鬼姫の選択01
鬼姫はヤドリギの心臓を奪ったあと、ヤドリギの力も奪った。
「ではあとは十年後に自分から滅べばよいのだな」
「そうだ。その時には妾も見届ける」
ヤドリギは明人を連れてその場から去っていった。とりあえず封魔一族と会うらしい。
ひとり和紙司神社に残った鬼姫は本殿に向かった。近くまで行くと中から人の気配がしたので、表口の前で立ち止まった。中から鬼姫の様子をうかがっているようだ。
「妾は鬼姫という。この神社の宮司殿かと思われるが、いかがかな」
鬼姫がそう言うと、戸がゆっくりと開いた。そして和服姿の中年の男性が現れた。背が高く
やや細身の体格をしている。普段は愛想が良さそうな顔で人見知りをしなそうな雰囲気があったが今は警戒している為かそれらが影をひそめていた。
「この神社の宮司をしている和紙司仁という。君は、……見たところ魔族のようだがこんな時間に何用か?」
「臆しておらぬようじゃの。……なかなか見所がある。ちと祭壇を借りたい」
「うちの神社の祭壇には、ただ大岩があるだけで、他にこれと言ったモノがあるわけではないから、申し訳ないが他を当たってくれ」
そう言って宮司である和紙司仁は一礼して戸を閉めようとするが、鬼姫はそれを片手で軽く止めた。
「ほう?」
仁が軽く驚いた。目を見開いていた。
「魔族のくせに、という言い方は失礼だな。君は本殿に触っても平気なのか?」
鬼姫は笑った。
魔族は神の領域に存在するものを許可なく触れる事ができないように出来ていた。もし許可なく触れた場合、触れた箇所が焼きただれてしまう。弱い魔族であれば一瞬で滅んでしまう程の力のあるルールだった。
「妾は昔この神社に入る許可を得ている。ただ遙か昔の事なので今の宮司殿に許可を得たいと思っているがどうじゃ」
「……分かった。ただ祭壇には私も一緒させてもらう」
「構わぬ」
鬼姫と仁は祭壇がある部屋に向かった。鬼姫が先に歩き出したが、仁にはそれが以外そうだった。
「君は祭壇の場所を知っているのか?」
「あんな大岩は普通は動かさぬだろう? であれば以前に訪れた場所にあると見当がつく」
何度か廊下を曲がった奥の部屋が祭壇場だった。部屋に入ると奥に大岩があった。人の背丈よりも少し低いが幅が四,五メートルくらいある大岩だった。周りをしめ縄で何重にも巻かれている。
「すでに何も封印していないのに大層な事をする」
鬼姫はそのしめ縄を掴んで引きちぎった。
「宮司殿、申し訳ないが神酒と杯をいただけないか。その隅にあるやつでよい」
それは部屋の隅に供えられており、仁はそれを鬼姫に手渡した。
仁から神酒と杯を受け取った鬼姫は軽く飛んで岩の上に立つ。
「何をするつもりだ?」
「宮司殿は本町が滅びかかっているのは分かるか?」
仁は一瞬顔を叩かれたように驚いて黙ったが、すぐに肯定した。
「最近は頻繁に低魔族や、物の怪が本町に現れる。まあ君ほどの力ある魔族からしたら屑みたいな連中だが。
「すでに低魔族が現れているか……」
あまり余裕がないのかもしれないと鬼姫は思った。雑魚と言えば雑魚だが、人間にとっては驚異だろう。放っておくと本町が魔都になってしまう。
「もしかしたら君は封魔が召喚した魔族なのか?」
鬼姫は肯定した。
「という事は、君が本町の神霊になるのか?」
仁は封魔一族が今日、召喚術を実施した事をしている様だった。
「本町の神社の宮司であれば事情は知っていると思うから説明は省くが、確かに妾は神霊になるべく召喚された。しかし今はまだ神霊になるつもりは無い。何故だか分かるか?」
仁がしばらく黙って思案している。
「まだ神霊になるつもりはない”と言う事は神霊になるかどうかを迷っているのでろう? おそらく神霊になって守る必要があるか、いや、そうではないな。神霊になって守る価値が本町にあるのか、迷っているのではないか?」
鬼姫が仁の返答を待っていると気がついて、仁はそう答えた。
鬼姫は満足そうに頷いた。
「宮司殿に問うが、本町はどうなのじゃ?」
仁は言葉に詰まった。
「だから妾は本町を救うべきか、否かを見定めたい。そのうえで、もし本町に救う価値があると判断したら妾は神霊になるつもりだ」
鬼姫は神酒の中身を杯に注ぎ、軽く口を付けて、残りは杯を傾けて足下の大岩にこぼす。それを何度も繰り返していくことで、徐々に大岩と鬼姫の体に神酒が回っていく。それにつれて鬼姫は大岩の構造を徐々に理解していった。
「何をするつもりだ?」
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ではでは。