第6章 前半 タイムトラベル・プロジェクト始動 帰還なき旅、未来を託す者たち
計画名:Chrono One Project(クロノ・ワン計画)
対象者:柊空一郎
転送先:若き葛城善一が記憶する、1976年11月25日 午後3時32分。東京都文京区・神楽坂の研究アパート
この計画は、空一郎を祖父・葛城善一の若き時代に送り込むことを目的としていた。
だが、タイムマシンは一方通行。帰還の鍵は、過去の善一の手に委ねられるという、ある意味、信仰に近い構想だった。
「じいさんの記憶を元に座標を決めた。あの日時、あの場所なら確実に会える」
陸一郎が、慎重に指定時空を選定した。
「補助脳には、タイムマシンの設計図を全て入れておいた。Noös Pouchにも、必要な未来素材がすべて揃っている」
海一郎が、心臓を手渡すようにポーチの出力モジュールを接続する。
「あとは……父さんの職人魂に、賭けるだけね」
みさをの言葉は、医師の冷静さではなく、母の信頼に満ちていた。
転送装置《Chrono Diver》前、静寂。
高電圧が磁場をひずませ、転送フィールドが収束を始めていた。
「空。成功しても、一方通行だ。帰ってくる保証は――」
「ない。わかってる。でも、だから面白いんだろ」
空一郎は、装着された補助脳からデータの最終転送を受け、Noös Pouchのコンテナに手を置いた。
「こいつには、生活物資からバイク、偵察衛星、ミニロケット、武器、潜水艇、戦闘機まで入ってるって?」
「入ってる。“冒険者キット”ってことで、家族総出で詰めた。ちゅゆが退屈しないように精巧な、アンドロイド義体も搭載してるぞ!」
「最高かよ……やっぱ柊家、超最高だな」
空一郎が、タイムマシンのポッドに足を踏み入れた。
ドアが閉まり、光が差し込む。彼は、にやりと笑いながら、最後に右手のひとさし指と中指を揃え気障っぽく、軽く敬礼をするようなポーズで振り返った。
「……じゃ、ちょっと行ってくるよ。じいちゃんに会って、未来、作ってくる」
「行ってらっしゃい。あんたは、“過去”へ行くんじゃない。“未来”を渡しに行くのよ」
「きっととうさんなら、面白がって協力してくれるはずよ。」
母の声が、彼の背に届いた。
カウントダウン。
「……3、2、1――!」
白い閃光が、すべてを包んだ。
だが――直後、研究所に緊張が走る。
「座標が……ズレている!?」
「どういうことだ、時間波形がぶれている……観測点が……!」
陸一郎の手が震えた。モニターには、想定地点からわずかに逸れた、“未知の時空座標”が示されていた。
海一郎が補助脳から緊急パケットを抽出する。
「信号は……消えてない。補助脳は作動してる。生きてる。空は――確実にどこかで生きてる!」
みさをは深く息を吐き、静かに目を閉じた。
「お父さんに任せましょう。彼なら必ず、空一郎を迎えてくれる」
「いや、転送は失敗していない。何らかの干渉で、まったく異なる時空に“漂流”したんだ」
「理論が破綻した? それとも……予期せぬワームホール分岐……?」
家族全員が絶句するなか、俊介が静かに呟く。
「これは科学じゃない。“信頼の試行”だ」