者がいた。異母弟は母親から引き離すには幼すぎた。俺は今まで育ててもらった恩を返すために、自ら養子になるべく、名乗りをあげた。
◆◇◆
9歳の俺が養子となったのは、エパリッツェ伯爵家だ。養子になると決まった時、俺は伯爵家の現状について調べた。子爵家よりも広大な土地、優れた気象条件にも関わらず領民は苦しい生活を強いられているようだった。
その理由は、伯爵に、領地の経営状態について尋ねた時に分かった。
「領地経営?あぁ、それならフィアナに聞け。暇なあいつが全部勝手にやっているからな。そもそも畑を耕すしか脳のない愚民に施すことなどなにもないだろうに。あいつが無駄なことでお金を使わなければ可愛いミアーナに、不自由はさせないのに」
「かしこまりました」
俺は愕然としながらそう答えた。
エパリッツェ伯爵のフィアナ。彼女は伯爵ながらその優秀さで王太子の婚約者となった女性だ。暇なわけがない。
与えられた部屋に戻り、俺あることを考えていた。
俺の意識はバッとドアが開いた音で現実世界へと引き戻された。
「お母様もお父様も、お兄様か弟がほしいって言ったら、本当にお兄様を連れてきてくれたのね。あ、私は妹のミアーナ。お兄様、よろしくお願いしますわ」
ノックもなく人の部屋に入ってきた義妹、ミアーナは嵐のように部屋から去っていった。なんでも願いが叶うと思っている典型的な貴族。俺、というよりはブルーム子爵家に生まれたもの全員が苦手とするタイプの人間だった。
その後すぐに、ドアをノックされた。
「フィアナです。入ってもよろしいでしょうか?」
次は義姉のフィアナだった。
「どうぞ」
「領地経営に力を貸してください」
入ってくるなり、義姉はそう言いながらばっと俺に頭を下げた。
「私にはこの領地に関する知識があります。もちろん領地経営についても本で学びました。でも、それでも、限界があって、領民の生活はどんどん苦しくなっていって…」
俺より1歳上の少女は、苦しそうに、自分の不甲斐なさを悔やむように吐き出す。
「あなたは、領地経営が得意なブルーム子爵夫妻のもとで領地経営について学んできたと聞き及んでいます。どうか、どうか、力を貸してください」
俺は慌てて彼女の元による。
「頭を上げてください、フィアナ嬢。自分はもとよりこの領地の経営状態を知った時からそのつもりでいました。逆に私の方がお願いしたいくらいです。この土地に慣れていない私に力を貸してください」
俺は領地を領民を大切にするべし、と教えられてきた。領地経営に関する知識を叩き込まれ、それを実践の中で改善していける機会ももらえた。もちろんこのことは、幼い俺にとって簡単なことではなかった。でも、助けてくれるリアーナさんがいた。異母兄がいた。領地経営の面だけならば、目標になるような人もいた。だから、やってこれた。
しかし、目の前の彼女は誰から教えられることもなく、それでも領民のためにやらざるを得なかった。その苦労は、俺には想像ができなかった。
俺は義姉に一つ、俺が伯爵当主と話した後に考えたことについて話した。
「俺は、18歳になったら、成人したら、伯爵家を乗っ取り、当主になります」
彼女は目を丸くしたかと思ったら、強い意思の宿った目でいった。
「私も力を貸すわ」
俺の目には強く美しい彼女が眩しく写った。そして、俺は決して叶わぬ恋におちた。
◆◇◆
9年後の伯爵家の乗っ取りに向けて、俺はその日から動き出した。
リアーナさんや異母兄にはたくさん助けてもらった。俺は今まで子爵を領主としては尊敬しつつも、人として嫌いだったため、彼から直接学ぶことを避けていた。だが、リアーナさんからの提案もあり、俺は子爵本人からも領地経営について学んだ。やはり、彼の領地経営は真っ当かつ、素晴らしいものだった。
フィアナを通して、第一王子とも知り合った。
「君はなんのために、そんなに早く、伯爵家の当主になろうとしているの?」
