第七章 貴族当主”ラグエル・ヴァレンタイン侯爵”との謁見
空一郎が窓辺の外を見つめていると、部屋の扉が再び静かに開かれた。
入ってきたのは、威厳を感じさせる長身の男。黒と金を基調にした軍装のような礼服をまとい、腰には細身の装剣を佩いていた。歳は五十代半ばほど、灰銀の髪に深い皺、鷲のような鋭い目。
その後ろに控えるのは、がっしりとした鎧姿の男。空一郎の直感が告げた。
(——護衛、それも一流だ)
「ちゅゆ、翻訳は?」
「あと数秒……来るよ、来るよ……はいっ、通訳モード、部分的にオン!」
貴族らしき男が口を開いた。言葉は半ば未知のままだが、補助脳内でCHUYUが同時通訳を始める。
『——余はこの館の当主、ラグエル・ヴァレンタイン。君の容貌、衣服、話しぶり、いずれも“外より来た者”と見受ける。』
空一郎はゆっくりとベッドから立ち上がった。あたかもいつもしているかのように、胸に手を当てて、軽く頭を下げる。まるで外交使節が、国家元首にたいしてするように。
「柊空一郎……旅の者です」
『礼を返す。だが……』
ラグエルが言い終える前に、その後ろの護衛が一歩前へ出た。
鋭い目つきで空一郎を睨みつけ、咄嗟に剣の柄に手をかけた。
「ちゅゆ、なんだ?」
「えっと、その人……“無礼者、下郎が貴族に無言で名乗るなど許されぬ”って怒ってる……っぽい!」
護衛が一気に間合いを詰め、鞘から剣を半分抜きかける。
「空兄、来るよっ!回避推奨、左へステップ。次に膝蹴りのフェイント!」
空一郎の体が反射的に動いた。
義体の左腕が護衛の剣を受け止め、衝撃を吸収。
次の瞬間、彼の体は低く沈み込み、鋭く一歩踏み出した。
「ぐっ……!」
護衛の体がバランスを崩し、空中で回転するように崩れ落ちた。床に仰向けに叩きつけられ、剣はすでに彼の手から離れていた。
静寂。
ラグエルがゆっくりと一歩、前に出る。
『……まさか、あのベイルを素手で制するとは。君、軍歴は?』
「あります。地球 日本国空軍——小松基地教導隊所属、空戦訓練担当でした」
『“ちきゅう”空軍……。ふむ、未知の国家、未知の技術、そして未知の礼儀作法。面白い』
ラグエル侯爵は声をあげて笑った。
『君を我が家の“賓客”として迎えたい。そして願わくば、我が私兵団の技術教官として力を貸してほしい』
「それは……ご厚意として受け取ります。ですが、私は一時の旅人ですので......」
『構わぬ。旅の者であれ、誠実に剣を振るう者ならば、我が家の友としたい』
その瞬間、空一郎の脳内でCHUYUがささやいた。
「空兄、やったぁ……“保護者”獲得、ですっ♪」
窓の外、バラの花が風に揺れていた。