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明人の決意02



 鬼姫が裏の林を右手で差す。


 しかし、鬼姫が示した方は竹藪で何もない。


「あっちはこの時期、ヤブ蚊が多いから誰も近づこうとしない場所なんだけど、何しに行ったか知ってる?」


「あっ、そっちではなく、こっちだったかも」


 鬼姫が真逆を示す。


 何かおかしい。


 鬼姫をじっと睨むと、鬼姫が顔を背けた。


「ねえ、何か隠している?」


 見た目が小学生の鬼姫は数を後ずさって、背を向けて走り出そうとした。明人は首筋を掴んで持ち上げた。見た目が児童だからできる力業だ。


 鬼姫は空中でジタバタしている。鬼姫の行動が幼い。もしかしたら中身も今の体と同程度のまで幼くなっているのかも知れない。あとで確認しようと心に誓った。ただ今はエルの事が優先だ。


「ホントはどこにいるの?」


「えっと、出かけたみたい」


「どこに?」


「怒らない?」


 背丈が違うので自然に鬼姫は上目遣いでこちらを見上げてくる。なかなか、可愛いかった。ただ鬼姫の事だから計算してやっている可能性もあるので油断できない。


「あ、あのね、エルがヤドリギのいる場所を聞いてきたので、つい教えちった。でへ」


「……」


 明人は鬼姫の頭を殴った。


「あんたって人は……」


「こ、子供を殴ったな。泣くぞ、泣いた。わぁーん」


「うるさいです」


「わぁーん、わぁーん、ちなみに妾は人ではないぞ、わぁーん」


 鬼姫が走って逃げていったが、放っておいた。


 明人は空を見上げて溜息をついた。


 ヤドリギが眠っている場所に行くと復活させる衝動を抑える事ができそうになかったから、最近は行かないようにしていたのに……。


「エルを連れ戻しに、行くしかないか」


 ヤドリギの処にいく決心をした。明人はJR駅に向かった。


 本町から二時間程の、とある駅で明人は下車した。


 改札を出ると、いつの間にか雨が振っていた。明人は駅の売店で傘を買った。


 三十分ほど歩くと傘をさしている方と逆の肩がだいぶ濡れてきた。


 すでに夕方だった。


 これから急速に辺りは暗くなっていく。田舎道なので街灯の間隔が広いので日が落ちれば辺りはほぼ完全な闇に覆われてしまうだろう。


 自分の顔が強ばっているのに気付いた。明人は傘からはみ出て雨で濡れた肩を手で触り、その手で顔を拭った。


 明人は気が進まない。


 辺りがすっかり暗くなった頃に教会が見えてきた。


 辺りは林、ひょっとしたら森かもしれない。


 さびてはおらず、きちんとした作りの青銅の門の前に立つ。門は少し開いていた。エルが既に中に入ったのかもしれない。


 この時間、教会には人はいない。


 軽く押すと、かすかな金属のこすれる音を響かせながら門が開いた。


 明人は躊躇したが一歩中に踏み行った。


 教会の礼拝堂を通り越して裏手に向かう。ぼんやりした外灯がたまに備え付けられている他に明かりはなく、辺りはほぼ闇で覆われている。月も星も雨雲に隠れている。


 明人は奥に進んでいく。


 奥には小さな丘だった。丘にはいくつもの十字架が立てられていた。


 墓だった。


 雨で濡れている芝生や所々むき出しになっている土で靴を汚さないように歩いて行く。それでも僅かに靴が汚れていく。


 エルの姿があった。


 明人は差していた傘を閉じて近くの木に立てかけた。


「こんな処で何をしているの?」


 エルはある墓の前でしゃがんでいた。


 花が添えられていた。エルが持ってきたのであろう。


 墓を見ていたエルが顔だけこちらに向けた。前髪が雨で濡れてエルの顔に張り付いており、周りが暗かったのでどんな表情をしているのか分からなかった。


 ずっと雨に打たれていたエルを抱き締めたかった。その衝動を押さえる為に明人は墓を見た。


 エルの横にしゃがんだ。


 小雨だがすでに明人の髪もだいぶ濡れていた。髪に落ちた雨がしずくになって頬に流れ落ちる。


「ここにヤドリギさんがいるんですね」


「ああ」


 明人は頷いた。


 ………。


 ……。


 …。


 お互いヤドリギの墓を見つめたままだった。


「もうすぐヤドリギさんは復活すると聞きました」


 明人は隣りの墓を見る。明人の両親の墓だった。


 封魔一族に恨みは無かったが、あんな事を強制させるような一族の墓に両親を弔うことは出来なかったので和紙司仁に頼んでこの教会にわざわざ埋葬し直してもらったのだ。


 ……もっとも母親の遺骨は無く、父親の遺骨だけだったが。


「どうしてもヤドリギさんと話をしたかったの」


 小さな声だった。


「復活したら、いくらでも話せるよ」


「今日しかなかったの。だから無理してきちゃった」


 明人は我慢できずにエルを抱き締めた。凍えていたエルの体は冷たかった。明人は自分の身体でエルを暖めたかった。


 エルは力なく身を任せてくる。


「あたしが来たとき、ヤドリギさんの気配がしたの。それで図々しいと思ったけど明人くんのことをいろいろ頼んじゃった」


 抑揚のない乾いた声だった。


「嬉しい時には一緒に喜んであげてとか」


「怒った時には一緒に怒ってあげてとか」


「悲しい時には一緒に悲しんであげてとか」


「楽しい時には一緒に笑ってあげてとか」


「……ずっと、ずっと一緒にいてあげてとか。たくさんお願いしちゃった」


 エルの額が明人の肩に触れる。強く押しつけられた。


 そのままエルはむせび泣いた。


「あたしは一緒に居られないから、ヤドリギさんはどんな時でも明人さんとずっと一緒にあげてって頼んだの」


 エルは嗚咽して体を微かに振るわせている。小さな声だったが必死だった。


 女の子がこんなに悲しんでいるのに助けて上げられない自分の事を明人は最低だと思った。ひとりの女の子くらい助けられなくてどうする。


 明人は自分を叱咤する。


「……


 ……


 あ、明人さん。や、やっぱり、


 や、やっぱり、


 ……い、一緒にいたいよ。…………離れたく、ないよ」



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