Lv.1 魔王様の襲来
「今度の土曜、ホテル行こうぜ」
「せめて下心を隠せよ」
こんなくそみたいな会話が日常となるなんて、あの時は思わなかったのになぁ
***
おしゃれな制服、品のある生徒、一般人なら誰もが憧れる私立小中高大一貫校。
いわゆる金持ちの学校。
私はその学校の高校1年生である。
「京香ちゃんごきげんよ~」
「ごきげんよう」
私の名前は小野寺 京香。金持ちの嬢ちゃん坊ちゃんにまぎれた普通の女だ。
家はあまり裕福でないため、成績優秀者には学費免除のあるこの学校に高校受験をした。
正直言って、私はこの学校が苦手だ。学生どもの住んでる世界が違いすぎる。
初登校で何も知らなかった私は、クラスの子に「おはよう」と言った。
結果、ものすごい顔を顰められた。
‥‥‥せめて嫌うなら自己紹介の後にしろよ。
教室に入ってわずか3秒で、辱めを受けたのである。
というわけで、私はこの学校で必要以上に喋らないことにした。
口開くたびに辱めを受けそうなので‥‥‥。
周りもいわゆる庶民の私に、挨拶程度しか話しかけてこない。
だから、わりと平穏な学校生活を送っていた。
あの自己中軽薄変態魔王と会うまでは。
高1になってしばらく経ったある日、そいつは授業中にも関わらず、堂々と教室に現れた。
「せ、瀬嵐君‥‥‥!久しぶりだn」
「席どこ」
端的かつもはや疑問符すらない質問に、先生がおどおどしながら答える。
え、怒んないの??
先生が情けなさ過ぎて泣いた。もちろん比喩だけど。
「そ、そこだよ」
先生が示したのは、私の隣の席だった。つまり一番後ろの窓側の席。
――いや隣お前かよ。
なんかずっと席空いてんな~とは思っていたが、こんなやばそうな人の席だとは思わなかった。
いじめられてるわけではないが、クラスで少し浮いている私はいつも同じ席にされている。
特に不満もなかったが、隣の空席の意味を知り、目頭を押さえた。
なすりつけられてたっつーことか‥‥‥。
無言で席に着いた瀬嵐君はちらりとこちらを見て、気持ち悪いほどきれいな笑みをむけた。
「お隣よろしくね~。名前なんてーの?」
――こいつ女慣れしてんな。
私以外のクラスの女子がみんな息をのんだのがわかった。
授業中に話しかけんなよと思ったが、無視すれば後が怖いのでしぶしぶ答えた。
「小野寺。」
「ふーん、おれ瀬嵐 利久。仲良くしよーな♡」
嫌悪感むき出しで答えたのに、語尾に♡付けてない?ずいぶんな神経だことで。
瀬嵐利久。友達皆無の私も噂だけは聞いたことがある。
現在ここら一帯の不良たちを仕切っており、何度も警察のお世話になっているとかいう筋金入りのワル。
たしか、1個下の弟と一緒に日々暴れてるんだっけ。
金色に染めた髪に網目状のカチューシャをつけており、前髪をオールバックにしているため、キリッとした顔がよく目立つ。少し青みを帯びた色素の薄い瞳はカラコンだろうか。片耳にリング状のピアスをつけ、制服は見たことないほど着崩れている。
総括して言えば、ヤンキーの模範解答みたいな見た目であった。
だめだ恐らく私の苦手なタイプだ。
彼も小学生からこの学校に通っているお金持ちさんだ。
顔はすこぶる良いが、近寄るなオーラがすごすぎて近寄れない。なんて女子が嘆いてたなぁ。
でも、その噂は少し違ってたみたい。
休み時間になったとたん、クラスの女子が瀬嵐君の席に群がった。
「利久君久しぶり~!元気してた?」
「おー、元気元気~」
「てか昔と雰囲気ちがくない?」
「さらに良い男になったろ?」
「うん!ちょー良い男♡てか今度どっか行かな~い?」
「いいよ~」
会話の内容が軽い。羽毛布団より軽い。軽すぎてちょっと笑った。
いくらお嬢さま学校とはいえ、こういうギャルみたいな子も多い。
そうじゃない子も瀬嵐君に果敢に話しかけようとしてるけど。
なんかみんな楽しそうだったので、次の授業まで席は貸し出した。
会話に入らないのかって? 私の陰キャぶりなめてんのか??
