〈2〉招待状
塚原里菜は同じ大学に通う宇佐見智輝のことでヤキモキしていた。それは智輝が里菜と距離を取り始めたからだ。それには訳があった。智輝の父、正高は前年に行われた博覧会組織委員会の理事を務めていて収賄の罪で訴えられたのだ。正高は賄賂を否認し現在、控訴しているがその賄賂を贈っていたのがデベロッパーの傘下の設計会社。里菜はその設計会社の親会社であるデベロッパーの創業家一族の娘。その関係もあって智輝と里菜を知る学生の間にも憶測や誹謗中傷が出回り始めていた。それ故、智輝は自ずと里菜を遠ざけていた。それがお互いのためだと。そのことを里菜は社長令嬢で同級生の伊坂麻弥に愚痴た。
「庶民は金持ちを敵視するものよ。金持ちは庶民から金を搾取して富を築いてるって。確かに当たらずも遠からずだけどね」里菜はそう吹いては笑い飛ばす勝気の性格。
「智輝も将来、上流社会で生きるのならもっとふてぶてしくやらなくちゃいけないのよ。虫も殺せなそうな可愛い顔したアイドルだって、一般人と結婚しますと言って億万長者と結婚するのよ。億万長者のどこが一般人? それぐらいしたたかさが必要なのよ。誹謗中傷なんて真に受けることない。逆にそんなことを言う奴らのケツ毛をむしり取ってやるぐらいな気持ちが必要なのよ」
「ケツ毛って、借金取りじゃあるまいし」麻弥は笑った。
里菜も一緒に笑った。
「でも、別れたくないんだ?」
「だから試してみようと思う」
「試す? 何を?」
「智輝に招待状を送る」
「招待状?」
「そう。これから大学も休みに入る。だからその休みに智輝にペアで泊まれる招待状を送る。ペアの招待状を送れば智輝が私を誘うかどうかわかる。今まではちゃんと私を誘ってきたから」
「今まではって?」
「たまにやってたのよ。智輝が浮気してないか探りを入れるためにペアチケット送ってね」
「そんなことやってたの⁉」
「やらない?」
「やらないわよ! 第一、考えたこともない」
「あら、案外無防備なのね」
「信用してるのよ」
「信用なんて当てにならないわ。人は善人面して悪事を働くのよ」
「いちいちそんなこと考えてたら人間不信になるわ」
「大丈夫。自分さえしっかり持っていれば。だから試すのよ。智輝への想いを切るか否か良い判断材料になる。もうこれ以上、ズルズル引きずりたくないから」
「なるほど」
「でも、招待状を送るのは智輝だけじゃない。安見教授のゼミに出ていた生徒をチョイスして招待状を送る。あたかも安見教授が招待したかのように見せかける。そうすれば智輝もみんな来るでしょ」
「都合さえよければね。でも、別荘って里菜の家の別荘?」
「いや、私の叔父にあたる人が北海道の原野に別荘を持ってるんだ」
「原野?」
「そう。何もない原野。たまに原野商法でニュースで流れるような土地。私も行ったことがない。行ったことがあるのはおそらく叔父さんだけ? いや、叔父さんも行ったことあるのか知らないなぁ」
「そんな原野に何があるの?」
「何もないよ。金にもならない、見向きもされない広大な土地よ」
「そんなところに別荘があるんだ」
「うちの一族で変わり者がいてね。その人が一人で作ったらしいの」
「そこにゼミの人を呼ぶの?」
「招待状を渡す人はここに書いてある」里菜は麻弥に一枚の紙を渡す。麻弥は紙に書いてある名前を見た。
「これって全員来たら結構な人数になるんじゃない」
「そうね。十数人にはなるかな」
「そんなに入るの?」
「もっと入る。結構、大きな別荘らしいから。だから麻弥はそこに書いてある人に招待状を渡して欲しいの。ちゃんと交通費もこっちもちって言って、身一つで来ればいいってね」
「ペアだから知らない人が来るよ。それでもいいんだ」
「なんでもいいのよ。要は智輝が私を誘うかどうかが知りたいだけだから。あとは座興のようなもの。各々誘いたい人を誘って楽しんでくれればそれでいい。別荘でゆっくりするも良し。ほんと好きにしてくれればいいわ」
「好きにするって、何もないんでしょう」
「ゆっくりできる。帰りたくなったら帰ればいい。気に入れば居ればいい。別荘といっても叔父が行ってなければ原野に放置されてるようなものなんだから」
「住めるの?」
「住めるよ。別荘を建てた人はそれを建てるのに人生の全てを費やしたっていうから。聞いた話では相当立派な別荘らしい」
「じゃ、里菜の身内で使えばいいじゃない」
「原野だから不便で」
「そこに私は招待されたんだ」
「いいじゃない! 深瀬さんと一緒に行きなよ」
「いかないわよ。深瀬さん、忙しいし、そんな不便なとこ、行かないわ」
「なら誰も誘わず麻弥一人で」
「何もない原野に?」
「そう。うちの一族の変わり者が人生をかけて作り上げた別荘に」
「里菜は行くの?」
「智輝が誘ってくれればね。あ、いや、誘った時点で断るかな」
「どうして?」
「私は智輝が誘ってくれるかどうか知りたいだけだから。そんな原野にある別荘に行きたいわけじゃない」
「里菜の身内が建てたんだから里菜は行くべきよ」
「私が?」
「そうよ。身内が建てたんだから。どんなもの建てたか一度見ておいても。いい機会じゃない」
「じゃぁ、智輝が誘ってくれたら考えとく」
「何それ」
「でも、たまには都会の喧噪から離れ何もない田舎に行くのもいいんじゃない」
「誘われても行かないくせに」
里菜は笑った。
「別荘に行く行かないは麻弥の好きにして」
麻弥は不貞腐れた顔をした。その顔を見て里菜は笑った。
「兎も角、その紙に書いてある人に招待状を渡すのだけはお願いね」
「配ればいいのね」
「うん」
「智輝君が誘ってきたかどうか、教えてよ」
「興味ある?」
「そうね。面白そう」
「実は私も」
二人は微笑んだ。