最終話
最終話です
氷川神社から和紙司神社へ正式文書でエルの引き渡し要請があったが、明人がエルを大岩に封印してしまったので引き渡しをする事は無理だった。その為、本町と北町の関係が悪化してしまい、当事者である明人は北町に立ち入ることを自粛せざるを得なかった。なので明人は学校で氷川洋子を呼び出した。
渚先生が使用許可を取った談話室にはすでに洋子が待っていた。
明人は対面に座った。
「説明してくれるんでしょうね」
この1ヶ月間の間、激しく非難してきた感情は多少収まっているようだったが、洋子はまだ怒っていた。
「まず、この一ヶ月で何かあったか確認したい」
新聞やテレビのニュースを見ていたが、自分で北町を見たわけではないので洋子に確認した。
「何もないわ。いつも通り普通に平和だわ」
「町の治安も悪くなっていない?」
「ええ、それは良いことなんだけど納得できない。疫病神がいなくなったのになんで普段と変わらないのよ」
洋子に睨まれた。
「それは……」
明人は化け猫の事含めて説明をした。
説明し終わると、洋子は渋々だが納得をした。この1ヶ月間、エルがいなくても北町に目だった異変が無かったから明人の言う事に説得感があったのだ。そのために明人は洋子に今まで説明をしなかったのだ。
「うーん、それも辻褄が合うわ」
それでも洋子はしばらく腕を組んで唸っていたが、霊体の化け猫を見せると、さすがに納得した。
「はじめに説明してもきっと誰も納得してくれないと思ったから無理矢理エルを本町に連れて来てしまって、北町に迷惑を掛けたことは謝ります」
明人は立ち上がって頭を下げた。
「だからエルの事は自由にしてあげてほしい」
「……条件があるわ。幸運の女神を本町にハイそうですかと言って連れて行かれたままでは北町のメンツがなくなってしまうから、絶対にダメ。だから疫病神は今まで通り氷川神社にいてもらうわ。そのかわり本町に行く事は制限しないから会いたい時にいつでも会って構わないわ。この条件でどう?」
「エルと会えるならそれで構わない」
明人はその条件を飲んだ。
「ちょっと話があるんだけど」
夜、大岩のある祭壇に向かう途中でヤドリギに声を掛けられた。明人はヤドリギの後ろについて外に出た。
どこに行くかと思ったら封魔の家の召喚場だった。
「うまく誤魔化しているかも知れないけど、みんな気づいてるわよ」
「……」
「もっとも鬼姫とアヤカは、あえて黙っているつもりみたいだけど」
ヤドリギが近づいてきて、明人の肩に両手を乗せててきた。
「君は、これをどうするつもりなんだ?」
ヤドリギは手に小さなネコを掴んでいた。邪鬼だ。なぜが実体化している。ただし、子猫くらいの大きさしかない。ヤドリギの手を噛み付こうともがいているが、ヤドリギが人さし指で化け猫の額をピンと弾くと、目を回した。
「……どうするつもりとは?」
ヤドリギが化け猫を放り投げて、ふたたび肩を掴んできた。
化け猫がよろよろと立ち上がった。
「君が心配なんだ。それとも私に心配されるのは迷惑か?」
ゆっくりと明人の方に歩いてくる。
「ごめんなさい。でも、化け猫の封印が解けなければ大丈夫です」
明人に飛びかかってきた。
「その目か?」
頭の上に乗ってくる。
「そうです。この中に災厄は封印しています。だからエルは災厄になりようがない」
化け猫が、明人の頭に牙と爪を立てた。
「……平気、か?」
頭から血が流れた。
「し、死者の呪いなんて、所詮は人の想いです。大したことないです」
「その想いに疫病神は喰われかかったんだ。なのに神でもない人である君がどうして耐える事ができるのか、私には分からない」
「……大丈夫なんだから、今は良いじゃないですか」
「私は君が無事ならそれでいいが、あまり心配をかけるのではない。本当に大丈夫なんだな?」
明人は肯定した。
ヤドリギが無言でしばらくジッと見つめてきたが、やがて嘆息して表情を和らげた。
「まあ、化け猫とは言っても元が人間であるから何かあってもだいじょうぶだろう。でも、もし君が耐えれなくなったと思ったらすぐに化け猫を狩ることは約束してくれ」
ヤドリギは哀れむような顔をしていた。どんな状態になっても、明人は化け猫を狩るつもりはない。明人は手は貸すが、化け猫はエルが何とかする問題だった。
「私は君が心配だ。ところで、その化け猫だが実体化しているのは気づいているか?」
「……気づきたくない」
「そうか、まあ頭にネコを乗せているのは、そんなに変ではないぞ、多分」
「ほっといて」
「まあいい。ところでもうひとつ用事がある。こっちが本当の用事だ」
