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エルと鬼姫



「……時間がない。その後にエルと話をすれば良かろう? もしエルが北町に戻りたいと決心しても明人がそれを説得する事ができれば妾は何もせん」


「…分かったよ」


 明人が気が進まない口調でそう言った。


 昼休みの終わりを知らせる鐘が携帯から聞こえてきた。それを合図に明人が電話を切った。


 携帯をしまった鬼姫はエルを見た。


「もう少しお主と話をしなければならなくなったようだ。長くなりそうなのでここに来て座って話をしよう」


「分かりました」


 エルは洋子の前に行き、座った。


 アヤカに陵辱されて泣いたために目が赤くなっているがもう泣いていない。明人との電話のやり取りを聞いていたから、これからどんな話をするのかだいたい分かった。


「お主がいると明人は不幸になる。それは分かっているの?」


「はい。……でも」


「責めはせぬ。疫病神が一番気に入った者に取り憑くというのは本質的な事だ。逆にそうしなければ疫病神ではない。本能的な事であるから、それは妾が責めても仕方がない。しかし北町を離れたのはまずい。なぜ北町を離れた事がまずいのか分かるか?」


「北町でないと運気を吸い取る事ができないからです」


 エルが応えると、鬼姫が補足した。


「外では運気を吸い取れる程の縁を繋げる対象がいないからだろう? つまり北町以外では明人の運気しか吸い取る事ができない」


 エルの疫病神としても能力は北町限定なのだ。北町でしか運気を吸う事ができないし、北町の人しか運気を吸う事がでる程度の縁を繋ぐ事ができない。明人が特別なのだ。


「お主は北町の神霊なのだから北町の人からしか運気が吸えないと言うのはわかる。しかし、妾は北町の神霊は幸運の女神だと聞いておったがそれは間違っていたのか?」


「いいえ、間違っていません。私は元々、幸運の女神だったんです」


 エルは昔、本当に大切な人が自分のせいで死んでしまった事や、その為に心が折れかけて自分自身を封印した事や、封印されている間も無意識に人々に取り憑き運気を吸い続けた事などを鬼姫に話した。


「あたしは、もう大切な人が傷付く事も、大切な人に忌み嫌われる事も絶えられない。もしも明人さんに何かあったら、今度こそあたしは絶えられない」


「しかし、繰り返すが疫病神とは本来そう言うものであろう? 親しき者を不幸にしてその自責を疫病神自身が溜める事で不幸を浄化するのではなかったか?」


 鬼姫の言っている事は正しかった。鬼姫の指摘通りだった。


 エルは全て理解して受け入れて疫病神になった。


 疫病神が人を不幸にするのは、疫病神自身が不幸になる為に必要な事で、疫病神が不幸になりそれを溜める事で結果的に周りを幸せにする。


「でも自分以外の人達が幸せになると思ってました。それなら耐えられると思っていました。でも、みんなが幸せになっても、あたしが大切だと思う人は幸せにはなれないんです。あたしが強く思えば思うほど不幸になっていくんです。もう、それに耐えれません」


「辛いな」


 鬼姫にそう言われて、急に泣きたくなった。実際に身を以て体験しないとこの辛さは分からない。しかし、エルが辛い気持ちになっていると思ってくれる人は今までいなかった。疫病神は忌み嫌われるだけだった。疫病神の事を思いやってくれる人など今までいなかった。


 エルは泣いた。


「自分が大切な人を不幸にしている事が分かっていてもそれを止める事ができないんです。それがもう耐えられない」


 エルは下を向いて細い腕を振るわせている。鬼姫は神を罵った。


「疫病神も神であるから、人よりも遙かに多くの不幸を溜める事ができる。でも、もう限界なんです」


 鬼姫は不機嫌に唸った。


「なんとも酷いシステムだの。いかにも神が考えそうな陰湿なシステムだ」


「たぶん、もう限界だったんです。だから封印が解けたんです」


 辛そうに下を向いてから、エルは顔を上げて鬼姫を見た。


「大切な人に取り憑く、これは疫病神の原則であり存在条件です。だから明人さんから離れたくとも自分からは離れる事ができないんです」


「……」


「もう一度言います。明人さんはあたしにとって大切な人です。もし明人さんに何か合ったら今度こそあたしは耐えられなくなって消滅するかもしれません。でも、私は疫病神です。自分から明人さんから離れる事は出来ません」


 鬼姫とエルはお互いを見つめ合った。


 疫病神が人に取り憑く事を躊躇ったらその存在意義がなくなってしまう。つまり疫病神としてはいられないから滅びるしかない。


 本人が嫌で仕方がないにも関わらず大切な人に取り憑く事を強制するシステム。その嫌だと思う気持ちを疫病神に押しつけて周りを幸せにするのは鬼姫が言った通り、合理的だが最低なシステムだった。


