【第1幕】空一郎の旅立ちと遭難 Prologue(現代)
人が時を越えることなど、空想にすぎない——そう語ったのは、誰だったか。
けれど、葛城善一にとってそれは“夢”ではなかった。
タイムトラベル。脳内情報の転送。過去、未来との通信。
彼が掲げた理論は、学界の片隅で“絵空事”と笑われながらも、誰よりも強い確信と祈りをもって綴られていた。
それは、亡き妻・アヤを取り戻すため。
そして、自らの知を託す“未来の子どもたち”のためだった。
——孫たち。
柊陸一郎、海一郎、空一郎 三つ子の兄弟。
そして末娘の宙結。
彼らは、善一の光だった。
善一は、幼い三兄弟と宙結に、科学の不思議と宇宙のロマンを語り聞かせた。
庭に転がる小石から、夜空の星まで。
“この世界は観察し、考えることで広がっていくんだよ”と、目を輝かせて話す善一に、子どもたちは夢中で耳を傾けた。
彼の書斎は、少年たちにとって秘密基地だった。
ニュートンの万有引力、アインシュタインの相対性理論、量子もつれや超ひも理論の入門書が並ぶ棚に手を伸ばしながら、三人は宇宙の果てに思いを馳せた。
善一は語った。
「思考は翼だ。どこまでも飛んで行ける。だが、その翼を信じる心がなければ、何も始まらん」
空一郎は、特に祖父の言葉に影響を受けた。
いつも兄たちに一歩遅れていたが、誰よりも行動力があり、困難に立ち向かう力を持っていた。
陸一郎は論理の人だった。几帳面で責任感が強く、兄として弟たちを引っ張った。
海一郎は繊細で機械好き。幼い頃から補助脳の試作機をいじり、ロボットを解体しては作り直していた。
空一郎は無鉄砲で、けれど不思議なカリスマ性を持っていた。
破れたシャツで野山を駆け、宙結を背負って木に登り、蜂に刺されて泣きながら帰ってくる。
それでも、翌日にはまた笑って出かけていた。
宙結は、彼らの太陽だった。
言葉を覚えるのが異様に早く、三兄弟のケンカを絶妙なタイミングで仲裁し、時には祖父の実験メモを勝手に改良して“もっといい方法があるよ”と提案することもあった。
善一は確信していた。
——この子たちなら、夢の続きを紡いでくれる。
そして、ある日。
善一は、彼らに小さなノートを託した。
そこにはこう記されていた。
「空間は曲がる。時間は揺らぐ。だが、“愛”と“意志”だけは、決して消えない」
その言葉は、兄弟たちの心に根を下ろし——
時を越えて、物語が動き出す日を待っていた。