挨拶しただけほめてほしいね。
それに、私のタイプはお堅めの人だからキョーミないの。
放課後、味をしめた女子たちはこぞって私の席にきて、席を代わってほしいと言ってきた。こちらとしても好都合。
それを承諾すれば、たちまち私の席は入れ食い状態となった。
――ヤベーな瀬嵐
必死な女子たちが心底おもしろ‥‥‥じゃなくて可愛かったので遠目からキャットファイトを眺めていることにした。
割と愉快な一日だった。
その後、クラスの男子から盗み聞きした噂では、瀬嵐利久はこの学校の美女をだいたい喰ったという。
もちろん関係を持った人はみんな高校生、小中学生ではないけれど。
大学生とは建物が違うから会うことはない。
この噂を聞いたとき、私は大いに笑った。この学校にどれだけ生徒がいると思ってんの?つまり、可愛い子もかなり多い。
いくらマセガキとはいえ、そんな‥‥‥なんて思っていたが、近くにいた女子の会話に固まった。
「一昨日“利久”とデートしたの」
「あら私は一週間前に“利久”とデートしてホテルに行ったわ」
「私だって一緒にホテル行きましたわ。とっても優しかったんですから」
「私だって…!」
噂、まじかもしんねー‥‥‥
金輪際関わらないようにしようと、決意した瞬間だった。
決意‥‥‥したんだけどなぁ
寒さが厳しくなってきた今日この頃、私は今まで経験したことのない強烈なめまいに襲われていた。
ツイてないな~、この授業出たかったのに。
さすがに吐き気がやばすぎたので、先生に言って保健室に行った。普段なら一瞬で辿り着く保健室に、今日はなかなか辿り着けない。
ようやく着いた保健室の扉を開け――そして閉めた。
一度、深呼吸をする。
――幻覚まで見るなんて、とうとうまずいかもしれない。
そう思い込んでもう一度扉を開け‥‥‥たことを後悔したよね。幻覚じゃなかった、瀬嵐君がいる。
しかもちょっと服がはだけている。なんでだよ、ここはあんたの家じゃないんだぞ。
過去一の速さで扉を閉めた。今の速さならギネスも狙えるかもしれない。そんなギネスがあるのか知らないが。
しかしその扉は瀬嵐君の足によって完全には閉まらなかった。
私のギネスを超えるとは、なかなかやるじゃないか。
グイっと腕を引っ張られ、無理やり保健室の中に引き込まれた。
そして二人だけの空間の誕生である。てかなんで先生いないんだよ。
「なぁんで入ってこないの?」
瀬嵐君の質問に硬直する。あんたがいたからだ、なんて死んでも言えない。
純粋に、怖いと思った。
だが、それ以上に‥‥‥
「っ、袋」
「‥‥‥は?」
「は、っ、きそ」
「え、吐きそう‥‥‥?っ!おい!ちょっと待て!!」
「うっ、」
悲しいかな、恐怖よりも生理現象の方が勝ってしまった私、京香にございます。
***
「ちょっとは落ち着いたか?」
「まぁ、吐き気は。ありがと」
ぎりぎりで袋を持ってきてくれた瀬嵐君に軽い礼を言って椅子に座る。まぁじでこの人にかけなくて良かった~。
今は戦場を搔い潜った戦士の気分である。
「お前この俺にこんなことさせて礼軽くね?てか吐き気はって何。」
「元はといえば私の腕を引っ張った瀬嵐君が悪いんじゃん。あと私のめまいは頭痛がメインだから」
「吐き気はメインじゃねーのかよ」
そう、私のめまいは頭痛がひどいうえに2、3日治らない。一種の持病みたいなものである。
そして今は頭痛のピーク。椅子に座ったことを後悔したよね。ベッドまで動けない‥‥‥。
「そんなことより瀬嵐君」
「そんなこと、で片付けようとすんなお前の顔真っ青だぞ」
「‥‥‥先生どこ」
「無視なんていい度胸じゃねーか一発やるぞ」
「そしたら瀬嵐君に直に吐くからね」
「なにそのダセー脅し文句」
けらけら笑いだす瀬嵐君。こっちは瀕死だってのに、死神か?