初めて第一王子と会った時に聞かれた言葉だ。
「貴族は領民のために存在します。その領民を蔑ろにし、お金は領民のためではなく、娘のわがままのために使い、借金までする人間に領民を持つ資格はありません」
両親の借金のことは知らなかったのか、フィアナ嬢は、「借金まで…」と呟いた。
第一王子は俺の答えに満足したのか、
「僕も力を貸そう、フィアナの頼みだし、君も義理の弟になるのだから」
と言った。第一王子はそのあと、俺の耳元で囁いた。
「まぁ、君がフィアナにとって義弟以上の存在になろうとするなら話は別だけどね。賢い将来の義弟の判断を僕は信じてるよ」
そして、せいぜい頑張りな、と言いながらフィアナと共に部屋を出ていった。
俺はただ茫然とその場に立ち尽くした。
◆◇◆
俺が伯爵家を乗っ取る前日の夕食で義妹のミアーナが爆弾発言をした。あろうことか、自分が第一王子の婚約者になりたいと言い出したのだ。さすが、自分の言うことはなんでも叶うと思っている義妹だな、とも思った。
あのタチの悪い第一王子の婚約者だなんて、なにがいいんだ。理解に苦しむ。
おそらくこの流れで行くと、ミアーナの王城行きは決定事項だ。明日、第一王子に詰められるミアーナを想像して、少し同情する。
フィアナ嬢は、妹を王宮に連れていっていいのか、と、俺をチラチラ眺めてくる。伯爵家を乗っ取った後のミアーナの処遇に関しては、第一王子に伝えさせればいいから問題ない。今問題なのはフィアナ嬢が可愛すぎて、爆発寸前の俺の心臓だ。
俺はそんな空気を出さないためにも、夕食を食べ続ける。そして、ミアーナの王宮行きが決定したと同時に何食わぬ顔で夕食の場を出た。
◆◇◆
伯爵当主夫妻は二人の娘が王城へ向かうのを見送る、というよりは、フィアナ嬢に釘を刺しにいった。
そして二人が帰ってきたと同時に、宣言した。
「本日から、エパリッツェ伯爵家の当主は私です。お二人は荷物をまとめ、玄関にある馬車に乗って、我が家から出ていってください」
「は?何を言っているのだ?お前は」
伯爵は怪訝な顔をする。
「何度でも言いますよ。領民を顧みない領主など必要ありません。即刻この領地から出ていってください」
「あ、あなたに、そんな権限があると思っているの?」
伯爵夫人はただ惑いながらも抗議する。
「これは私の決定ではなく、王家の決定です」
俺はそんな冷めた目で2人を見下ろす。そのまま、2人は第一王子に用意してもらった衛兵に連れられ去っていった。
準備に9年間かかった伯爵家の乗っ取りは、あっさりと終わりを迎えた。
エパリッツェ伯爵当主になった次の日、俺は王城に向かった。
「ウィルソン、乗っ取りは成功したみたいだね」
「はい、おかげさまで」
「まぁ、これからもよろしく頼むよ。叶わぬ恋にもがく義弟くん」
「なんの話をされているのやら」
俺は苦笑した。
「大丈夫だよ、僕のフィアナがいい領主、と認めた男だ。君にもいい縁があるさ。きっと、ど真面目な君を振り回すような女の子とさ」
まるで第一王子は未来を見透かすようにそう伝える。
「ありがたきお言葉ですね」
全く思ってない言葉を伝え、第一王子の元を去った。
第一王子はそんな彼の背中にボソッとつぶやく。
「まったく、初恋を引きずるめんどくさい男だ。一線を超えない理性はあるからいいけどさ」
その数年後、ウィルソンは自分を振り回す破天荒王女と出会い結婚をした。
日間ハイファンタジーで12位、週間ハイファンタジー短編で20位を獲得しました!読んでくださった皆様のおかげです!ありがとうございます(*゜▽゜*)
誤字報告も本当にありがとうございます!
「妹が婚約者を取り替えたいと言ってきました」にひっそりと出てくるウィルソン視点のお話。意外にお気に入りのキャラだから、と書いたのですが、片思いが実らなかった少年になってしまいました…。ごめんね。
いつかちゃんと王女様との出会い、書くからね。幸せにするから。