第十五章 新たなる風と、静かなる敵意
空一郎の治めるラグエリア公国は、かつてのヨーロッパに似た「リゼアス大陸」に位置していた。
この広大な大陸には、多くの自治国家や王国、商業都市連合が点在し、それぞれが独自の文化と経済力、軍事力をもって絶妙な均衡を保っていた。
空一郎はヌースポーチの技術と補助脳AI CHUYUの支援を受け、大陸全土の地形、街道、物資の流通網、他国の軍備、経済動向、外交関係などを詳細にマッピング・分析していた。
自国ラグエリアの防衛拠点となる峠道には、戦略的に設けた前哨基地とセンサー網が敷かれ、物流の要所には税関と監視塔が整備された。
「この街道は……リュグノス公国とエルベリン王国の間の交易路。馬車とキャラバンの動きが極端に増えてるな。何かある……」
「監視衛星《ORBITAL MIND》の映像を拡大、AI補正して」と空一郎はCHUYUに命じた。
壁に投影されたホログラムには、国境沿いの都市に集まる兵の様子が鮮明に映し出されていた。
「このペースだと……2週間以内に“動き”があるな」
空一郎は補助脳経由でその情報を即座に執政官や軍部に転送し、予防的な外交カードを切る準備に入った。
一方で、彼の夜は静かに過ぎていく。
アリステリアとともにベッドに横たわる時間、彼はプロジェクターを使い、彼女に未来の“日常”を見せた。
映し出されるのは、治める村々の豊かな穀倉地帯、笑顔の子どもたち、収穫祭で踊る人々、整備された水路。
「これが……私たちの国?」アリステリアの目が輝く。
「そう。これから君と築く未来だ」
画面が切り替わると、静かに浮かぶ軌道衛星からのライブ映像が映った。
そして遠景から引きで捉えた街の中、城のバルコニーで、空一郎が窓から手を振る姿が。
直後、映像内の音声がクリアに再生された。
『アリス、愛してるよ』
アリステリアは驚き、そして嬉しそうに微笑む。
「まるで魔法ね……」
彼女はそっと彼の手を取り、重ねた。
空一郎は武力による征服ではなく、善政による支配をリゼアス大陸全土へ広げようとしていた。
この世界では、多くの国々が古代封建制に依存し、貴族が下層階級を搾取する構造が常態化していた。人々の生活は困窮し、街は汚れ、疾病が蔓延していた。
空一郎は、かつての地球で学んだ現代の経済学・政治理論を応用し、次々と大胆な改革を断行する。
まず彼は、通行税の軽減、農民・職人への課税緩和、商人ギルドの独占権廃止を掲げる税制改革を断行。また、ギルドによる価格操作や談合を禁止する「自由商工法」、そして交易の透明性と治安の維持を目的とした「市場監査制度」を導入。
加えて、自らの資産を投じて下水道や水道のインフラを整備し、病院や救護施設、孤児院、夜警組織といった公共インフラを構築。
さらに、貴族や商人による不当な搾取から平民を守るべく「市民警邏隊(Civic Watch)」と呼ばれる準警察組織を創設。衛生と治安の向上により、ラグエリアは瞬く間に「安全で清潔な国」として評判を呼び、人口と移民が増加していった。
「民が栄えなければ、国家もまた枯れる」
空一郎はそう語り、領民の声に耳を傾けながら政策を積み重ねていった。
リゼアス大陸の西では、この動きに脅威を感じ始めた国も現れはじめていた。