「なんですか?」
「私が君の親とした契約は君を守る事だった。だけどもう君は私が守る必要はないだろう? エルの事も君が自分で解決できた様だし、君の親との契約はもう果たされたと思う」
それは明人も分かっている。ヤドリギの契約はもう終了しているからヤドリギはここにいる必要がない。逆に魔界に帰還しないで人間界に止まっているとはぐれ魔族になってしまう。
「だからそろそろ魔界に帰ろうと思っている」
そう言われるのが分かっていたから、明人はヤドリギを復活する事をずっと躊躇っていたのだ。やどりぎ程の魔族を復活させる力を持っている明人は、もはや守られるべき対象ではない。
「それは分かりました。でも、復活してから何度も言っている事だけど、ぼくと結婚という契約はどうなるの?」
ヤドリギは呆れた顔をして明人の額を指ではじく。
「痛っ!」
「あのね、君は人間で私は魔族なんだよ? それに君を赤ん坊の頃から育てたのは誰?」
「ぼくを育てたヤドリギは魔族なんだからぼくは人と魔族だったら魔族の方が好きです。ヤドリギに育てられたのはイエスですが母親と見たことは一度もないです。
ぼくはずっとヤドリギが好きだった。いまでも好きです」
ヤドリギが微笑む。ただ目が半目で笑っていなかった。
「ではあの疫病神はなんなんだ? 君は疫病神が好きなのだろう?」
「そ、それは……」
「どうした?」
ヤドリギに拳でかるく腹を殴られた。
「君はいつからそんな態度をとるようになったんだ? 卑怯だな」
ヤドリギが離れていく。
「君の事は私も好きだよ。でも私は浮気者は嫌いだ」
そう言ってヤドリギが背を向けて去っていこうとする。明人は慌てて呼び止めた。明人の雰囲気が変わったのが分かったのだろう、ヤドリギが振り返った。
「どうした?」
「ぼくはヤドリギの事が一番好きだ。でもエルはまた別の意味で一緒にいないといけない人なんだ。……正直に言うよ、エルの事も好きだ」
「あぁ分かった。君は私がいない間、どうやら女たらしになってしまったみたいだな。残念だよ」
「そうじゃない!」
「叫ばなくてもいい。さっきも言った通り私は浮気者は嫌いだ。それに君と結婚する条件は私が復活するときに君がまだ私の事を一番好きでいたらという条件があったと思うが」
ヤドリギが召喚場の中央まで来て立ち止まった。
「私は魔界に帰る事にする。さよならだ」
ヤドリギが立っている場所は、ヤドリギが召喚された場所だった。
「こんな事なら復活しないで、ずっと眠っていた方が良かったよ」
ヤドリギが怒っている事にやっと気がついた。
「待って、魔界には返さないよ」
明人は印を結んで呪文を唱えはじめた。ヤドリギを引き留めるにはもう新たな契約を結ぶしかなかった。
「おい、バカなまねするな」
かまわず明人は唄い続けた。印を結び魔方陣を描く。何度も何度も印を結んで魔方陣を構築していった。簡易的な魔方陣が次々に描かれていく。
「やめろ馬鹿者」
「ヤドリギを召喚する」
明人は叫んだ。すると魔方陣の外にいたヤドリギの姿が消えて、魔方陣の中央に現れた。ヤドリギが唖然として明人を見た。
「なんだ、これは?」
「ヤドリギを召喚したんだよ」
明人がそう言うと、ヤドリギが近づいてきた。表情がこわばっていた。
「お、おい贄はどうした?」
「そんなもの準備しているわけないでしょう」
「まさか?」
ヤドリギは焦っていた。
「な、何かないのか? 君とは長い付き合いだし、この際なんでもいいから何か代わりに贄を捜してくれ。このままではキミの事を贄にしてしまう」
「大丈夫だよ、ぼくの一番大切なのはヤドリギだ。だからヤドリギを召喚する為には贄はいらないはず」
「は? なんだそれは。そんなバカな事聞いたことがない」
「やってみないと分からない。贄の条件は”術者の一番大切なもの”だったらぼくの一番たいせつなものはヤドリギだから、ヤドリギを贄にするのは召喚ルールに沿っている」
「そんな理屈が通る訳ないじゃないか。見ろ、私はそのつもりがないのに君の方に近づいてるじゃないか、これって君の事を贄と認識してしまったからだろう」
「ちょっとヤドリギあんまり騒がないで。これからちょっと恥ずかしい事いうんだから」
「君こそ、私の言っている事を聞いてくれ」
明人はヤドリギを無視して目を閉じると、深呼吸した。
そして言った。
「ぼくと結婚してください」
目の前の明人に襲いかかろうとしていたヤドリギの動きが止まった。
「やっぱり君は卑怯だ」
ヤドリギが返事をしないように必死に耐えているのが分かった。
だから、明人はヤドリギを抱きしめて言った。
「大好きです」