第九章 ハイラスタ同盟の反乱
だが翌日早朝、王都を揺るがす一報が飛び込んでくる。ラグエルに反旗を翻した勢力、カリオス・ド・ヘルマンス率いるハイラスタ同盟が空一郎暗殺を企て、行動に出たのだ。
伏兵の奇襲に、ラグエルの護衛部隊はなすすべもなかった。
だがその瞬間、怒りと絶望の渦中にあった空一郎の中で何かが弾けた。
「……未来の技術ってやつが、魔法のように見えるなら、今日その意味を教えてやる」
Noös Pouchが開かれた。小型ドローン、誘導爆薬、ステルスフィールド展開装置、そして義体内に格納されたマルチレーザー砲。
「CHUYU、戦術モード、展開」
「了解、戦術連携AIプロトコル起動。目標ロック、範囲殲滅演算中……」
戦場に降り立った空一郎は、まるで一騎当千の戦神のごとく、敵兵を蹴散らした。
彼は一人で、ラグエルの国防軍に匹敵する兵力を壊滅させてしまったのだった。
その後――
「……帰れないなら、ここで生きるしかない」
そう言って空一郎は、異世界の地に根を下ろす決意をする。
ラグエル公爵は、空一郎に深い信頼を寄せ、自らの娘・アリステリアとの婚姻を申し出た。
そして空一郎はその申し出を受け入れる。
空一郎――かつて地球にいた男は、いまこの異世界で、新たな運命の歯車を回し始めた。
「空一郎……君の旅は、ここからが本番だ」
自分自身に言い聞かせた。
その夜、ラグエルのもとに空一郎は設計図の束を携えて現れた。
中世ヨーロッパに似たこの世界の科学の発展レベルに照らすと、この程度の兵器でもかなりのオーバーテクノロジーといえるであろう。
そこには火薬の配合式、雷管の設計、単発式銃と大砲の図面が記されていた。
「敵と戦うためではありません。戦いを避けるために“差”を見せつける。それが抑止力になると、私の世界では考えられてきました。
相手に攻撃が無意味だと思わせる軍事力。 すなわち、相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと相手に思わせて攻撃を断念させるためのものです。」
ラグエルは図面に目を通し、目を見開いた。
『これは……雷で火を起こすのか? そしてこの螺旋の刻みは……銃弾を回転させるためか?』
「そうです。命中精度を飛躍的に高める工夫です。製造には高精度な鍛造技術が必要ですが、この国一番の鍛冶師にお任せいただければ、試作可能でしょう」
『よい。紹介しよう。グランハルトという老職人だ。貴族も頭が上がらぬ頑固者だが、腕は確かだ』
そして数週間後——
王都郊外の訓練場に、貴族たちと兵士、そしてラグエル自身が集められた。
中央に据えられたのは、黒鉄の筒——試作された単発式銃と小型砲である。
空一郎はゆっくりと銃を構え、標的へ向けて引き金を引いた。
乾いた破裂音と共に、百メートル先の標的が粉々に砕ける。
「つぎ、砲」
合図とともに、大砲に点火。
衝撃音とともに、土塁が半分吹き飛んだ。
群衆にどよめきが走る。
『……これが、“ちきゅう”の力か』
ラグエルは呆然とつぶやいた。
『空一郎。貴君は、我が軍の技術将官として、この国に新たな時代をもたらすことになる』
空一郎は静かにうなずいた。
「戦いを避ける力を持てば、きっと争いは減る。僕はそう信じています」
その日、空一郎はこの世界における軍事技術の“革命”を始めたのであった——。
その後まもなく、空一郎のもとにひとりの使者が訪れた。
名をカリオス・ド・ヘルマンス。ハイラスタ同盟の外交官を名乗る男であった。
「空一郎殿。あなたほどの知恵と力の持ち主が、ひとつの貴族家にとどまるのは惜しい。我らハイラスタ同盟は、あなたの力を必要としております」
空一郎は静かに答えた。
「あなた方の目指す“血統こそすべて”という考えには、僕は賛同しかねます」
「我々が求めるのは秩序。無知なる民衆が支配する混乱ではありません」
「秩序と抑圧は、紙一重だ」
そう言って断ったものの、心にはわだかまりが残った。
その夜。アリステリアが空一郎の私室を訪れた。
月明かりに照らされたバルコニーで、ふたりは静かに並んで座っていた。
「……空さまは、この国に残られるのですか?」
「……まだ、わからない」