049
クリーム色の世界だった。
大人バージョンのエルを捜したがどこにも見あたらなかった。
いまのは、エルの過去の出来事なのだろう。
エルは今でも先ほどの出来事を悲しんでいるのだろうか。
いまの出来事が原因でエルは女神から疫病神になったのかもしれない。
明人は歩き出した。
すると今度は目の前に小さなエルが現れた。泣いている。
「どうしたの?」
「迷子になったの」
泣きながら明人に抱きついてくる。抱きつかれて初めて明人は自分も子供の姿になっていることに気づいた。
「迷子去ったけど、明人くんに会えたからもう平気」
「ぼくのこと知ってるの?」
先ほどに大人バージョンのエルが明人の事を知らなかったのでこの子も自分の事は知らないと勝手に思ってたが、幼児バージョンのエルは自分を知っていた。明人も子供の姿になっていると言う事は、このくらいの頃にエルと会ったことがあるのだろうか。
「ぼくらってどこかで会った事ある?」
「会ったことない。でも明人さんの事は知っている。わざわざ私を捜しに来てくれたんでしょう?」
「捜してたのは確かだけど」
「ここは何か怖いから早く家に帰ろうよ」
ニコッと笑ってエルが明人の腕を取って歩き出そうとする。
「ちょっと待って。ぼくはエルを捜しにきたけど、ぼくが捜しているのはもっと大きな姿をしているエルで、君みたいな子供のエルじゃないんだ。お願いだ、ぼくの知っているエルに会いたい」
「嫌。明人さんとは私が一緒に帰る」
「でもぼくが捜しているのはもっと成長したエルなんだよ」
そう言った瞬間、世界が反転した。
明人は子供の姿で北町の春日神社の境内にいた。
そう言えば北町の氷川神社には小学二年の時に社会科見学で来たことを思い出した。明人は物事を絶対忘れない筈なのに、その記憶が今までなかった。今までそれをすっかり忘れていたのはおかしい。
恐らく誰かに記憶を消されのだろう。氷川神社で何があったのかまでは思い出せなかった。これはエルの過去の記憶なはずだからこの時に明人とエルは会ったのだと推測した。
氷川神社の中を色々案内してもらい、昼食の後の自由時間に明人はある場所が気になってその中に入っていった。
氷川神社の裏にあった小さな祠だった。
中に子供の姿のエルがいた。紙切れに赤いクレヨンで何かを描いていた。
「君、何しているの?」
「呪いの呪文を書いているの」
エルは手を止めて顔を上げて明人の方を向き、つまらなそうに明人の質問に答えた。
「呪い?」
「君はわたしの事が見えるのね。だったら近寄らない方がいいわよ。じゃないと君の事を呪ってしまうわ」
明人はなんとなくカチンときて、逆にエルに近づいて行った。そしてエルの腕を掴んで持っていたクレヨンを取り上げた。
「なにするのよ?」
エルが奪われたクレヨンを取り戻そうと明人に突っかかってくるが、明人は逆に紙切れを奪った。エルの表情が険しくなった。
「人を呪うと自分も呪われるからそんな事しちゃダメだよ」
「自分を呪っているから他の人には迷惑は掛けていない」
明人は呆れた後に、紙切れを破った。
「せっかく描いたのに、何するのよ」
エルが怒った。
「もっと面白い呪文を教えてあげる」
そう言って明人は近くにあった新しい紙切れにクレヨンで魔方陣を描いた。そんなに複雑ではなかったので、すぐに描き終わった。
「出来た」
「何なの?」
それは明人のオリジナルの魔方陣だった。とはいってもたいした物ではない。
「思った事を何でも出してくれる魔方陣だよ。例えば将来の姿を見たいと思って自分の髪の毛をこの中に入れてみると」
実際に明人が自分の髪の毛を魔方陣に入れて願いを唱えた。
ポン、と音がして何か小さな切れ端が現れた。エルがそれを拾う。
「これ何?」
小さな紙に人の姿が映っていた。写真だった。
「たぶんぼくの大きくなった時の姿だよ」
エルがまじまじとその紙を眺めてから一言つぶやいた。
「カッコ悪い」
「ひどっ。ねえ、君の将来の姿も見せてよ」
「嫌よ」
エルは渋った。
「なんで、もしかして可愛くなかったらイヤだから?」
明人が意地の悪い事を言うと、エルが苛立った。
「失礼な人ね。いいわ見せて上げる」
しかし出てきた写真をエルは見せてくれなかった。後ろ手に隠してしまう。
「なんで見せてくれないの?」
「見せたくないから見せないの」
子供の明人はその後しばらくエルが手に持っていた写真を見ようとしていたが結局見せてもらえなかった。そのうち引率の先生に見つかって連れて行かれた。
「ぼくは和紙司明人、本町の和紙司神社に住んでいるんだ。今度また遊びに来るよ」
そう言って子供の明人は引率の先生に怒られながら部屋から出て行った。
……その後に当時宮司だったアヤカの父親に記憶を消されたのだ事を思い出した。だから明人は今までエルとあったことを忘れていたのだった。