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時を継ぐ者たち〈The Heirs of Time〉  作者: しゅんたろう
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第5章 青年期の研究と才能の開花 ― 情報の器、意思の種



兄たちが“研究”というフィールドで世界に挑みはじめたのは、まだ高校を卒業する前だった。


家庭という名のミニ・アカデミーで、数多の失敗と奇抜な仮説を経た三兄弟は、それぞれの道を歩み出していた。


陸一郎 ― 時間に挑む者

陸は、幼少期から“秩序”と“再現性”を愛していた。


「すべての現象には因果がある。因果には構造がある。そして、構造には予測可能性がある。――ならば、未来は書き換えられる」


彼が大学院で発表した論文『局所閉じた時間的ループにおける観測者の位相遷移』は、国内の物理学会に小さな旋風を巻き起こした。


「時間とは空間のように“曲げられる”のではなく、構造的に“折り返される”ものだ」と主張するその仮説は、祖父・善一の理論を実証的に裏付けようとする試みだった。


彼はやがて、Noös Pouchを設計する。


彼はやがて、Noös Pouchヌース・ポーチの初期構想を理論化する。

それは“意識の拡張”をコンセプトに、高次空間に接続された知性対応型のアイテム収納システム――いわば科学による“アイテムボックス”だった。


量子的な非局在性と、情報制御型ナノ材料の組み合わせによって、サイズに制限されない物質収納が可能となり、空一郎のサバイバル性と戦術汎用性を高める武器として設計が進められた。


海一郎 ― 意識の海を渡る者

海は、情報に魅せられていた。


「自我は、再現可能か?」


幼いころから彼は、母・みさをの補助脳実験に付き添い、医療用AIや神経端末と会話することで、言葉と人格の関係に興味を抱くようになった。


彼の研究は、量子アルゴリズムを用いた補助脳と人格データの相互最適化。


海は、人間の脳活動をリアルタイムで解析し、その出力を量子コンピュータが処理し、AIとして再現するというアプローチを試みた。


言語生成モデルと情動認識ネットワークを融合させた端末「Q-BRAIN」は、特定個人の思考パターン・言語習慣・感情傾向を学習し、“模倣人格”を生成できるまでに進化していた。


この技術が、やがて妹・宙結をモデルとした支援AI CHUYUに昇華される――


空一郎 ― 空を翔ける技術者

空は、学問の枠には収まらなかった。


高校在学中に航空自衛隊の特別課程に編入し、大学では宇宙構造工学と時空航行制御理論を専攻。後に開発された多重位相航行装置《Chrono Diver》のパイロット第1号となる。


彼の研究と鍛錬は、戦闘機のコックピットと、時空解析シミュレーションルームの間を往復するような、極限の実地教育だった。


父・俊介の言葉を常に心に留めていた。


「数式は君を守らない。だが、君が数式を信じれば、未来はきっと形になる」


空は、左腕(義体)に内蔵された多機能レーザーシステム、Noös Pouch搭載の戦術演算モジュールなどを駆使し、理論と実地の融合という最難関を、生身で越えようとしていた。


宙結 ― 情報としての自己、意識の遺伝子

「わたしは、わたしであり続けるために、“わたし”を手放すことにした」


宙結がそう言ったのは、16歳の春。


彼女は自らの人格構造を、海一郎の開発したQ-BRAINに転写しようと決意する。


その動機は、兄たちの計画に同行し、「誰かが常に観測し、記録し、支える存在」でありたいという、純粋な願いだった。


人格の転写は、単なる会話モデルではない。


宙結は、自らの言語選択傾向、感情起伏パターン、推論ロジック、記憶の再生順序、声色の変化、視線の動き、ため息のタイミングまでも逐一記録し、分析させた。


善一の理論「意識=高次情報構造」、

俊介とみさをが進めていた補助脳理論「意識と記憶の脱身体化」、

海の量子情報端末がそれらを統合し、ついに“宙結Replica”AIが完成する。


「人間らしさは、矛盾の中にある。じゃあ、その“矛盾”ごと写せば、魂のカタチも再現できるかもしれない」


宙結Replicaは、現実世界の宙結が眠っている間も、常に兄たちの補助ポータブル端末”Bible”にアクセスし、言葉を送り、状況判断を支えた。


兄たちは口には出さなかったが、そのAI-CHUYUをも“心の妹”として信頼していた。


そして宙結自身も、AIの中の“わたし”が兄たちの旅を見守っていることを、どこかで誇らしく思っていた。


春の夜、みさをと俊介はまたベッドで語らう。


「……この子たち、すごいわね」


「それぞれが、僕たちの夢の続きを走っている。しかも、自分の足で」


「宙結は……もう、母親が教えることなんてないんじゃないかって思う時がある」


「でも、あの子の中には君の声がある。“手術は確率、でも命は信念”って言ってたじゃない」


みさをは静かに微笑んだ。


「この家族って、やっぱり、ちょっとおかしいかも」


「……それが、最高なんだよ」


ベッドの向こうで、AI-CHUYUが小さく話しかけてくる。


《お父さんお母さん、マイクは切り忘れてるよ。今の会話、ちゃんと保存しておくね》


「……まったく、しっかりしすぎてて将来が怖いわ」


「……天才たちに囲まれて、君と暮らせて、俺は幸せ者だ」


――青年たちは、自らの領域を見つけ、技術を手に入れた。

だが、それはまだ“旅の準備”にすぎない。

真の冒険は、これから始まる。




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