ツルペタ
今、明人と鬼姫は本町と北町を隔てている魔石川に架かっている橋を渡りきったところにある小さな広場で大の字に倒れていた。
ふたりともゼイゼイ言って息があらい。
「死にそう」
「あ、危なかったのだ」
結局、明人と鬼姫は二時間かかって、なんとか本町にたどり着く事ができた。
本町内であれば鬼姫は無敵だ。本町に入った瞬間に明人は追ってきた死神を倒した。
「しかし、あいつら本町以外では何であんなに強いんだ?」
明人が嘆く。
天使に明人と鬼姫の攻撃がまったく効かないのだった。
「全くイヤになる」
明人は愚痴った。
ふたりはボロボロだった。
明人は上着も破けている。顔と腹に複数の打撲痕があり青く変色している。
鬼姫はさすがに怪我はしていないようだ。しかしスカートが裂けて太ももが露出しているし、靴を片方履いていない。
「明人の気配を感じたらすぐに現れるのは教えておろう。まったく、他の町に行ったときはもっと気をつけよ」
明人はポカっと殴られた。
「はぁーい。ところで封印といたんだよね……」
「とりあえず和紙司の家に戻るぞ」
鬼姫が立ち上がって背を向けて歩き出した。呼び止めたが無視される。
「ねえ。……なんで子供の姿なの?」
鬼姫が立ち止まった。しかし振り向かない。
「そのう、小っちゃくて、かわいいね」
鬼姫が顔だけこちらに向けた。その顔を夕日が照らし、オレンジ色に染めている。
頬が微かにケイレンしていた。
「なんか手足が短いね。でも髪の毛は元の長さなんだね、腰まである」
「……」
鬼姫は背中を振るわせて、怒っている様だ。
しかし、今なら鬼姫に勝てる。明人はニヤッと笑った。
「チビ?」
「……お、おのれ」
鬼姫が体ごと振り返った。
「つるぺた?」
明人は鬼姫の胸を見てそうつぶやいた。
「殺す」
プシュー。
そんな音が鬼姫から聞こえた気がした。涙目で襲いかかられた。殺気がもの凄い。
「チビとか言うな、つるぺた言うな。みんな明人が悪いんだ!」
涙目の小学生にボコボコに殴られた。
「……ふん。封印を解くのが数年早かったからこの姿になっただけだ。とにかく和紙司神社に戻るぞ」
明人はふらふらと立ち上がった。
「小さい鬼姫も凶悪だ」
「だから小さい言うな!」
鬼姫が不機嫌にそう叫んだ。
エルは息苦しさとともに目を覚ました。
「気付いた?」
アヤカだった。
目を開けると至近距離にアヤカの顔があった。
アヤカの息遣いが荒い。……アヤカが涎を拭くように腕で口の周りをこすった。
……先ほどに比べてかなり体調が良くなっている。エルはその理由を考えない事にした。
「だいぶ良くなりました。すみません、少し独りにさせてください」
心配そうにエルを見ているアヤカが「じゃあ」と言って立ち上がろうとするが、不意を付くように軽くキスされた。
エルは真っ赤になった。
「君の事は嫌いじゃないよ。性的な意味で」
悪びれずに手を振ってアヤカが部屋から出て行った。残されたエルは溜息をつく。
「この家の人達は、こんなのが普通なの?」
唇に片手をそっと当てる。恥ずかしいしここまでされると困惑してしまうが、こんなにスキンシップを重ねたのは初めてだった。今まで人と触れ合う事が殆どなかったのでエルは少し嬉しかった。
「でも、アヤカさんのエッチいのには、とても慣れませんけど」
何だか胸がとても暖かかった。この家はとても居心地が良かった。
だからエルは泣いた。
涙を拭おうとする腕が震えている。
「離れたくないよ」
エルは布団の中で丸くなり声を殺して泣き続けた。