てかヤる?殴る?どっち??いやどっちも嫌だけど。恐ろしいヤツ。
「ははっ、お前面白いなぁ。センコーは追い出した」
あっ、死神じゃなくて魔王だったわ。
「じゃあ、呼んできてくれないかな、っ、もう、動けなくて」
呼吸すらしんどく感じてきた。一刻も早く寝たい。
「呼んでどーすんの?」
「ベッドまで、運んでもらう」
「あっそ、じゃあ呼ばなくていーな」
その言葉と同時に体が宙に浮いた。え、待って??これは俗に言うお姫様抱っこでは??!?
脳内は大パニックからのどんちゃん騒ぎである。ただ残念ながらときめきより恐怖が勝っている。なんで初めてがこいつなんだよ…。
「ぅえ?!すっご‥‥‥」
びっくりしすぎて語彙が溶けちゃった。力つよいなぁ。
「こんぐらい余裕だろ」
さも当然と言わんばかりの瀬嵐君を見て、彼の噂を思い出す。
「あー、学校の美女、喰い散らかしてんだっけ」
「落としていい??」
まだ戦士の気持ちが残っていたらしい。普段なら言わないことを言ってしまった。ちょっと今日ダメだわ。
でもなんだかんだ言いながら、瀬嵐君は優しくベッドに下ろしてくれた。
「てか身に覚えねぇーんだけど。どこ情報?」
「え、身に覚えないの‥‥‥?」
「なんで疑うんだよ」
「自分の恰好見てから言ってほしい」
上半身がはだけている自分の恰好を見た瀬嵐君は、軽く笑った後、なるほどなぁと呟いた。
「これは寝苦しくてしてただけ。事後じゃねぇよ」
「はぁ、そーですか」
ツッコむのも疲れた。もうなんでもいいわ。でも横になったら少し楽になった。
「んで?誰からの情報だ?」
「クラス」
「誰だっつってんだけど」
「クラスの人らの話を盗み聞きしただけだから、誰かわかんない。でも複数人だよ」
「へ~。なんて言ってたんだ?」
「学校の美女をだいたい喰ったとか、複数の女子が『私は利久とホテル行った』て言ってたりとか」
そう言うと瀬嵐君は顔を顰めた。え、違うの?
「はあ~?言っとくけど、俺クラスの奴とホテルなんて行ったことねーよ。」
「え、まじか」
「遊びにはよく行くけど、学校の奴となんてヤったことない」
高校生なんてガキだしなぁ、なんていう瀬嵐君。ならお前もガキだよ。
‥‥‥まぁつまり、女の見栄の張り合いだったわけか。でもこの感じ学校外の人とヤってんじゃない?まじでマセガキじゃん。まだ高校生活はじまったばっかりなんですけど。
「まぁモテてるって言われてるようなもんだし、気にしなくていーんじゃない?」
「ちょっとちげーと思うんだけどな~」
そう言ってまた瀬嵐君はけらけら笑った。存外この人のツボは浅いらしい。
思ってた感じと違ったなぁ。
「瀬嵐君ってさ、」
瀬嵐君がゆっくりとこちらに向き直る。
「思ったより、やさしー人、だったんだね」
彼は少し目を見開いて、すぐに普段の表情に戻った。
「ねみーなら寝ちまいなぁ」
私は軽くうなずいて、そのまま意識を手放した。
これが、私たちの物語の始まりだった。
最後までご覧くださりありがとうございました!
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