前編
私が《水》の中に人がいる事に気が付いたのは梅雨の始まる時期だった。
最初の頃は一瞬の頃だったから最初の頃は『気のせい』と疲れているんだと思っていた。だけど時間が経つにつれて徐々に水の中にいる少女が現れる時間が長くなった。しかも現れる場所も雨の水、水だまり、ペットボトルのミネラルウォーター、はてはお風呂の水にまで現れた時は流石に参った。
私は本屋のオカルト漫画雑誌で偶々目に入った霊媒師にあて手紙を送った。普段はオカルトなんて物を信じていない私だったが、この時かなり追い詰められていて藁をも縋る思いで手紙を出したのだ。
その霊媒師の体験談を描いている漫画家からコンタクトを取ってくれたのは手紙を出して三日目の事だった。
「初めまして。私が漫画家の斉木田 友子でこの隣の無愛想な人が霊媒師の槙野 凛先生です」
「どーも」
待ち合わせのファミレスにいた森ガール風の(今では死語か)漫画家の隣に座っている霊媒師ーーー槙野氏は黒のスーツを着た無愛想な女上司の様な女性だった。漫画を少し拝読していたが、それでも想像していた霊媒師のイメージと違っていたのでその事に少し驚いた。
「それで水河(私の事だ)さん。手紙にも書かれていた水の中にいる少女についてーーー」
「斉木田ちゃん。そう言うのは良いからさっさと本題に入るわよ。流石にコレはヤバい」
槙野氏は斉木田氏に手を出した。彼女は槙野氏の意図を察したのか鞄からスケッチブックを取り出し、何枚か開くとスケッチブックを槙野氏に渡した。
「早速だけど水河さん。貴方が手紙で書いていた《水の中にいる少女》とはこんな子ですか?」
見せられたスケッチブックに絵描かれていたのはブレザー服の短髪の少女だった。その顔は恨めしげに私の事を睨み付けている。
「この子です! 何時も何時も雨の中や水だまり、飲み水や風呂にまで場所を選ばずに現れて、しかも現れる時間も長くなってきてもう、怖くて怖くて風呂も碌に入れないし水も安心して飲めない状態で……今日は全身を拭ける汗拭きシートとドライシャンプーで身体を綺麗にしたので臭くはないと思いますが……」
「水分とかはどうしているのですか?」
「最初の頃はジュースやお茶とか色がついているのを飲んでいたのですが、それすら影が見え隠れしていたので今では水分がたっぷりある果物を食べて何とか……だからお二人には申し訳ないのですが、ドリンクを頼まない様にお願いしたのです」
「斉木田ちゃん今はそんな話は良いの。ーーーー水河さん。単刀直入に言います。貴方は誰かに呪われています」
「…………えっ?」
槙野氏の話によるとこうだ。
私が送られた手紙最初に気が付いたのは送り主として明記した斉木田氏ではなく、槙野氏だった。
「手紙越しでも分かる程の怨念が微量ながら憑いていました。そして今、水河さんの目の前に私はいますが正直に言いますと顔を女の腕が巻き付いていて顔が見えない状態なんです」
「あの……私もこう言った体験をしていますし、ちょっとだけ霊感があるんですが……水河さんの顔が黒いモヤで隠れている状態に私には見えます」
「た、確かに特に最近になって顔がダルい様な重い様な感じだったのですが、まさか……!」
絶句して自分の顔を何度も確かめる様に触る私に、槙野氏は自分の鞄からネックレスの様な大ぶりの数珠を取り出した。
「水河さんちょっと失礼しますね」
槙野氏はそのまま数珠を私の首に掛けてくれた。するとどうだろう。あんなにもダルくて重い感じだった顔が風船が割れ様にスパッと消えて無くなったのだ。
「あ……重怠い感じが無くなりました。顔がこんなに軽いのは何日ぶりだろう!」
「一時凌ぎですが、これである程度のバリアを貼りました。問題が解決するまでそのままで」
