044
洋子は約束の時刻に和紙司神社に行ったが疫病神はいなかった。深夜まで待ったが結局、疫病神は帰ってこなかった。
洋子はアヤカに文句を言った。
「連絡くれる筈だったんだけど。ごめんね洋子」
「……疫病神は北町に戻る事は納得してるんだよね。一応、夜明けまで待つけど、もしそれまで待っても戻ってこなかったら、強制的に北町に転送してもいいよね」
スッとアヤカが洋子の腕の中に滑り込むように入っていき、耳を甘噛みする。
「ひっ!」
洋子が飛び退るが、足を引っかけて仰向けに倒れてしまう。
「ゆっくりしていきなよ。待ってる間、いろいろ遊んで上げるから」
洋子は仰向けに腰を落としたまま両手を後ろについてアヤカから離れようとするが、アヤカが顔を近づけて洋子の上に覆い被さろうとにじり寄っていくため距離が広がらない。
「ね、ねえアヤカ。あたしは友達だけど、あ、あたしは百合じゃないからアヤカの期待には応えられないわ」
洋子がジリジリと両手を使って後ろに逃げると、同じだけアヤカがにじり寄る。
「だ、だからここに来たくなかったのに」
洋子は真っ赤になって本気で嫌がっていた。
「約束を破ったのは私達の方だから、エルを強制的に北町に連れて行く事を止める事はできないけど、そうすると後で私が弟くんに責められるの。……あっ、でもそれはそれで楽しそうかも。じゃなかった。だから、その分、何かいい事あるといーなぁ、なんて思ったりしてるの。そうねキスで我慢してあげるよ」
ヤドリギは洋子を抱き締めようとした。
「ぎゃー!」
必死だったのだろう、アヤカがキスをしようとした瞬間、洋子は横に転がってアヤカから離れる。
「そんな声だして、はしたないよ」
なおも洋子を追い詰めようとするアヤカの背中を、うんざりした顔をした鬼姫が掴んで止めた。
「いいかげんにせい。本気で嫌がっているのが分からぬのか」
「ちっ、もう少しだったのに。止めてほしくないよ。……嫌がってるのをムリヤリするのがいいのに、そしてだんだん快楽に体が反応していき、ついには心が折れていくプロセスが楽しいのに……」
アヤカは残念そうな顔をして洋子を見て、次いで恨めしそうに鬼姫を見た。
鬼姫が溜息をつく。何も言わず、手に持っていたロープでアヤカを縛り付けた。
「だって、だってだよ、洋子ったら学校では冷たいんだよ。私の相手なんか全然してくれないんだから今がチャンスなのよ。お願い、ほどいてよ」
「しばらく大人しくしておれ」
部屋の隅にアヤカを放って、鬼姫は洋子の方に近づいていった。
「アヤカ、そんないかがわしい事は他の人としてください」
洋子がようやく立ち上がって、真っ赤な顔でそう言った。
「洋子に言われなくても他の子もきちんと可愛がるわ。でも私は洋子ともエッチい事が、し、た、い、の、よ」
「なんでこんな変な性癖の持つようになったのか、妾は不思議だ」
堂々と気後れなくそう言い切ったアヤカに対して鬼姫はどうしていいのか当惑する。
「もう帰ります。とにかく朝までに氷川に連れてこなかったら、こちらで術を使って強制的に北町に転送して封印するけど、いいですよね」
「いたしかたあるまい」
鬼姫が頷くと、洋子は一度アヤカを睨んでから出て行った。
「あーぁ。鬼姫が止めなかったら二,三日は拉致れたのに」
「北町の宮司を本町の宮司が拉致してどうする」
「でも困った。きっと後で弟くんに怒られるよ。あっ、鬼姫も同罪だよ。仲良く一緒に怒られよう」
「わ、妾は再び自らを封印するつもりだ」
「大丈夫、弟くんなら封印なんか気にしないで怒りに来るわ」
「うっ、確かに。のう、やはり怒るかな」
「怒るね。しかも、そうとう」
鬼姫が青くなる。それを見てアヤカがクスクス笑った。
「あのさぁ、余計なお世話かもしれないけど、ちゃんと弟くんに告ったら」
青い顔をしてその場を行ったり来たりしていた鬼姫が、ピタリと立ち止まってアヤカを見つめた。みるみる顔が赤くなっていった。
「ば、ばかもの。何を言っておるのだ。な、なぜ妾がそんな真似をせねばならぬのだ。まったく意味がわからん」
「顔が赤いよ」
「そんなことない!」
どんどん顔を赤くしながら鬼姫は言った。児童の姿で照れながらプンプン怒っている鬼姫を見ていたらアヤカは思わず抱き締めたくなった。
だから抱き締めた。
「か、かわいい。このロリロリしているところが、とても堪らないよ」
「よ、よさぬか」
鬼姫がアヤカを軽く突き飛ばした。児童の姿だったが鬼姫の方がはるかに力があるのでアヤカはあっさり離れた。
「……妾の体は明人の母親の体が元になっておるのだぞ。
しかも、明人の両親を殺したのも妾だ。さらにヤドリギについても妾が滅ぼしたようなものだ。
そして今回の疫病神についても最悪の場合は妾は疫病神を滅ぼすつもりじゃ。
……こんな妾が明人に何を伝えられるのだ?」
鬼姫は沈んだ声で呟いた。アヤカは鬼姫の頭をやさしく撫でた。
「まさか鬼姫が赤ん坊の弟くんを一目見た時から好きになってたなんて、さすがに弟くんも想像しないだろうね。でも以外と告ったら弟くんなら受け入れてくれるかもよ」
「妾は今はこんな姿をしているが、子供ではないから頭を撫でるな。
……明人を妾がどう思っているかは些細な事だ。もし本町が救われたら、その時に考えればいい。まずは本町が最優先だ」
「あーぁ。そんなこと言ってると疫病神に弟くんを取られちゃうよ」
「ぐっ」
鬼姫の口元がゆがむ。アヤカがニヤリと笑って続けた。
「さらに本命のヤドリギさんもいるよ」
「わ、分かっておる」
鬼姫をからかうのは、以外に面白かった。特に見た目が幼いから今までに比べて怖くなくなっている。それにアヤカは幼い子がとても、とても好みだった。
アヤカは自分がどす黒い笑顔になっているのに気付かない。
「さらに、私が本気で迫ったらたぶん弟くんは落ちるよ。あれ? 鬼姫さぁ。……もうダメじゃん? あきらめたら?」
「うるさい、もう何も言うな」
鬼姫が怒って立ち去ろうとした。少し泣いている。
「どこ行くの?」
「もう寝る」