「話は分かった。しかし、妾はお主をこれから説得する」


 鬼姫は立ち上がって近づいてきた。そしてエルは優しく抱き締められた。


「お主は明人に取り憑いたままではいられぬ理由が3つある。


 まずは、北町にいないと疫病神のシステムが回らぬ事。疫病神の神力がなぜ失われたままなのか考えて見よ。神霊化しているのだからお主は土地神だ。だから疫病神は北町に居なければ何もできぬのだ。逆に暴走する危険がある。


 ふたつ目は明人が本町の人間で、妾と縁がある事だ。もしも明人が妾と縁がなければ強引に何とかなったかも知れぬが、妾がいる限り北町の疫病神が明人に取り憑く事は出来ぬのだ。遠からず明人からは離れざるを得なくなる。


 最後は、絶対に明人は自分からお主の事を遠ざけたり、遠ざかったりしない。明人は中途半端な事はせぬから他の者のように自然に縁が切れるような事はない。だから、もしもこのままお主が取り憑いていたら、明人は運気を吸い取られ続けて死んでしまうだろう。


 お主はそれに耐えられるか?」


「明人が死んでしまう?」


「そうだ。いまのままではお主は明人の運気を吸い取り続ける事になる。明人からは縁を切る事がないのだから、お主が縁を切らなければ明人の運気がなくなって不運に見舞われていつか死んでしまうだろう。とりあえず、かなり禁技手だったがアヤカに頼んでアヤカの運気を無理矢理お主に与えてもらったが、それも一時的しのぎでしかない。そう遠くないうちに明人の運気はゼロになって、やがて不運な事故か何かで死んでしまうじゃろう」


 エルは呆然となった。


「……それでも、あたしは明人に取り憑き続ける事はやめられない」


「疫病神は北町付きであり本町にいても疫病神のシステムが機能しないこと。明人が本町の人間で有る事のに何故疫病神が取り付けたか分からぬがイレギュラーな取り憑きだ。


 氷川神社の使いの者に確認をとったが前提条件を満たしていない故に明人に取り憑いている状態は氷川神社の宮司であれば解除する事ができるらしい」


「えっ? ……じゃあ、あたしが北町に戻れば明人さんに迷惑が掛からないの?」


 鬼姫が肯定する。鬼姫にギュッと強く抱き締められた。


「だったらあたしは北町に戻るわ」


 エルは笑った。


「そうしてくれると妾も助かる」


「うん、よかった。本当に良かった。これで明人さんに迷惑かけないで済むんだ。あ、あれ? おかしいなぁ、あたし何で泣いているんだろう?」


 エルは笑顔のまま自分の瞳からポロポロ流れる涙を拭おうと思ったが両手を動かす事ができなかった。自分の体なのに自由にする事ができない。エルの目から涙が流れ落ちていった。


「すまぬ。お主は不幸を溜めすぎて、とうに限界がきておるように見える。だから明人と縁を切る事を切っ掛けとしてお主の心は砕けてしまうかも知れぬ。しかし妾はこのままお主に明人の運気を吸わせて明人を失う訳にはいかぬのだ」


 エルの体から完全に力が抜けた。


 鬼姫が見ると、まだ本調子でないエルは気を失っていた。


「ほんとは、この子も助けてあげたいですね……」


 いつの間にか戻ってきたアヤカがそう言ってエルに近づいた。


 エルの体を鬼姫から受け取る。


「ちょっと無理をさせてしまったみたい。少し休ませるわ」


「頼む」


 鬼姫はそう言って小さく溜息をついた。


「んっ?」


 鬼姫は異質な気配を感じた。


「……あのうつけ者が、本町以外で気配を現しておった」


 鬼姫は立ち上がった。


「どうしたの?」


「ちとまずい事が起こった。明人のやつ、本町以外で気配を放っておる」


 鬼姫は焦っていたが、アヤカはキョトンとしている。


「あの、私にはよく分からないんだけど、どういうこと?」


「本町から明人が出て迂闊に気配を放つと、それを検知して天界からちょっかいをかけるヤツが現れるのだ。このままだと明人が危ない。今から封印を解く故いったん戻ってくれ」


 返事を効かずに鬼姫はアヤカとエルの体を軽く触れる。するとふたりの姿が消えた。


「うーん、まだ完全には復活できぬ。……だが仕方がない」


 鬼姫は目をつぶり、片手で印を描いてもう一方の片手で印を切った。


 鬼姫の姿がかき消える。


 鬼姫が目を開くと、ヤドリギとエルがいた。そこは封印に使われていた大岩の上だった。しめ縄を引きちぎり鬼姫は岩から飛び降りた。


「ひょとして、あなた鬼姫なの……?」


 アヤカが目を丸くして鬼姫を指さしている。


「何も言うでない」


「……ねえ鬼姫、あなた小学生になってるよ」


 見た目、鬼姫は小学生高学年くらいの児童の姿だった。


「言うな。封印を解くのが五年程早まったから、こんな姿なのじゃ」


 鬼姫は顔を赤くしながら外に飛び出していった。


 後に残されたアヤカも赤ら顔になってドキドキしていた。


「か、かわいい、かも」



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