「はぁ〜モヤが綺麗に無くなりましたが……水河さん随分と疲れた顔をしていますね……」
「お恥ずかしながら水の中の少女が見える様になってから眠るのも億劫で……」
隈が酷い顔をする私を心配する斉木田氏。槙野氏はじっと私の顔を真剣に見続けていた。
「あの?」
「ああ、凛さんは霊視しているので大丈夫です。その、失礼ですが誰かに恨まれる覚え?」
「正直言ってないですよ。いや、もしかしたら知らない内に怨みを買っている可能性があるのかもしれませんけど私自身には……勿論人様を殺したり傷つけたりもしていませんよ! ……本当にどうしてこんな目にっ」
頭を抱え込む私に霊視を終えたのか槙野氏が急に声を掛けてきた。
「水河さん。貴方の実家近くに滝が流れる川がありますね?」
「えっ、あ、はい。先祖がお殿様から譲り受けた小さな山がありまして……滝が流れる川は私が小さい頃に夏になれば川遊びをしていた」
「その滝、龍が見えますね。恐らくはその滝は龍の住処でしょう」
「龍の住処⁉︎」
斉木田氏はかなり驚いていたが、私はある事を思い出した。
「そう言えば昔曽祖父から『先祖が傷ついた鯉を治療し、その鯉が滝を登って龍となって、その龍が治療のお礼に万能薬を先祖に渡し、先祖はその薬を大病を患った姫と若様に使って治したから褒美として龍が住む山を譲られた』と昔話をした事があります」
「うん、……その龍が女の子を抑えているね。だから被害があまり出なかった。けどその龍ですら抑えきれなくなってる」
「龍が弱体化しているんですか⁉︎」
「いや、龍が弱体化していると言うより女の子が強くーーーいや、必死に龍の拘束から逃れようと暴れてそこから怨念が漏れて水河さんに被害が出ている」
するとまた槙野氏は霊視しているのか黙り出す。
「……龍から此方に語り掛けているーーーーなんてこと」
突然槙野氏が立ち上がった。私達は彼女を見上げるしかなかったが。
「水河さん!」
「はい!」
「直ぐにその滝まで案内して下さい! 友子急いで車の準備して!」
「えぅ? 車の準備ってそもそも水河さんの実家が県外の可能性があるのに急過ぎるよ」
「いえ実家の山はファミレスの裏の道路を真っ直ぐ進めば直ぐに」
「無駄話は良いから直ぐに動く!」
「「はい!」」
「水河さん。短髪でポマードで整えていて眼鏡を掛けている三十代位の男性に心当たりは?」
道案内の為に助手席に座っている私に後部座席から槙野氏から質問された。質問された男性の特徴に物凄く心辺りがあった。特にポマードで整えていると言う所に。
「姉の夫、私から見れば義兄にあたる人がそんな容姿です。私ポマードの匂いが苦手であまり会わない様にしていて」
「どうしてその姉の旦那さんが出てくるの?」
「その姉の旦那さんの職業は?」
斉木田氏の疑問を無視してまた私に質問を投げかける。と言うか確か義兄の職業はーーーー
「あっ‼︎」
「ひっ!」
「急に大声を出してどうしたんです?」
「すみません。でも思い出したんです! あの水の中の少女のブレザーの制服、義兄の勤めている高校の制服です! 一度だけアルバムとかで見た事があります‼︎」
私の発言に驚いた様に大きく目を開く斉木田氏。相変わらず無表情のままの槙野氏だったが眉間の皺が深くなる。
「今の時間なら学校にいるか。水河さんお姉さん夫婦は何方にお住まいで?」
「実家で私の両親と同居していますが? 姉は在宅ワークをしていますので多分家にいるかも」
「だったらお姉さんに少し家探しをするようにお願い出来ませんか? 探して貰いたい物は……」
私は姉に電話を掛けると槙野氏が言った探し物の特徴を伝えて探して貰う様に頼むのだった。




